第106話 もう行くんですか!?
「な、なんですかそれ!」
俺は柏木さんが取り出した航空機のチケットを見て驚く。
すると、柏木さんは少し悲しそうに呟いた。
「……そうか、半年も世間から離れていたから分からなくてもしかたがないな。今はもう空を飛べる時代になったんだ。飛行機というモノが発明されてな」
「いやいや! そうじゃなくて! もう明日帰るんですか!? 柏木さんだって、まだアメリカで色々と準備があるんじゃ……」
すでに帰国の手配を済ませている柏木さんの手際の良さに驚いて、俺はジョークを聞く余裕もなかった。
「ふむ、そうだな。良い機会だ、この半年間でなにがあったか教えてやろう」
柏木さんはそう言うと、ラムネ・シガレットを口に咥える。
「まずはリリアだな。知っての通り、筋繊維衰退症を手術で治療したあとは退院して、今は両親と仲良く暮らしている。日本語の勉強を必死にしながら、今までの隙間を埋めるように家族で色んな場所に出かけているらしい」
「リリアちゃん、本当に良かったです! 留置所でもずっとリリアちゃんの事を考えていたんですよ!」
「……リリアのことだけか?」
「……へ?」
柏木さんはなぜか少し不機嫌そうな顔をする。
俺は思わずドキッとした。
留置所では柏木さんとの思い出や抱き着かれた時のぬくもりを何度も思い返しては自分の心の支えにしていたが……。
流石にそんなセクハラみたいなことは言えない。
内心でダラダラと冷や汗をかいていると、柏木さんは首を横に振った。
「――いいや、何でもない。愚かな感情が頭をよぎっただけだ、忘れてくれ」
危なかった、留置所ではほぼ四六時中柏木さんの事を考えていたことがバレなくて良かった。
こんな奴にそんなことをされていたら流石に気持ち悪すぎるだろう。
柏木さんは話を続ける。
「結果的に筋繊維衰退症の治療法を編み出した蓮司は大忙しだ。学会に発表して腕の良い外科医を集めて自分の技術を無償で伝承している。もともと高名な医者だったがもう医学界では伝説の存在だろうな」
改めて聞くと、本当に凄すぎる人だ。
そんな人に俺はとんでもない額の借金をしているのだが。
「蓮司さんは一緒には日本に帰らないんですね」
「ますます忙しくなってしまって帰る暇がないらしい。とはいえ、リリアの救い方を必死に模索している時とは違って、表情に余裕が見られる。娘の千絵理もまだ帰らなくて大丈夫だと言ってくれているらしい」
柏木さんの口から千絵理の名前が出てきて、少し驚く。
「柏木さんも千絵理のことを知っているんですね!」
「あぁ、私は千絵理の姉だ」
「……すみません、脳みそが理解の限界を超えました」
「形だけのモノだよ。千絵理の母親の理子が亡くなった直後に泣いている彼女に寄り添っていたら自然とそうなったんだ」
「羨ましい……じゃあ、俺は柏木さんの弟になりますね」
「――お前が弟なのはダメだっ! その……困った問題が起きそうだからな」
当然の如く却下され、俺は悲しみに暮れた。
そんなに強く否定しなくても……それほど嫌だったのだろうか。
柏木さんと千絵理が出会った時のお話については、第51話の次にある番外編『柏木百合と舞台裏』をご覧ください!(投稿してから移動したので、読んでない方もいるかもしれません!)






