悪鬼の首領 亜華魔姫
スキンヘッドに一本の角を生やした老人悪鬼、叡光鬼。
大量の本棚が並ぶ書斎のような場所に、静かに足音を轟かせながら歩いている。
本棚は、天井につくほどの大きさだ。一つあたりでも千冊以上もの本があるだろう。
そんな大量の本のなかから、叡光鬼は念力で一冊の赤い本を取りだし、ある文を読む。
「平穏と争いは紙一重…。世界の光景も紙一重。一枚である事に変わりはなけれど、全く異なる大地が両面に広がっている…。しかしながら私の身は一つだけ、流れる時も一定のみ。世界の滅びも世界の存続も、どちらにも興味のある私には誠に残念な事実であります…」
虚しそうな口調で独り言を呟く叡光鬼の目は、ある一つの方向に向いていた。
…天井に、一つの小型の機械が張り付いていた。
小型の監視カメラだ。
…そのカメラ映像は、白衣を着た蛙のような怪人が覗いていた。
…彼の背後には、赤く鋭い左目に眼帯で隠された右目の女、闇姫が。
蛙怪人は闇姫軍の科学者であり、同時に闇姫軍のなかでも最高級の立場にある四天王と呼ばれる男…名をガンデルという。
「このジジイ…もしかしてもう監視カメラに気づいてるんですかね?」
「そうだろう。目も良いようだな」
闇姫はモニターに映る叡光鬼の顔を睨み返していた。
…叡光鬼はそのまま念力で監視カメラを動かし…床に叩き落とした。
何かがショートする音と共に、カメラは故障した。
叡光鬼はやれやれと手を振る。
その時、書斎に奇妙なベルのような音が響き渡った。
「…おや」
叡光鬼はその音を聞くとほぼ同時に、何やら急ぎ足で歩いていく。
壁にあった木製の扉を開き、その先にある廊下を駆け抜けていく。
各所に鬼神の像や墨絵が飾られているその場所は、和風の城のようだ。
とても静かだ。まるで無人の城のように。
しかし、ここには多くの異形の住人が潜んでいた。
木々の匂いがひしめく通路の果ての、ある部屋に辿り着く叡光鬼。
…巨大な階段がある大広間だった。
周りには以前叡光鬼が率いていた小鬼達をはじめ、多くの悪鬼がひしめき合って集合している。
叡光鬼は彼らを押し退けながら進んでいき、階段を上っていく。
その最上には、一つの影があった。
白く、とても長い髪を持つ女だった。
常に何かを深く考えているような赤い目、血のように真っ赤な着物を着ている。
階段から上ってきた叡光鬼と目を合わせ、静かで、ほんの少しの威厳を混ぜたような声で呟く。
「悪魔どもの監視を食らったか…」
「ええ。しかしあれが仕掛けられたのが私の書斎で良かった。あの書斎の情報は、私でなければ理解できないのですから」
女は頷き、後ろにあった大きな椅子に腰かけ、続けた。
「…だろうな。悪鬼一の頭脳の持ち主であるお前でも、今回の相手は油断できん」
「ご心配されずともこの叡光鬼、神に誓って未来永劫あなた様のお手元に仕える身でございます。あなた様の為ならば、地獄の閻魔とも戦う覚悟でございます」
表情をほとんど変えないまま笑う女。ふ、という息が、口から漏れる。
二人の話が聞きたいのか、眼下の小鬼達は更に騒ぎ立てる。
奇声が飛び交うなか、女は懐から何かを取りだした。
小刀だった。
小刀を右手に持ち、顔の横あたりに添える。
…すると、突然小刀が伸び、長い大太刀となる。
固い音が響き、小鬼達は一瞬声をあげ、直ぐ様黙りこんだ。
女は静かな様子のまま叡光鬼に聞いた。
「他の将はどうした?」
「力将は現在城周辺の調査に励んでおります。技将はまたいつもの修行へ」
女は更に深く腰かけ、一瞬何かを考えこんだような顔をした。
叡光鬼への指示を考えたのだ。
「叡光鬼。お前は周辺の戦力捜査へ向かえ。我ら悪鬼と言えど、未知の要素は早めに対処せねばならない。力のある戦士を知り、白紙へ書き留める。それがお前の役目なのだからな。他の三将にも、伝えておくのだ」
叡光鬼はありがたそうに頭を下げた。女は、やはり表情を変えないまま彼を見下ろした。
「他の三人にも、頑張って頂きたいものですねえ」
叡光鬼は二歩、三歩とゆっくり後ろに下がり、一言発した。
「…亜華魔姫様の仰せの通りに」
亜華魔姫と呼ばれた女の目は、底知れぬ威厳を放っていた。