第5話 妹とアイドルを見に行く。その1
——日曜日。
今日、俺は妹の彩夏と共に横浜で行われている『アイドルフェス2022』を見に来ていた。
これは様々な中小事務所に所属している売り出し中のアイドルたちが男女問わずにステージでパフォーマンスを披露する大きなイベントだ。
このイベントがキッカケでプロデューサーの目に止まり、大型音楽番組の出演が決まった——なんて話もよくあるので、アイドルたちはみんな全力でパフォーマンスをしている。
「うへへ〜、あの子もこの子も顔が良い〜! 最高〜! 頑張れ〜!」
午前中は女性アイドルたちのショーの時間だった。
雑食にアイドル好きな彩夏がステージに向けてサイリウムを振りながら瞳を輝かせている。
俺もその隣でサイリウムを振ってアイドルたちを応援しつつ、彩夏が興奮しすぎて脱水を起こさないように定期的に飲み物を飲ませていた。
ちょうどイベントも折り返して休憩時間になったので、俺は興奮冷めやらぬ彩夏に話しかけた。
「彩夏、俺なんかじゃなくて友達と来た方が楽しめたんじゃないか?」
「と、友達になんて私のこんな姿見せられないよ〜!」
彩夏はそう言うと、『すこすこ侍』と書かれた額のハチマキを縛りなおして口元のよだれを拭った。
確かに、彩夏は中学校では品行方正で文武両道、誰もが羨む美少女として広く認知されている。
実際にはご覧のように結構オタク気質なところがあるのだが、本人的には隠していたいことらしい。
「そ・れ・に! お兄ちゃんにも、アイドルの良さを知ってもらいたかったし! どうお兄ちゃん? 誰か好きなアイドルはできた?」
「え? う〜ん……」
彩夏に言われて、俺は今までステージで踊っていた女性アイドルたちを思い起こす。
「正直、特にこれといって気になるアイドルは……」
「えぇ〜、こんなに沢山見てきたのに!? お兄ちゃんの審美眼はどうなってるの〜!?」
「そう言われてもなぁ……う〜ん」
「ほ〜ら、恥ずかしがらずに誰か推しを言いなよ〜! アイドルを応援するのって楽しいよ〜! こんなにかわいい子たちがいっぱい見られるんだから!」
彩夏の追及は終わりそうになく、俺はさらに頭を悩ませる。
正直、もうどのアイドルが何のグループだったかすらも覚えていない。
「——それなら彩夏の方が可愛いと思うんだけどなぁ……」
悩みながら、俺は無意識に本音をこぼしてしまっていたらしい。
それを聞いた彩夏は顔を真っ赤にする。
「そ、そういうのは言わなくていいの! 全く! お、お兄ちゃんはっ!」
「えっ? 俺何か言ってたか?」
「な、なんでもないの! それより——!」
早口にそう言うと、彩夏は話題を切り変えてくれた。
「ここからは男性アイドルだから! もしかしたらお兄ちゃんは男性アイドルの方がすこれるのかも! そういう人もいるからね〜」
「そうなのか! よし、頑張ってみる!」
「頑張るって表現は合ってるのか分からないけど、頑張って! お兄ちゃん!」
そうして、始まった午後の部。
男性アイドルたちのパフォーマンスが始まった。
彩夏は変わらずの熱量で男性アイドルたちを応援して楽しんでいた。
(う〜ん……)
だが一方の俺は正直、イケメンとされる男性アイドルたちを見ても自分にはあまりピンとこない。
俺自身が醜いから、嫉妬してしまっているのだろうか。
そんな風にも思ったが、頑張って歌って踊っている姿は素直に応援できるのでそういうわけでもないらしい。
考えた末に、俺は一つの結論にたどり着いた。
恐らく、彩夏の言うとおりだ。
普通の人と違って、俺は美醜の判断をする感覚が狂っている。
俺自身はずっと変わらず醜い存在であり、それに比べれば俺以外の男の人はみんな一様にイケメンだと判断して生きてきた。
相手の顔をイケてるかそうでないかで考えたことがない。
だから、世間で言うところのイケメンとそうじゃない人との区別があまりつかないのだと思う。
(確かに女性アイドルたちは可愛かったけど、バイト先の藤咲さんや文芸部の足代さんの方が好みだしなぁ……って俺なんかが何言ってんだ)
そんなことを考えて心の中で苦笑いしつつ、俺は彩夏のドリンクが無くなっていることに気が付いた。
「彩夏、飲み物無くなってるから買ってくるよ。リンゴジュースでいいか?」
「あっ! なら私も一緒に行く——」
そう言いながらも、彩夏の瞳はステージにくぎ付けだった。
本当は目を離したくないのだろう。
「あはは、いいよ。彩夏はステージを見てて、買ったらまたここに戻ってくるから」
「そ……そう? お兄ちゃんありがとう! じゃあ、待ってるね!」
◇◇◇
自動販売機で彩夏の飲み物を買っていると、その隣でファンキーな出で立ちのおっさんが腕を組んでステージを見つめていた。
「"う〜ん、大した奴が居ねぇな〜。やっぱりジャパンのアイドルはこの程度なのか? どこかにポテンシャルのある奴はいねぇのかな〜"」
英語でそんなことを呟きながらため息を吐いていた。