第88話 クリスマス特別編
ちょっとしたおまけです。気を抜いて読んでください。
「"よーし、じゃあこの布を良く見ててね~"」
クリスマスの飾り付けが施されたリリアちゃんの病室で、リリアちゃんは俺がヒラヒラと動かす布をじっと見つめていた。
「"1、2の……3!"」
そして、掛け声と共に俺が布で覆っていた左手から布をどかすと何もなかったはずの左手の上にはお菓子の詰め合わせが入った小さな長靴が現れた。
「"うわぁ~、すごーい! 何で!? 何がどうなってるのよ!"」
リリアちゃんは俺の服を引っ張って問いただしてくる。
「"もちろん、魔法だよ。ほら、お菓子をあげる。アメリカ特有のやけにカラフルな飴やガムが詰まってるよ!"」
「"本当ね! 目が痛いわ!"」
リリアちゃんはそう言って俺の手から長靴を受け取った。
隣で俺のマジックを見ていた柏木さんも関心の声をあげる。
「驚いたな、お前はマジックまで出来るのか」
「クリスマスは毎年、妹に付き添って孤児院や教会でプレゼントを渡すんです。その時、マジックをすると凄く喜んでもらえるので」
「ほう、殊勝なことだな。いわゆるボランティアか」
「偉いのは俺の妹です。毎日どこかで人助けしてるような奴なんで……。それに、クリスマスは毎年俺が一番モテてたんですよ? 何でか分かります?」
柏木さんは少し考えた後、すぐに納得した。
「あぁ、なるほど。お前ほどサンタのハマり役はいないかもな」
「絵本に出てくるサンタさんは太っているイメージですからね。みんな、本当に本物が来たんだと思ってくれました。顔も髭で隠せますので」
「そうか、私は子供たちからサンタを奪ってしまったな。よし山本、もう一度太ろう」
「か、勘弁してください……」
長靴の中の駄菓子を一通り物色し終えたリリアちゃんは俺と柏木さんを睨みつける。
「"ちょっと、日本語禁止! 私が分からないじゃない!"」
「"ごめん、リリアちゃん。お菓子は気に入ってくれた?"」
「"もちろんよ! やっぱり甘い物は正義よね! 柏木からのプレゼントは……やっぱりいいわ"」
「"遠慮するな、ほら。ラムネ・シガレットだ"」
柏木さんは当然のように胸ポケットからラムネ・シガレットの箱を出す。
これもある意味マジックに近い。
「"やっぱりね! もう要らないわよ! はぁ~、柏木は相変わらずでつまらないわね~"」
リリアちゃんにため息を吐かれてしまった柏木さんはラムネの箱をじっと見つめる。
そして、何かを思いついたような表情でリリアちゃんに呼びかけた。
「"リリア、私もマジックをしてやるぞ。なんと、ラムネ・シガレットがあっという間に手から無くなるんだ"」
柏木さんは、突然そんなことを言いだした。
確かに、タバコを使ったマジックも多いのでラムネ・シガレットを使ったマジックも応用が効くだろう。
柏木さんにそんなマジックが出来るなんて意外だが。
「"見たい見たい! 見せて!"」
すっかりマジックに夢中なリリアちゃんもすぐにベッドに座ってお客さんモードになった。
「"山本、助手を頼めるか?"」
「"はい! 凄いですね、流石は柏木さん! 即興でマジックを思いつくなんて!"」
「"あぁ、私とお前の力ならできるさ"」
「"……へ?"」
柏木さんの発言に少し引っ掛かりつつも、ワクワクした表情で見ているリリアちゃんの前へ。
「"山本、さっきの布を自分の顔の前に左手で持ってくれ"」
「"はい! この辺りですか?"」
「"もう少し下だな。よし、そこだ"」
柏木さんは右手にラムネ・シガレットを一本持つと、リリアちゃんの前でタネも仕掛けもないことを見せるように軽く振る。
「"このラムネ・シガレットが山本の顔の前の布を通り抜けた瞬間に手から無くなるぞ"」
「"本当に!? 凄いわ、やって見せて!"」
「"おぉ、そんなことができるんですね! 柏木さん、凄いです!"」
俺もリリアちゃん同様に期待の声を上げると、柏木さんは満面の笑みで俺を見た。
そして、何故かもう一度言った。
「"このラムネ・シガレットが山本の顔の前の布を通り抜けた瞬間に手から無くなるんだ"」
ラムネ・シガレットが俺の顔の前を通り抜けた瞬間……。
――あっ。
俺は察してしまった。
これはマジックではない。
「"いくぞ! 1、2の……3!"」
掛け声の直後、布の後ろを通る柏木さんの手が案の定俺の口にラムネ・シガレットをねじ込む。
そして、流れるような所作で通り抜けた柏木さんの手からはラムネ・シガレットが無くなっていた。
「"す、すごーい! 本当に無くなっちゃった! ねぇ、凄いわよね! 山本! ……何で静かなの?"」
俺は即座に口の中のラムネ・シガレットをかみ砕いて飲み込む。
「"す、すごい……ケホッ、凄かったです! 目の前でも全く分かりませんでした!"」
実際には俺がラムネ・シガレットを食べさせられていただけだという事実を隠して、俺もリリアちゃんと一緒に驚いて見せた。
「"よしよし、これでラムネ・シガレットの偉大さが分かったかな"」
柏木さんは得意げに胸を張る。
「"でも、山本のマジックと比べると少し地味かしらね。1本くらいならどこかに隠せばどうとでもなりそうだし……"」
リリアちゃんがそう言うと、対抗心を燃やした柏木さんは声を張る。
「"こんなのはまだ序の口さ。次はさらに凄いぞ!"」
柏木さんはそう言うと、今度は右手にラムネ・シガレットを二箱分(8本)を持った。
「"次は8本のラムネ・シガレットを消してみせよう!"」
「"えっ!? 8本のラムネを!?"」
「"えっ!? 8本のラムネを!?"」
リリアちゃんと同じ言葉で驚いた俺だが、その意味は全く違う。
要するに食べろという意味だろう。
柏木さんは早速俺をデブの姿に戻そうとしているようだ。
そもそも、8本を同時に口に突っ込んで食べるなんて無理――
(むぐぅ!?)
柏木さんは俺の心の準備ができる前に先ほどと同じ所作でラムネを消してしまった。
つまり、8本のラムネが俺の口に突っ込まれたのである。
「"す、凄い! 本当に消えたわ!"」
これにはリリアちゃんも驚きを隠せないようだった。
キャッキャとはしゃいで、柏木さんも得意げな表情だ。
良かった……みんなが楽しんでくれたなら俺は……満足……で……す。
「"……何だか、山本の顔色が悪くなってないかしら?"」
そんなリリアちゃんの言葉を聞きながら、ラムネ・シガレットを口いっぱいに頬張った俺は倒れた。
柏木さんも俺が倒れるのを見て、顔を青ざめさせる。
「"やばい、大丈夫か山本! リリア、すぐに医者を呼んでくれ!"」
「"医者はあんたでしょうが!"」
「"み、水をください……!"」
こうして、クリスマスの夜は過ぎて行ったのでした。






