叡光鬼
とある荒れ果てた荒野にて、異形の者達が歩いていた。
砂煙が舞い散り、そこに歩くのは屈強な体つきに一本角の赤鬼達。子供程の背丈しかない子鬼で、踊るような落ち着きない動きで歩いている。
そんななか、一際気品に溢れる歩き方の老人が混じっていた。とても怪しげな笑顔を浮かべてる。
紫の紬を着ており、その姿は人間とよく似ているが、スキンヘッドからは一本の角を生やしていた。
老人の足が止まる。
同時に、他の小鬼達もピタリと足を止めた。
砂煙が舞うなか、目の前に何者かが現れたのだ。
「悪鬼狩人か…」
老人は、その何者かの存在を知っているかのように呟いた。
砂煙が晴れ…オレンジの髪の青年と、赤い着物に赤い髪の女が現れた。
火竜と鬼子だ。
「お前が最近この辺を彷徨いているという悪鬼か」
火竜が老人を指差すと、老人はいかにもという感じでハゲた頭を下ろした。
同時に小鬼達が老人を囲み、彼を守る体勢に。
…鬼子は老人から放たれる殺気に気づいていた。
背中に備えた鎌を、もう掴んでいた。
火竜はなるべく戦闘は避けたいようで、鬼子に手を向けて静止させ、老人との会話を進める。
「最近悪鬼の発生が頻発している。同時に、その近くで角を生やした老人の目撃情報が相次いでいる。…お前だろう。悪鬼の大発生と何か関係してるのか?」
老人はニヤリと笑う。悪鬼慣れしている鬼子と火竜でも思わず後ずさってしまう程の迫力だ。
「私とした事が。悪鬼を放ったらすぐに離れれば良いものを、つい人間界に興味を抱いてしまいましてなぁ。人間界の楽しさで、少々警戒が解れてしまっていたようです」
老人は一人怪しく笑い続けている。
…腰元をよく見ると、鞘がある。老人はそれに手を置いた。
鬼子は鎌を引き抜き、火竜は両の拳に炎を纏わせる。
やはり、こうなってしまうのか…。
老人が刀を引き抜くと同時に、小鬼達が奇声を発しながら向かってくる!
砂を散らしながら我先にと突っ込んでくる小鬼達。
鬼子は鎌で彼らを切りつけてダウンさせ、火竜は拳を振り上げて吹っ飛ばす!
「カカァー!!!」
一人の小鬼叫びながらが鬼子の顔の前に飛び込んできた。
鬼子は迷わず足を振り上げて蹴っ飛ばす!
蹴っ飛ばした先には老人が。一見、そこまで動けそうには見えない老人だが…。
老人は、首を軽く動かすだけで飛んでくる小鬼をかわしてみせた。
砂を散らしながら着弾する小鬼…。
「ほうほう。さては貴女、噂に聞く邪神シンの魂を持つ人間ですな?」
鬼子の肩が一瞬上がる。…もう自身の忌まわしい宿命を受け入れていた鬼子は、堂々と答えた。
「ええそうよ。私こそ、シンの魂を内に宿した人間。それがどうしたっての?」
「ほうほう…そうですか。貴女が…なるほど」
何やら嬉しそうに笑う老人。刀を持つ手に力がこもり、両足を深く落として構えをとる。
そして、一気に飛び出し、鬼子を切り裂こうと向かってきた!
鬼子は鎌を正面に構えて防ぐが、老人とは思えない力に一瞬防御を崩されかけた。
両腕に力を込め、一気に弾き返す。老人はふらつきつつも、しっかりと体勢を保つ。
そのまま次の攻撃へ移行する老人。今度は回転しながら刀を振るい、勢いのみで攻めてくる!
鬼子は鎌を振り回して全て防ぎきろうとするが、老人の回転斬りの方が勝っている。
鬼子の勢いが負けかけたところで、小鬼の相手をしていた火竜が右手から火球を発射して老人にぶつけ、勢いを緩めてくれたおかげで反撃の斬撃に成功した。
老人は膝をつきつつも、まだ余裕そうだ。
鬼子は息を切らしながら鎌を持っている。…このままでは勢いに負かされてしまう。
「こうなれば…!」
鬼子は目を閉じ、意識を集中する…。
彼女の体の奥底で、ある何かが激しく燃え始めた。
それは徐々に広がっていき、鬼子の全身に熱を送り届ける。全ての細胞を活性化させるような、強力な力が沸き上がる…。
火竜は、目を閉じる鬼子を見て、勝利を確信したような笑みを見せた。
老人も目を見開き、興味深そうだ。
直後、鬼子から一際強い赤い光が放たれた!
…光が晴れると、そこには先程までとは違う様子の鬼子が立っていた。
手に持っていた鎌は、炎でできた刃を持つ刀に変化している。
頭からは…鬼のような黄色い角が生えていた。
老人はその姿に驚きつつも、すぐに冷静になり、軽く拍手する。
「ほう。これはこれは。やはり邪神シンの力を持つ人間ですか」
鬼子は火竜と並び、彼と共に老人へ向かう!
鬼子が炎の刀を振り上げると炎が散らされ、周囲の空気に熱を加える。
老人は間一髪回避するが、そこから火竜の拳も放たれ、ついに一発、老人は顔面を殴られる!
怯んだ隙に鬼人と化した鬼子の炎の刀が老人の刀に叩きつけられる。老人の刀は燃え上がり、そのまま粉々になってしまう。
老人は両手の平を上にあげ、もはやお手上げといった感じだ。その姿を見て、鬼子と火竜は攻撃を止める。
「あまり荒く事態を解決するのは嫌いなの。何か知ってる事を教えて頂戴」
「ほうほう、私を見逃してくれるのですか…。ならばそのお慈悲に敬意を払いましょう。…では、一つだけ教えて差し上げます。何を知りたいのですか?」
鬼子と火竜が聞く事は一つ。
言葉に出したのは火竜だ。
「何を企んでる?」
もうここまで戦えば、老人が何かを危険な事を企んでるのは確かだ。
老人は、穏やかな口調でこう答えた。
「…人間を皆殺し、でしょうか…」
二人の肩に力が入るのを見て、老人は丸腰とは思えない落ち着いた調子で続ける。
「更に言えば、私達を誕生させた人間への制裁…とでも言いますか」
「人間の制裁…?どうやってそんな事をするんだよ」
火竜がもう一つ聞いたのを見て、老人は笑う。
今度は、確実にバカにした感じの憎たらしい笑みだった。
「おや…?答えて差し上げるのは一つだけですよ?お忘れで…?」
妙な苛立ちを覚えた火竜は殴りかかろうとしたのだが、この時ようやく異変に気づく。
足を動かそうとしても動かないのだ。
ふと足元を見ると、そこにはいつの間にか地面から生えた緑の草が火竜の足に絡み付いていた!
火竜だけでなく、鬼子も足を絡まれている。
老人は、そんな二人に先程壊れた刀を見せた。
壊れた刃から、緑の豆のような物が落ちている。
「そいつは草のモンスター、クサボン。刀の中に種を仕込んでおいて正解でした。魔力を種に込めれば即クサボンが誕生し、地面の中から相手の足に絡み付くのです。貴殿方が攻撃を繰り出した際に生じた魔力を吸収したクサボンはそう簡単にはほどけませんよ」
手を振りながら去っていく老人。火竜は必死にもがくがびくともしない。
老人はその様子がおかしくて仕方ないのか、笑いながらこんな事を言った。
「特別にもう一つ教えて差し上げます。私は叡光鬼。知の悪鬼です。いつかまた、お手合わせするかもしれませんね」
叡光鬼はゆっくり歩いているのにも関わらず、瞬きする度にその姿は遠ざかっていき、一気に荒野の向こうへと消えてしまった。
「はあ…ありがとよ鬼子」
鬼子が鬼人化によって強化された脚力でクサボンを蹴飛ばし、ようやく解放されたのだが、その頃にはもう叡光鬼は完全に見失っていた。