誘拐
賞金首を憲兵に引き渡した後、報奨金を受け取った葵たちは、昼食を終えて街の中心部へ。
たどり着いたのは、目的地は四階建ての大きな建物だ。
「ここって、なんなんですか?」
「競売場だよ」
葵が質問すると、なでしこは簡潔に答えた。中に入ると吹き抜けの広い空間。豪華そうな服を着た人たちが行き交っている。
「少し待っておれ。受付してくる」
リリアがそう言うと、奥のカウンターに一人で歩いていった。残された二人は壁際のベンチに座って待つ。葵がなでしこに訊ねた。
「競売って、あれですよね……? 一番お金を出せる人が品物を買えるっていう……。なにか欲しいものがあるんですか?」
「ううん。私たちは出品側。……あ、リリアが呼んでるよ」
受付が終わったのか、リリアが手招きする。二人もそちらへ行くと、係員の案内で奥へ。長い廊下に並ぶ一室へ入ると、初老の男性がにこにこしながら待っていた。
「ようこそリリア様! あなた様の作品をご出品いただき、光栄です」
年齢とかなり高価そうな服装からして、たぶん、競売人の重役みたいな人だろう。妙に歓迎されているなと思っていると、表情で察したのかなでしこが囁くように言った。
「リリアはね、装飾品や服の業界だと、かなり有名なんだよ」
「じゃあ、出品するのって、服なんですか?」
葵が言うと同時に、リリアが背負っていた荷物を下ろして開いた。中に入っていた服はやはり服。落ち着いた雰囲気の紺色のドレスだった。男性はそれをつぶさに観察し、リリアと話し合う。なでしこが付け加えた。
「リリアの服は、見た目よりも性能が特長なんだ。見て」
そう言ってなでしこは袖をめくった。服の裏に細かく刺繍がされている。縫われている文字か記号のようなものは、さっきリリアに見せてもらった魔法の呪文だ。
「あっちのドレスにも……、それから、今あなたが着てる服にも、こんな風に呪文が仕込まれててさ。邪霊とか悪い人に襲われた時役立つの。それで、お金持ちによく売れるんだ」
「なるほど……あれ? でも……」
葵はふと浮かんだ疑問を口にした。
「さっき、賞金首を捕まえてましたよね? 競売でお金が手に入るなら、あんな危ないことしなくていいんじゃ……」
瞬間、なでしこの顔に陰が落ちた。まずかったかと思ったが、すぐに穏やかな表情でなでしこは言う。
「いつもこういうことができるわけじゃないの。競売とか売ったりできるのは、それなりに大きな街や、お金持ちのいるところじゃないと無理だから。だから、お金は少しでも稼いでおかないと」
それにとなでしこは続けた。
「悪い人を捕まえてさ、困っている人たちを助けたいんだ」
それは、なでしこ自身と同じような境遇の人たちのことだろうか。葵はその問いを口に出すことができなかった。
やがて話がまとまったようで、リリアが葵たちに声をかけた。
「終わったぞ。競売は三日後だそうじゃ。それまではのんびりするかの」
そうしよう。と葵たちが扉の方に身体を向けた瞬間、競売人が言った。
「しかし、今日は珍しい日ですな。世界的な有名人がこんなに来るとは」
「……こんなに? なんじゃ、わしらの他にも誰ぞ来ておるのか?」
リリアが反応すると、ええ。と男性は朗らかな笑みで、言った。
「あの占術師エイキ・マーザ様です。今朝こちらに来られたとか。私共と親しい方々も、今日はその話題で持ちきりですよ」
「ほう、あのエイキ殿が……」
深くうなづくリリアに葵は訊ねた。
「あの、エイキ様って誰なんですか?」
「有名な占い師だよ」
答えたのはなでしこだ。
「普段は世界中をあちこち渡り歩いているらしいけど、どんな探し物も見つけてくれるって、すごい有名なの」
「え、でも……占いなんですよね……?」
葵はその話を疑った。占いなんてたいがい当たらないか、起こったことを無理やり占いの結果と結びつけているだけじゃないかと考えたからだ。
「まあ、地球の占いなら当たらないこともあるらしいけど……」
なでしこがこちらの考えを見透かしたように言った。
「こっちの占いはね、魔力を使って人と探し物のつながりを見るの。だから、腕のいい人がやればどんなものだって見つかるんだって」
「む、そうじゃ!!」
リリアが突然声をあげた。
「せっかくじゃ。エイキ殿に地球への行き方を訊ねてみるか」
「……え?」
「できるの? 異世界への行き方なんて……」
葵が目を見開いて、なでしこが問う。
「訊くだけ訊いてみればよい。判らんかったらその時はその時じゃ。……で、ちなみにエイキ殿はどちらにおられるかご存じかの?」
リリアが競売人の方を向くと、彼は思い出すように顔をしかめながら、
「確か……西地区の宿に泊まっていらっしゃるとか……」
「そうか西地区……。感謝するぞ。それじゃまた後日の。行くか二人とも」
「うん」
「は……はい……」
空になったケースをリリアが背負い、一行は外へ。しばらく通りを歩くと、なでしこが葵の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? なんだか元気ないけど」
「え? あ……何でも、ないです……」
顔を逸らす葵。リリアが振り返って心配そうに声をかける。
「具合悪いなら、なでしこと船に戻るか?」
「でも、占いはどうするんですか……?」
「なに、占術師探しならわしひとりで問題ない。それよりおぬしになにかあった方が一大事じゃ」
「えっと……」
葵は答えに詰まった。今日はもう船に戻って休みたいのは確かだ。けど別に身体の調子が悪いわけではない。
二人が自分のことを案じているのは嬉しく、だからこそ、わがままで迷惑をかけたくはない。
「いえ、このまま……」
占い師さんの所まで行きましょう。そう続けようとした瞬間、ぼんっとすぐ近くで音が鳴った。
白い濃い煙が辺りに広がり、すぐになにも見えなくなる。葵は反射的に二人の名前を呼んだ。
「な、なでしこさん!? リリアさん!? これって……きゃあ!?」
突然、細いロープのようなものが身体に巻き付き、葵は動けなくなった。ロープはの一部は猿轡のように口をふさいで、喋ることもままならない。
動けない身体を誰かが抱えた。なでしこでもリリアでもない。二人分の太い男の腕だ。
「大人しくしろ、でないと殺す」
耳元で鋭い声がして、葵は恐怖で心臓が止まるかと思った。男は葵を抱えたまま、どこかへ走っていく。
(ゆ、誘拐……!?)
固まった葵の耳に、煙の向こうから声が聞こえた。
「葵ちゃん!? どこ!? どこにいるの!?」
「返事をしろ!! 葵ーー!!」
(ここです! ここ! 助けて……!!)
救いを求める葵の声なき声は、心の中にだけ空しく響いた。