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第126話 明日は学校に行きます


 俺の腹の音を聞いて、藤咲さんはキッチンに向かう。

 エプロンを着けてヘアゴムを咥えると、そのまま髪を後ろでまとめ上げた。


 お店では見られない藤咲さんのキッチンでの所作や姿にドギマギしてしまう。


「少し待っていろ、軽い食事を出してやるから」


 そう言って鍋を温めると、嗅ぎ慣れたスープの香りが漂う。


「この香りは……『スープ・ド・ポワソン』ですね?」


 その濃厚さから『食べるスープ』とも言われている南フランス料理。

 調理の工程が複雑で、俺がいくら藤咲さんの真似をして作っても同じ味にすることは出来なかった。


 俺の憧れの料理であり、そして大好物だ。


「正解だ。日本の料理が恋しいだろうが、残念ながら私が得意なのはフランス料理だからな」


「いいえ、俺にとってはもうフランス料理が故郷の味ですよ。俺も彩夏も藤咲さんのお店のお料理を食べて育ちましたから」


 正確には藤咲さんの料理が故郷の味である。

 お店でいただくまかないや藤咲さんが「余った」と言って俺にだけこっそりと持たせてくれた料理や食材。

 あれがなかったら毎日もやししか食べてなかったと思う。

 俺はともかく、育ち盛りの彩夏にちゃんとしたモノを食べさせることができて本当に良かった。


「そうそう、彩夏も手伝ってくれたんだ。山本が今日帰ってくるからって気合を入れていたぞ」


「――い、言わなくて良いですよ! そんなことっ!」


 彩夏はそう言ってそっぽを向く。

 何この子、抱きしめたい。


 彩夏の様子を見て藤咲さんは笑いながら、料理をお皿に盛りつけていった。


「山本はこの後どうする予定なんだ?」


「明日は早速、もともと通っていた辻堂高校の転入試験を受けます。俺が帰る日を知って、友達(高峰部長)が手配してくれました」


「えぇ!? か、帰ってすぐだけど……勉強は大丈夫なの?」


 彩夏はうつむき加減に俺に尋ねる。


「あはは、俺の取柄は勉強くらいだから。ちゃんと向こうでも毎日勉強してたよ。英語もペラペラだしね」


 なにより、半年間の留置中はほぼできることがなかったので勉強と筋トレだけが日々の楽しみだった。


「じゃあ、明日にはもう学校に行くのか。その……気をつけろよ、色々と……」


 藤咲さんはテーブルにスープを並べながら、チラリと俺の顔を見て心配してくれた。

 また俺がイジメられると思っているのだろう。


 確かに、トラウマもあるし学校に行くのは少し怖い。

 あの場所で俺は何をするにも周囲に笑われ、貶され、尊厳や自信を持つことを許されなかった。

 それでも、あえて彩夏と違う学校に行くようなことはしたくない。


「まぁ、明日はみんなが授業を受けてる時間に試験を受けてこっそりと帰るだけなので大丈夫ですよ」


 それに、学校には俺を待ってくれている文芸部の皆さんも、千絵理も居る。

 もし同じようにイジメられても、俺は一人じゃない。


「スープ、ありがとうございます! じゃあ、いただきます!」


 手を合わせると、俺はスープにスプーンを差し込んで口に運んだ。

 藤咲さんの作るスープ・ド・ポワソン。

 1年前と変わらず、美味しくて温かいスープが身体に染み渡っていく。


「――お兄ちゃん!?」


「お、おい! 山本、どうしたんだ!」


 気が付けば、俺はポロポロと涙を流していた。


「すみません……」


 こんなこと、柏木さんには口が裂けても言えなかったけど……。


「1年間向こうで食べてたアメリカの料理が大味(おおあじ)すぎて……。久々に食べた繊細な料理の美味しさに感動しているんです……」


 俺はしっかりとホームシックになっていたようだった。

 しかも久しぶりに食べたのが大好きな藤咲さんのスープだ。

 そりゃ感動で涙も流す。


「なんだ、びっくりした……そ、そんなに嬉しいなら毎日作ってやるぞ?」


 藤咲さんはゴホンと咳払いしつつ、俺の様子を窺うようにして提案する。

 ちなみに、藤咲さんはお店で毎日作っているのでこの提案はあまり意味がない。


「藤咲さん、このスープどうやって作るんですか!?」


 彩夏もその美味しさに感動したのか、藤咲さんの肩を揺さぶって秘伝のレシピを聞き出そうとしていた。


 明日の一年ぶりの登校に備えて、俺は藤咲さんのご飯でしっかりと力を付けた。

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