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短編

白猫の血

作者:

 俺とマリーの出会いは、今でも、それはもう戦慄が走るような思い出だ。

 何の変哲もないある日の夜。突然赤い波が沸き立ち、一瞬で大事なものを次々と飲み込んでいった。

 

 異変に気付いて階段を下りた時には遅かった。

 揺れながら燃える布、火の塊のクッションやソファ、溶ける電化製品、ノブの熱い扉、溶けるガラス、崩れそうな柱、カーペット。部屋の中心にはまだ喋り始めたばかりの妹と、守るように覆いかぶさる母、倒れている父。生き物の、天敵の赤。

 叫ぼうとして息を吸ったところに、煙が入ってきて噎せる。

 急いで駆け寄りひりだした声をかけるが、身動きをしない。煙を吸い込んだのか、意識がないようだった。

 自分一人で全員を運び出せるわけがない。当然、誰かを選ぶことなどできない。

 異常なほどに明るい部屋の中で、ぱきぱきと全てが焼け落ちそうな音がする。もういっそのこと、一緒に燃えてしまおうと目をつぶった時だった。


 小さな声がした。炎の壁を裂くように、高い。

 手放しそうな意識で目を開くと、割れた窓の向こうに白い猫がいた。



 その後のことはあまり覚えていない。

 何が残っているのだろう、この四肢に残った火傷だろうか。医師は火を被りながら抜け出したんだろうと言っていたが、記憶がない。

 でもこの火傷が、がらがらと大きな音を立て視界が埋まる光景が嘘ではないことを教えてくれる。光と熱気で気が狂いそうな感覚も、家族を置いて生き残ったことも、忘れたい何もかもを。

 その中で、こいつと出会ったことも。

 ひとまずだが、今は知り合いの家に世話になっている。運命のようなこいつも一緒だ。

 縁側でぼうっとしているときも、俺だけを助けに来たようなこの謎の猫は、火事以来なぜか傍を離れない。病院を出た後も俺を導くようにここに連れてきた。今も隣でのんきにくつろいでいる。

 お前はどこから来たんだと尋ねると、そいつは答えることなくすり寄った。

 何がしたいんだか全くわからない。

「あら、そこにいたの」

 おばさんが穏やかに笑いながら声をかけてくる。

「もうすぐごはんよ」

 はぁい、と答える。

 つい最近大切な居場所をなくしたばかりだというのに訪れる、この平和な空気。光の中でもがいていたのが夢だったのかとすら思ってしまうほどの。でも、そこはかとなく感じる違和感が、俺にとっては妙に生々しかった。

 皿にフードを注ぐ音がする。猫は眼を開けてすくっと立ち上がり、音の方へ駆けて行く。でも途中で立ち止まり、俺の方へ戻ってきた。

 俺をまじまじと見つめる。深い深い青色で、吸い込まれてしまいそうだ。雨に打たれるようにひんやりした青。行かないのか、とでも言いたげだ。

「マリー、ご飯食べないの?」

 台所からおばさんが顔を出す。そうか、こいつはマリーって言うのか。名前を呼ばれた猫……マリーが、嬉しそうにおばさんを見上げてひと鳴きした。

 戻る後をつけるように消えていくマリーを見送り、俺はかつて呼ばれた名前を反芻した。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 運命の出会いだったんですね。傷付いた主人公も、彼女のお陰で少しは癒されたのかなと思いました。
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