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1.エリートビジネスマン召喚される

1.エリートビジネスマン召喚される


♪いつついし、いつついし、我らがいつついし~


毎朝、社歌が流れる。

五ツ石商事。

日本の中堅商事だ。


朝礼を終えて、会津蔵人あいず・くろうどは席に着いた。

「先輩、この案件なんですけど……」

その途端に後輩の女子が寄ってくる。

ショートの茶髪、アンニュイな表情、紺色のスーツ。

若松安子わかまつ・やすこである。

「またか」

蔵人はやれやれという風に向き直る。

シャープな眼鏡、端正な顔立ち、高身長、高学歴、高収入。

まるで女の理想を具現化したかのようなスペック。

「すいません」

安子は悪びれるが、遠慮がない。

「どれ、見せてみろ」

蔵人が言った時だ。


すーっ


周囲が暗くなって、意識が途切れた。



気がつくと、蔵人は見知らぬ場所にいた。


石造りの広間である。

床には高そうな絨毯が敷いてあり、壁にも同じく高そうな壁掛けがかけてある。

「カーペットにタペストリーか」

蔵人は思わずつぶやいた。

さらに壁の高い所に、腕木を突出させた燭台がいくつも見て取れた。

「……松明か?」

松明を差す燭台らしい。

「え?」

隣で声がする。

安子だ。

「いや、西洋の城の中のような場所だなと」

蔵人が言うと、

「先輩、何、言ってるんですか」

安子は取り合わない。


「うわ!?」

また声がして、見ると鎧を着込んで剣を腰に下げた男が驚いていた。

若いが口ヒゲを生やしており、堂々としている。

顔つきは白人である。

「なんだ、お前ら?」

男は驚きつつも聞いてきた。

「おい、言葉が分かるぞ」

「あ、ホント、日本語でしゃべってますね」

蔵人と安子は顔を見合わせた。

「どこから入ってきたんだ!?」

男は腰の剣に手を掛けようとする。

「私たちは怪しい者ではありません」

蔵人は言った。

「五ツ石商事のクロード・アイズと言います」

「ヤスコ・ワカマツです」

「怪しいヤツらだ!」

男は取り付く島もない感じで、今にも剣を抜き放ちそうであった。


「おい、何を騒いでおる?」

また声がして、ガシャガシャと鎧の音を立てて広間に誰かが入ってくる。

広間と廊下には扉がなく、カーテンで仕切る形になっているようだ。

カーテンの影から出てきたのは、やはり鎧を着込んで剣を腰に下げた男である。

違うのは初老の男だという所だ。

「閣下、ここに怪しいヤツらが……!」

若い男が振り向きながら、言った。

「なに!?」

初老の男がガシャガシャと駆け寄ってくる。

「もしや、敵の間者では!?」

若い男が言ったが、

「敵は魔族だぞ。人を使ってくるはずは…」

初老の男は否定しようとして、

「まさか…ッ」

何かに気付いたようだった。

「心辺りがおありで?」

若い男の気が逸れたようだった。

手が腰の剣から離れてしまっている。


「何やら始まったな…」

「そうですね」

蔵人と安子は暢気に会話している。

当事者としての認識が薄い。


「うむ、昨晩戯れに我が家に伝わる秘術を行ってな…」

初老の男は少し気恥ずかしそうに答えた。

「何も起きなかったのでな、デタラメだとばかり思っておった」

「へ、へえ…」

若い男は反応に困っている。


「秘術って召喚の儀式でしょうかね?」

「なんだそれ?」

「異世界召喚ものっぽくないですか?」

「ネット小説かよ」

安子と蔵人はヒソヒソと会話をしている。


「失礼した」

初老の男は居住まいを正した。

「ワシはピエトロ・スカンツィオと申す。男爵位をロマーニア王家より賜っておる。

 こちらは部下のマルコだ」

「クロード・アイズです」

「ヤスコ・ワカマツです」

蔵人と安子は先ほどと同じように挨拶をした。

「うむ、時間がないゆえ手短に聞こう。そなたらは我らの手助けに来たのか?」

スカンツィオ男爵は単刀直入に聞いた。

「手助け?」

蔵人は思わず聞き返した。

「うむ、我らは現在、魔族の軍勢の襲撃を受けておるのだ」

スカンツィオ男爵は言った。


その瞬間、

「ウォォォォッッッ」

と獣のような咆哮が聞こえてくる。

剣戟の音。

戦の狂気がすぐ近くにある。


(え? すぐそこで戦ってるのか!?)

蔵人は瞬間的に頭の中で考えた。

(異世界召喚ってことは、オレら勇者的ポジションかよ!?)

(こちとら、ただのビジネスパーソンだぞ!)

チラと見ると、安子も緊張の面持ちだ。


「……ある意味、そうとも言えます」

蔵人は曖昧な答えをひねり出した。

「我々は一言でいうと商人なのですが、経済活動とリスク管理の専門家でもあります」

「な、なんだ、それは?」

スカンツィオ男爵は一瞬、何を言われたのか分からなかったようだった。

「政治や経済を通してリスク管理、つまり危険の度合いを計り、危険を回避し、目的を達成するということです」

蔵人は更に曖昧な事を言った。

難しい単語を並べて煙に巻くつもりだ。

「閣下、私にはこの男の言う事が一言も理解できません」

マルコは首を傾げている。

機先を制されて、毒気が抜けているようだった。

「先ほど男爵閣下は魔族の軍勢とおっしゃられました」

蔵人は続けた。

相手が体勢を立て直す前に優位を取らなければならない。

「うむ」

「魔族の軍勢とくれば強力な軍隊でしょう」

「残念ながらそうだ」

スカンツィオ男爵は悔しそうな表情をする。

「我ら騎士団が奮闘したが敵の数は多く、籠城するしかなくなってしまってな」

「なるほど、そうすると魔族軍は城を落とそうと総攻撃をかけてくるでしょうね」

蔵人は訳知り顔である。

「うむ、既に城門を破ろうと攻撃を開始しておる」

スカンツィオ男爵は難しい顔をした。

「それに翼を持つ魔族は空から攻撃をしてきておる」

「牽制ですね」

「そうだろうな」

「どのくらい持ちますか?」

「この城の騎士団は兵が少ないのでな、持って1日というところだろう」

スカンツィオ男爵は目を閉じ、答えた。

「では、撤退しかありません」

蔵人は言った。

「撤退だと?」

マルコが反応した。

「おめおめと撤退など許されぬ」

「では、みすみす全滅する気ですか?」

「ぐっ…それは!」

蔵人が言うと、マルコは言葉に詰まった。

「構わん、続けてくれ」

スカンツィオ男爵はマルコを制した。

度量というヤツである。

「古の兵法に“三十六計逃げるに如かず”と言います。体勢が整わない時は逃げるに限るという事です」

「うむ、それは分かっておる」

「撤退戦では殿が重要になります」

蔵人は言った。

「ここで決死の役目を募り、殿をしてもらいます」

「ならば、その役目、私に…」

マルコは即断したが、

「ならぬ!」

スカンツィオ男爵が怒鳴った。

「そなたにはワシの代わりに皆を率いてもらう。そして王都へ報告せよ」

「しかし!」

「頼めるのはそなたしかおらぬ」

スカンツィオ男爵は言った。

死を覚悟しているようだ。

「……分かりました」

マルコが唇を一文字に結んだ時だ。


「ワァー!」

「門が破られたぞー!」

「ギャーッ!?」

門が破られる大きな音がして、剣戟の音が激しく鳴った。


「ワシは最後まで勇猛だったと伝えてくれよ?」

スカンツィオ男爵は冗談っぽく言って、

「さて、アントニオ! トーニオ! ワシと一緒に来い!」

勢いよく広間を出て行った。


「いざ行かん!」

「有終の美を飾りましょうぞ!」

「この年寄りどもめ、最後くらい大人しくできぬのか!」

「できませぬな!」

「城を枕に討ち死にしましょうぞ!」

「ハハハ!」

廊下より声が聞こえてくる。

とにかく声がデカい。


「筋金入りの戦人だな…」

蔵人がつぶやく。

「そうさ、スカンツィオ男爵は真の騎士だ」

マルコは言った。

「さて、すぐに魔族どもが押し寄せてくる」

そして、即座に気持ちを切り替えたようだ。

強く拳を握っているのが、蔵人の目に入った。

「行きましょう」

「はいはい」

蔵人と安子はマルコの後に付いて広間を出た。


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