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山田なでしこと竜の船  作者: さざなみ
7/13

大都市と不穏な影

 葵はなでしこたちに連れられ、空港から街の中へ入った。歩く地面には石畳が敷かれ、大勢の人で混雑している。

 行きかうのは人ばかりではない。牛を人の体形にしたようなものたちや、見た目こそは四足歩行の牛だが、明らかに人の言葉を話しているものもいる。

「あれらは皆、青牛じゃ」

 前をなでしこと並んで歩くリリアが、日本語で囁いた。

「人っぽい体形のものは、人間に似せた疑似骨格を依り代にしておる。……ほら、わしもつかっておるじゃろう」

 葵は最初にあった時、リリアの身体が骨になった場面を思い出した。

「脊椎動物に似た精霊は、動物の骨格やそれに似せたものを中心に肉体を作り上げる。その中心となるものを依り代というのじゃ」

「でも……皆さん、見た目あまり人っぽくないですね」

 葵はリリアと周囲の精霊たちを見比べながら言った。

 青牛たちは人に似た体格をしていても、その表面が毛でおおわれていたり、顔は完全に動物のそれだ。対してリリアは尻尾や角が生えていても、ほとんど人間に近い。

「たいていの精霊は、人型の依り代を使うても種族ごとの特徴が顕著に表れる。わしは特別な呪文の刻まれた骨を使うておるから、このようにかわいらしい姿をしておるのじゃ」

「……ちなみに、そんな骨を使っているのはなんでですか?」

「そりゃもちろん、こっちの方がおなご受けよいからの」

 リリアは当然のように言った。

「かわいいかわいいと結構モテるんじゃ。そういう時に、こう、どさくさに紛れて乳に顔うずめたりしてのう……ぐへへ……あいた!?」

 下品に笑いだしたリリアの頭に、なでしこの手刀が入った。

「そういうのはダメって言ってるでしょ」

「ひゃ、ひゃい……」

 注意するなでしこと、痛そうに頭を押さえるリリア。それを見て葵は苦笑した。

 この話に深入りすると自分にも被害が及びそうなので、話題を少し切り替えた。

「そ、そういえば、特別な依り代って、船に付いてるあの大きな骨もですか?」

「おおそうじゃ。ああいうデカい依り代を使えば、より大きな肉体を形成することができる。最初の時に見せたようにのう」

「あ、やっぱりあの時のドラゴンって、リリアさんだったんですね」

 葵は依然見た、船の前半に形成された竜の姿を思い浮かべる。

「うむ。ああいう巨大な姿になるのを拡大顕現と呼んでおる。戦闘用の船なら必需品じゃ」

「へー……わっ!?」

 葵はなでしこの背中にぶつかった。ごめんなさいと謝るが、なでしこの方は彼女に目もくれず、鋭い眼で周囲を警戒している。

「釣れたか?」

 リリアが訊く。さっきまで和気あいあいと話していた彼女も、表情こそやわらかいものの、ぴりぴりとした雰囲気を漂わせている。なでしこはうなづく。

「うん。五人くらい、こっちの方を見てる。一人、手配書で見た顔に似てる」

 なでしこはそこで言葉を切って、背負った銀の杖を右手で存在を確かめるように触る。

「葵ちゃんをお願い」

「心得た」

 リリアと言葉を交わすと、なでしこは一人、葵たちから離れて建物の間の路地へと入っていった。その後を数人の男たちが追う。

「あの人たちは……?」

 葵は訪ねるような言葉を思わず呟いた。リリアが反応する。

「人拐いじゃろう」

「ひとさら……え!?」

 言葉の意味することに気づいて、葵は目を見張った。

「なんでそんな人がなでしこさんを……?」

「おぬし、今までこの辺りを歩いておって、気づいたことはないか?」

 質問を返すような言葉。けれど確かに、葵は気にかかることがあった。

「なんか、すれ違う人が、やけにこっちの方を見てくるなって……」

 奇異の眼差しだった。幼い子供に至っては、指差してくるのも少なくはなかった。さらに言えば、視線の先にいたのは葵たちというよりも、

「皆、なでしこさんのことを珍しそうに見てました」

 それと、と、葵はもうひとつの気づきも口にした。

「人の髪の毛が、皆明るい色ばかりですね」

 赤、水色、緑、白、金、ピンク……。いわゆるアニメみたいな髪の毛。森の中の建物であった老人と同じだ。離れていては判りづらいが、多分、目の色も似たような色合いをしているのだろう。

 街の人間の色は多種多様だが、黒に近いような色はほとんどない。

「ああ、そうじゃ。ここでは……いや、この世界には、おぬしやなでしこのように、黒い髪の毛や瞳をしたものはまずおらん。色素が違うんじゃろな」

 リリアはなでしこが入っていった路地の方へ視線を向けた。彼女は既に暗い路地の奥へ入って、姿は見えない。

「あまりに珍しいゆえ、黒い色の人間を狙うものは多い。……見世物にして儲けたり、殺して剥製にしようとしたりの……」

 葵は言葉を失った。

「そ、そんなことして、いいんですか……!?」

「よいわけないじゃろ。例えどのような姿をしていようと、人間にそのような仕打ちを許す法など、この世界にもない」

 リリアはきっぱりといった。言葉のなかに吐き捨てるような怒りがあった。

「しかしの。世の中には法を破ってでも、己の欲を満たそうとする連中がおるのじゃ……。そして、求めるものがおれば、高値で売ろうとするものもおる。それが奴らじゃ」

「じゃあ、もし私がいつもの格好で出掛けてたら……」

 葵は、右の指先でピンクに染まった自分の髪の毛に触れる。人拐いに目をつけられた自分がどうなるかなど、考えたくはなかった。

「でも……だったらなんで、なでしこさんはそのまま出て来たんですか!? さっきの人たち、なでしこさんを狙ってるんですよね!?」

「一つは、資金稼ぎじゃ」

 叫ぶような葵の問いに、リリアは軽い口調で答えた。

「人身売買は、多くの国で問題化されておっての。各国はそれに関わるものを手配して、捕まえたものに褒賞金を出しておる。もちろん向こうも捕まらぬようにしておるが、なでしこのような獲物を見れば、のこのこ出てきおる。旅は金がかかるからの。少しでも稼がねばならん」

「でも、だからって……、お金のためにそんな……!!」

「まあまあ落ち着け、心配せんでもよい」

 うろたえる葵をリリアがなだめる。

「なでしこはこれまで何度もこの作戦を成功させておる。あの程度の人数ならちょちょいのちょいじゃ。それに本当に危なければすぐに逃げ出すしの。……おっ! 見ろ!!」

 リリアが指差した路地から、なでしこが姿を表した。服は多少乱れているが、大きな怪我はなさそうだ。葵はほっと息をついた。隣のリリアも同様だった。

「どうじゃった?」

 彼女がこちらの近くまで来ると、リリアが明るい声で問うた。なでしこは口の端に笑みを浮かべて答えた。

「奥の方に縛ってる。確かめたら、やっぱり手配されてたよ。褒賞金もそこそこ大きい。今日の食事は少し豪勢にしよっか」

「お! ええのええの!!」

 うれしそうに笑いあうなでしことリリア。しかし葵はそんな気分にはなれなかった。

(なでしこさん、今までどんな風に生きてたんだろう……?)

 あの黒髪は地毛だ。数日暮らしてそれは確信している。もしかしたら、生まれたころからその身を狙われていたのかもしれない。

 この世界では、生きていくのに苦労したはずだ。黒髪が珍しくない地球ならともかく。

(もしかして、だから日本を目指してるの……?)

 日本で誰からも襲われない平穏な暮らしを送る。それが彼女の目的なのだろうか?

 昼ご飯の店を探すなでしこたちの後ろで、葵はそんなことを考えていた。

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