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衣食足りなくても、礼節は知っとけ。

 バスタブとしては小さいものの、適温のお湯に浸かって体を洗うことができるのはやはりありがたいことだった。

 そして。


「背中大きいなー」


 ロリに背中を流してもらう。夢がひとつ叶ったね。普通は娘が生まれてからやっと叶うものだろう。


「で、どうするんだ? これから」

「え?」

「あのムカつく人間の言いなりになって生きるのか?」


 言い方よ。

 だが、ムカつく人間とは、俺をこの世界に召喚したマスターのことだろう。確かにムカつくな。

 正直あいつらの味方したところで、マジでメリットがない。


「人間なんて利用できるだけ利用したらいいのに」


 可愛い声であっけらかんと恐ろしいことを言う。家畜にだってここまで言わないぜ。

 しかし、さすがにこの悪魔のささやきを真に受けるほど非道でもない。


「ふーむ。人間の言いなりにはならない。だけど利用もしない」

「えー。じゃどうすんだ?」


 ざばーとお湯で背中を流してもらう。気持ちいいですねー。


「人間は今、水もないし食料もない。困ってるんだろ」

「そーなのか? どーでもいいな」

「まあそう言うな。人間にしか作れないものもある。そう言ってたろ」

「あー。パスタとかなー。うまいけど、小さな人間向けだからな。もっと太かったらいいのに」

「それだよ」

「んあ?」


 小首をかしげるあいらん。

 ま、服を着て、マスターに会いにいこうか。


「取引……ですか?」

「そう」


 俺はマスターに相談、というか交渉を持ちかけていた。あいらんには夕飯の支度を頼んでいて今は不在だ。この場にいたら話がまとまらないだろう。

 彼女は俺の雰囲気を感じ取り緊張している。俺がただ彼女を喜ばせてやりたい、という気持ちじゃなくてすまないね。


「俺はこの世界の人間たちを救うスーパーヒーローじゃない」

「勇者様として召喚したのですが……」


 勇者様にふさわしい待遇じゃないんだよなあ……。

 武器やお金どころか、水すらくれないんだぞ。

 こちとら悪魔から人間を守ってるわけで、もっと感謝してもいいだろう。このマスターにもっと可愛げがあったら人類はもうちょっとオトクに俺と交渉できたかもしれませんよ。


「正直、俺は悪魔たちの仲間になったほうが断然メリットがある」

「くっ……悪魔の味方をするというのですか」

「まあ落ち着け。それだったら問答無用でこの城を破壊してる」

「城を破壊……いえ、勇者様ならできるかもしれませんね」


 汗が一筋流れた。

 脅しているわけじゃないが、多少ビビらせる必要はあるだろう。交渉を有利にしたいからな。


「俺は人間と悪魔の両方が、協力した方がいいと思っている」

「協力? 悪魔と?」


 信じられないといった顔だ。というか、何いってんだコイツって目だ。そういうところですよ?

 まあ、そうだろう。悪魔にとって人間は家畜より下の扱いだ。


「この国で一番知られている悪魔……あいらんという名前だが」

「あのメスガキですか。わたしたちはキンパツと呼んでいます」

「あいつは、わからせた」

「!? さすが勇者様……もうわからせたのですか」

「はっきり言って余裕だ。他の悪魔も似たようなものなら楽勝だろう」


 さすが勇者様、と抱きついてくるタイミングだがその様子はなし。それでいい。こちとら感謝の気持ちだけで満足しない。交渉を続けるぜ。


「あいらんは人間を襲ったりしない。さすがにあんたらの言うことを聞くってことはないが、俺の話は聞く」

「……」


 諸手を挙げて喜んでいいわけじゃないのだな、と俺を睨む。

 せめてお礼くらいしませんかね。なんで睨んでんの。まあいい。


「とりあえず人間を襲ったり物を奪ったりはさせない」

「襲ってこないという時点で、十分すぎるくらいありがたいことです」


 目を閉じ、こちらに手を合わせている。どうやら一応は俺に敬意を払っているようだ。それにしても必要最低限の態度だな……。


「俺は、人間と悪魔は協力……は無理としても、共存できると思っている。お互いに利益になる……ウィン・ウィンの関係になれるはずなんだ」

「……? 悪魔が人間の役に立つ、というのですか?」

「そう。逆もしかり。俺や悪魔には作れないものもあるんだよ」

「なるほど……」


 俺とあいらんだけで生きていくことは可能だ。だが、俺が求めている生活水準には達しない。

 この世界、俺が最強無敵なのはいいが、生きていくには不便すぎる。

 まずは要求の前にこちらができることを伝えよう。


「俺は悪魔に対し、人間の役に立つ依頼をすることができる」

「悪魔が人間のために動いてくれるというのですか? 信じられない」


 まーな。あいつの人間の扱いを考えると信じられないだろうな。


「人間のためというか、あくまでメリットのためだけどな」

「メリットですか……」 

「たとえば水だな」


 あいらんは、魔法で冷たい水を出すこともできる。

 それでもいいが、あんな学校の冷たいシャワーみたいなもの、飲み水としてはおすすめできない。


「俺たちは川まで歩いていける」

「川に? 歩いて? そうか、勇者様や悪魔なら……」


 小さな人間にとっては単純に遠いということもあるが、道中に木や花が群生していることもあるだろう。俺にとってはピクニックみたいなものだが、小さな人間には森同然に違いない。虫や動物も脅威の存在だろう。

 当然、そこまでの道は整備できていないから、馬車的な移動手段も使えない。


「もちろん水も運べる。大量には無理だが、あんたらの飲み水不足を解消することができるくらいには」

「水を……! 確かに水が手に入るのなら、人間にできることはさせてもらいたいです」


 よしよし。

 この状況なら俺の要望も通るに違いない。


「それで、わたしたちは何をすれば、水が手に入るのです?」

「それはね」


 言いにくい。

 小さいとはいえ、このような年頃の高貴な身分の見目麗しい女性にこんな事を言うのは大変言いにくい。

 しかしもう切羽詰まっているのだ。


「ぱんつ履いてる?」

「ぱ、ぱんつ?」

「下着だよ、下着」

「は、はあ?」


 この反応……。まさか、履いてないのか?

 俺は絶望しそうになるが――


「な、なにを突然。履いてるに決まっているでしょう」

「よかったー!」


 履いてた。履いててくれたー。

 この世界の人間がぱんつを履かなかったらどうしようかと思ったぜ。


「な、なにが……」

「いや、悪魔はぱんつを履かないんだよ」

「は、はあ……」


 そう、悪魔はぱんつを履いていない。

 なぜなら、作れないからである。

 俺たちが原始人のビジュアルを想像するとき、大体毛皮みたいなものに穴をあけて着ているイメージするだろう。そう、アウターの方が手に入りやすいのだ。

 衣食住の衣という生きていくのに必要な要素の中で、入手が難しいのはパンツのようなインナーなのである。

 悪魔は動物の皮を加工することはできるが、綿や絹みたいなもので衣服を作ることが出来ない。

 もちろん人間から奪うことも出来ない。サイズが違いすぎるからだ。奪っても履けない。

 そして、当然だが俺のパンツの替えも無い。

 悪魔は風呂を用意してくれるが、替えのパンツを用意することは出来ないのです。風呂から出たのに、履いてたパンツを履かなければならないという状況! これが異世界の問題点なんだよ!

 靴下がないのはいい。耐えられる。パンツは無理。


「パンツだ。俺が履けるサイズのパンツ。それが今一番必要なものなんだ」


 交渉は成功した。

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