転生したらJKだった件~戦闘狂聖女の現代順応録~
真っ白な世界から意識が浮かび上がる。
そう、私の名前はサーシャ。
世界を恐怖と混沌に陥れた魔王を倒すべく結成された勇者パーティーの回復役だ。
所属していた教会では『聖女』と崇められたりもしたわ。
魔王討伐の旅は過酷を極めたが、パーティーの誰も欠けることなく魔王の住む魔王城まで辿り着いた。
魔王の配下である四天王を下し、魔王との戦闘が始まった所までは覚えている。
「あれ?確か魔王と戦ってる最中に右半身が消滅して……」
……いや、それはすぐに治して再生中の腕で魔王をぶん殴った筈だ。
「えっと。魔王の不可視の一撃で首を跳ね飛ばされて……」
……違うわね。慌てて頭を掴んでその頭でぶん殴った筈。
「そうだわ!勇者様達が戦闘不能になってしまって、私だけで何とかしなきゃって思って……」
……思い出したわ!戦意喪失した魔王が「我が悪かった!赦してくれ!」と泣き叫ぶのを無視してひたすらぶん殴ったのよ!
そうそう!思い出せて良かったわ♪
でも、その後のことが思い出せない。
……まあ生きてるって事は魔王を倒したのでしょう。
私達は世界を救ったのだ!
だが、先程から私の頭の中に別の記憶が入り込んでいて、思考を安定させてくれない。
その記憶を探ってみれば今の状況が分かるかしら。
…………
…………………
…………………………
「この学校って言う建物の上から落ちて死んじゃったのね……」
暗くて分かりづらいが、後頭部に滑った液体の感触。
おそらく血だろう。
倒れた体を起こしそうとしたが、腕と足があらぬ方向にひん曲がっていた。
「『ヒール』」
私が魔法を唱えると、体が淡い光に包まれて腕と足が元に戻った。
ゆっくりと立ち上がり体の状態を確認する。
「やっぱり私の体じゃないわね。足先が見えるなんて……」
成長するにつれて段々と見えなくなったのを思い出した。
それに体全体が細い。
ああ、録に食事してないからか。
「う~ん。これが転生ってやつなのかな?実際に体験してみると…………楽しそうだわ♪」
私が死んだ?理由も分からないし、元の世界に戻れるのかも分からない。
もうひとつの記憶の持ち主である『片桐 綾』さんも死んじゃったっぽい。
もうこれは私が『片桐 綾』さんに成り代わって生きるしかないのではなかろうか?
私は死んでしまった彼女に祈祷を捧げその場を後にした。
『クリーン』の魔法で全身を綺麗にした私は、家に帰る前にコンビニと言う場所に寄った。
「凄いわ!こんな夜中まで開いてる店があるなんて!あっ、これ美味しそう!………迷うわね」
一応、手持ちのお金と相談して選んでいく。
「ありあとあっした~」
「どうも、ありがとう」
「?」
お礼を言ったら店員さんに不思議がられたわ…
コンビニを出て地面に座り込み、パンを袋から取り出しかぶり付く。
「美味し~~~~い!!」
何これ!凄く美味しいわ!
パンの間に白いクリームが挟まってて、上からチョコがかかっている。
銀チョコと言うらしい。
私が食事を楽しんでいると周りに人が集まってきた。
「ねえねえ、こんな夜中に女の子ひとりなんて何か訳ありなの~?俺達と遊びに行かな~い?」
「またエイジのナンパが始まったぞ!まあ強制だからナンパじゃなくて拉致だけどな!」
「ギャハハハ!この娘も運が悪いわ~♪」
どうやら此方の世界でも録でも無い連中は居るらしい。
「はあ~。悪いことは言わないから、私に構わず立ち去りなさい。今なら見逃してあげるわ」
「ギャハハハ!何言ってんのこの娘、メチャクチャ強気じゃん♪」
「居るよね~!って言うか、お前に拒否権ねえから!」
男が無理矢理腕を掴む。
う~ん。このままぶん殴っても良いけど。たぶん根本的な解決にはならないよね。
「えっと、因みに何をするつもりかしら?」
もしかしたら、拉致とか拒否権無いとか言っているけど、普通に一緒に遊んでさようならと言う展開も考えられなくもない。
「あん?そんなの俺の口から言わせんなよ~♪」
「黙って着いてくりゃ良いんだよ!」
「まあ、この前のが壊れたばっかだから丁度良いんじゃね?」
全く要領を得ないわね。
まあ、付いて行ってみるか。
案の上の展開だったので、彼らのご子息とは決別して頂いた。
根本的な解決になれば良いのだけれど。
はあ、家に帰ろう……
「此処か…」
記憶を探って築50年のオンボロアパートの自分の家に着いた。
この建物だけ見れば元の世界水準並みね。
「ただいま~」
「遅えぞ!!」
バキッ!
家に入るといきなり殴られた。
痛みには慣れてるから全然痛くは感じないんだけど。
「あん?何だその目は!」
また殴られた。
何だコイツ?
「今日は反抗的だな!いつもは泣いて蹲ってるだけのくせに!」
またまた殴られた。
あれ?家間違えたのかな?
私は孤児だったので世の父親がどんなものか知らないが、聞いてたのと随分違う。
綾さんの記憶も辿ってみるが、本当に理不尽に暴力を振るわれていたようだ。
私が何も答えないのが悪いのか、殴られても仁王立ちしているのが悪いのかは分からないが、父親は今も尚執拗に殴ってきている。
う~ん。ダメだこりゃ。
こんな所に毎日帰りたくはないや。
母親はとうの昔に逃げ出してるみたいだし。
逆に綾さんが今まで耐えてたのが驚きね。
寝泊まりする当てがある訳じゃないけど、幸い私ってば雨風が凌げれば何処でも寝れるのよね。
野宿のあの解放感は最高よ!!
まあ、去る前に一言だけ言っておくか。
まだ殴られてるけど……
「お父さん。今まで殴られた分を返しておくね」
「あ?」
ドゴン!!
ガシャーン!!
私に殴られた父親は窓を突き破り道路の電柱にぶち当たって地面に落ちていった。
まあ、過去の分まで持ち出したら、多分上半身消し飛んでたから今日の分だけにしておいたわ。
手加減しまくったので死にはしないでしょう。
この世界ではちょっと早いみたいだけど、早速独り立ちよ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガタンゴトン♪
ガタンゴトン♪
「んあ?」
電車のさえずりで目が覚める。
そう言えば橋の下で寝たんだっけ。
「とりあえず学校に行くか…」
学校なんて行かなくても生きてはいけるのだが、綾さんに根付いた強迫観念と言うか暗示みたいなものが引っ掛かったので、足を向けてみる事にした。
『クリーン』で体と服を綺麗にして、鞄から昨日買ったおにぎりを食べながら歩く。
「うん。美味しい♪」
締めはペットボトルの緑茶なのだが、前の世界では無かったスッキリとした苦味が気に入ってしまった。
暖かいのも飲んでみたいわね。
学校に向かう途中も目新しい物ばかりで目移りしてしまう。
昨日は夜だったからあんまり景色は見えなかったし…
やはり自動車と呼ばれる鉄の塊が動いているのが衝撃的だったわ!
橋から学校は近かったのか、すぐに学校に着いてしまった。
綾さんの記憶を頼りに自分の教室に辿り着く。
扉を開けて入ると皆席に着いていた。
あれ?今何時だっけ?
………10時!!
「……片桐か。遅刻の理由は?」
「体調が悪くて……」
「まあ良い。席につけ」
「はい」
物心着いてからは体調を崩した事など一度も無いが、まさか橋の下で寝てたから時計も無かったのでと言う訳にもゆくまい……
皆の視線を浴びながら自分の席に着くと右横の席から声をかけられた。
「あんた今日よく来れたわね。まあ良いわ、昼休み体育館裏に来なさい」
「はあ……」
う~ん。綾さんはいじめられていたから従っていたのだろうけど、よく考えれば同い年のクラスメイトの言葉に如何ほどの強制力があろうか。
……と言う事で無視する事にした。
昼休みが終わる直前になって隣の席の子とその他数人が慌てて戻ってきた。
「あんた何で来ないのよ!放課後体育館裏よ!来なかったら承知しないからね!」
この子達暇なのかな?
放課後……
隣の席の子の取り巻きの何人かが私を取り囲んだ。
「ちゃんと付いて来なさいよね!」
「連れて行かなかったら私達がとばっちり食うんだから!」
知らんがな!
隣の席の子は権力者の娘か何かだろうか?
まあ、それであれば納得は出来る。
私も貴族どもには散々苦汁を飲まされたわ……
思い出したら怒りで握りこんだ拳が震えていた。
「こいつ震えてやがんの!?ちょーウケる♪」
「まあ、加代子の彼氏ってケンカちょー強いらしいから逆らわない方が賢明よね」
今判明した隣の席の子の名前!名字をプリーズ!
綾さんの記憶にも無いから調べようがない。
……と言うか、覚えたくもなかったのかな?
それにしても、加代子ちゃんが権力者のご息女と言う訳ではないのか。
まあ、喧嘩なら私の十八番だし何とかなりそうね。
「さあ、行きましょうか!体育館裏よね!」
「きゃっ!何よ急に……」
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!」
そうと決まれば即行動!
私は取り巻きの連中を置き去りにして体育館裏を目指した。
体育館裏には男女合わせて10人ほどが屯っていた。
多人数で囲んで逆らう意思も無くさせる。か……
でも、私は多人数であればあるほど燃えるタイプだ。
昔、ダンジョントラップにかかってグレータデーモン30匹に囲まれた時は歓喜に打ち震えた。
あの時の一瞬の隙が死を招くギリギリの命のやり取りは今でも忘れられないわ!
「あっ!やっと来た!」
「加代子ちゃん。お待たせ!」
「ああ!?」
気さくに話し掛けたら凄い形相で睨んできた。
……彼氏さんはこんなゴブリンみたいな顔の彼女でも大丈夫なのかな?
「そんなに怒んなよ。確かに加代子の言った通り昨日より生意気になってやがるな」
……大丈夫らしい。
人の嗜好はそれぞれだからもう何も言うまい。
「あなた喧嘩が強いそうね」
「何勝手に口聞いてやがんだよ!」
加代子ちゃんがビンタしてきたのでし返してやった。
膝から崩れ落ちる加代子ちゃん。
邪魔だったからしょうがないよね。
「おい、加代子!?てめえ。殺してやんぞ!」
えっ?今のが殺気……な訳ないか。
ゴブリン以下の殺気だったし。
喧嘩が強いと豪語する以上、実力を隠しているとも考えられる。
私は別に殺すつもりも無いのでこの人相手に殺気なんて湧いてこないが。
「おらぁ!」
彼氏の拳が私の横っ面を捉える。
「調子に!乗ってんじゃ!ねえぞ!!」
容赦なく女子を殴り続けるその風貌……父親を彷彿とさせた。
威力は父親の5倍ぐらいでコボルト並みね。
せめてオーガくらいの威力はあって欲しかった所だ。
「もういいわ……」
彼は私の父親みたいにならないようにと祈りながら、彼の右ストレートにカウンターを合わせる。
勿論リーチの差があるので彼の拳は思い切り私の耳を削っていた。
「がっ……」
「まだまだ頑張ってね。彼氏さん♪」
彼が意識を飛ばして倒れる前に耳元で囁いた。
「おい、竜也が負けちまったぞ!」
「うそだろ……」
「この前他校の奴ら5人くらい軽く倒してたのに……」
「血流してんのに平然としてやがる……」
「おい、どうすんだよこれ?」
オロオロするその他大勢。
ボスがやられたんだから敵討ちとかしなさいよ。
「はあ……。まとめて相手してあげるからかかって来なさい」
その後、女の子達は逃げ出してしまったが、男の子は全員ぶん殴っておいた。
……虚しいわね。
あっ、そうだ!
今日はバイトの日だわ!
急がないと!
それにしても、学校ではいじめられて、家に帰ったら父親があれだし、綾さんは心安らげる場所も無くて追い詰められて死にたくなったのかも知れない。
バイト場所への道すがらそんな事を考える。
まあ、今は私の体だし好きなようにさせてもらいましょう!
「おはようございます!」
「おい、ノロマ!すぐに着替えて入れ!」
「は~い」
綾さんのバイトは飲食店の厨房だ。
いつもは、バイトの先輩達からの容赦ない罵倒のせいで体が萎縮してしまっていたみたいだが、前の世界の冒険者ギルド内での冒険者間の罵倒と比べると鳥の囀り並みである。
それに、給料はちゃんと払ってくれるみたいだから頑張らないとね!
「お、おい。あいつあんなに動けたっけ?」
「いつも無表情なのに今日はずっと笑ってやがる。気持ち悪いな……」
そこは「あれ?あいつ今日は可愛くね?」じゃないの!?
別に良いわ。労働なんて久しぶりだから本当に楽しいし。
「お疲れ様でした~」
「おっつ~」
「おつかれ~」
バイトも終わったので家に帰る。
家と言っても橋の下だけどね♪
帰り道……
「尾けられてるわね……」
何者かが私の後ろを歩いている。
私が足を止めると相手も止まる。
そして、外灯が無くなった道に差し掛かった時にそいつは私に近付いてきた。
ガバッ!
その男は夏場なのに何故か着ていたコートを大っぴらに広げた。
コートの下は裸だった……
う~ん。どう反応したら良いのかしら?
やっぱり王道的に「きゃああああ!」かしら?
それとも「何よ、そのポークビッツ」?
いや、ここは奇をてらって「仕上がってるよ!」も良いわね。
全然筋肉は付いてないけど……
私が綾さんの記憶をフル動員して悩んでいると、その男は私が怯えていると勘違いしたのか、どんどんにじり寄って来た。
手にはナイフを持って……
「大人しくすれば怖い思いしなくて済むからな!」
はあ……
昨日みたいに根本的な解決をしても良いのだけれど、如何せんポークビッツ。
有っても無くてもそんなに変わらないだろう。
「小枝さん。見逃しては貰えませんか?」
「こえださん?誰の事だ?」
小枝さんは私の目線を追って顔を下に向ける。
「!!?殺してやる!!!」
何の事か気付いた小枝さんは叫びながらナイフを振り回した。
私はナイフを避けつつ小枝さんの股の下を蹴り上げた。
「……………」
小枝さんは前傾姿勢で踞り沈黙して動かなくなった。
「小枝さん、ごめんなさい。ポークさんじゃ外国人みたいだったから……」
彼が哀れ過ぎたのでそっと慰めておいた。
我が家に着いた……
鉄筋コンクリートのベッドに横になる。
今日は中々に充実した?1日だったと思う。
やはり、私にとって此処は異世界。色んな事が新鮮で刺激になっている。
「明日も楽しい1日になりますように……」
私はそう呟いて眠りについた。
面白いけど短い!
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