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山田なでしこと竜の船  作者: さざなみ
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魔法と疑問

 朝食はパンに似た主食に、焼いた肉とサラダ。それに海水をろ過させて作ったという水が献立だった。

 それが終わると、いよいよ銀竜号は飛び立つ。

 海底に下ろしていた錨をあげると、銀竜号は翼を広げて空へ浮かび上がる。

 それから数時間、船は何事もなく航行していた。

 なでしこは操舵室で船を操る。そしてリリアと葵は……。


「つ……疲れた……」

 昼の太陽に照らされた銀竜号の甲板に、葵の姿があった。疲労困憊といった様子。甲板にへたりこんで、モップで身体を支えている。服装は袖の長い地味なシャツとズボン。これもリリアが縫ってくれたものだ。

「よう頑張ったの。偉いぞ」

 彼女の頭をリリアが優しくポンポンと撫でる。いつものドレス姿ではなく、葵と同じように簡素な服装だ。

 バスケットコートくらいの広さがある甲板は、高い空の上だというのに、空気は薄くないし温度もそれなりにある。リリアによると障壁のようなものが甲板を包んでいるらしい。

 二人は航行直後からずっと船の掃除を行っていた。箒で床を掃き、トイレを掃除し、窓や鏡を拭いて、最後が甲板のモップがけだ。

 全長が五十メートル以上あるだけあって、銀竜号の中は広い。全体の七割はリリアが掃除してくれたが、それでも葵にとっては重労働だった。

「ていうか、なんで異世界まで来て手作業で掃除しなきゃならないんですか! なんかこう……パパっと綺麗になる魔法とかないんですか!?」

 先日なでしこが使った不思議な術を、葵は勝手に『魔法』と呼んでいた。

 リリアがうむと腕を組む。

「確かに、この世界におぬしの言う魔法はあるし、入り組んだ船の中を楽に掃除をする魔法具も存在する……」

「じゃあそれを使えば……」

「が、この船には乗せてない! だって高いもんアレ」

「うう……そんなぁ……」

 それさえあればこんなに大変な思いをしなくて済んだのに……。葵が嘆いていると、リリアが漏らすように言葉を口にした。

「ま、あったところで、葵、おぬしには使えぬぞ」

「え? なんでですか?」

 葵が訊ねる。ちょっと待っておれとリリアはブリッジの中へ引っ込む。

 少しすると、彼女は手に一枚の紙を持って戻ってきた。

「これを持ってみよ」

 とリリアが紙を差し出す。

 葵はそれを受け取った。紙はメモ帳くらいの大きさ。文字か記号のようなものがいくつも書かれていて、それらは円を描いている。

「なんですかこれ?」

 葵が訊ねてリリアが答えた。

「いわゆる魔法道具じゃ。さっきつくったばかりじゃがの」

「これがですか……!?」

 単なるメモ書きにしか見えないそれを、葵はじっと眺める。リリアが言った。

「記号のようなものはおぬしら風に言う魔法の呪文じゃ。魔力に方向性を与える力を持っておっての、注がれた魔力をもとに発光する機能がある。記号に触れながら意識を集中させてみよ。」

 葵は言われたとおりに記号の円に触れ、精神を凝らす。だが、なんの変化も起こらなかった。

「……あの、リリアさん? これ壊れてるんじゃ……?」

「いや、そうではない。ホレ」

 リリアが紙を持つと、記号の円がまばゆいほどにに輝いた。

「これで判ったと思うが、今のおぬしはちっとも魔力を使えん。もちろん魔法もじゃ」

「……嘘……」

 葵はかなりショックを受けた。元々ゲームとか漫画とか大好きなので、ああいう異能的なものは使ってみたかったのだ。

 うなだれる彼女に、リリアが声をかける。

「まあまあそう落ち込むな。あくまで()()という話じゃ」

「? どういうことですか?」

「まずはな、前提として魔力を扱えるのも蓄えることができるのも精霊だけじゃ。人間そのものにそんな能力はない」

「でも……なでしこさんは使ってましたよね、魔法」

 なでしこが光弾や光の壁を使った時の光景を思い返す。当然の疑問にリリアが答えた。

「この世界の人間はな、生まれつき体内に『原始精霊』という微小な精霊の群れがおるのじゃ」

「微生物……みたいなものですか?」

 葵はイメージしやすいもので例えた。リリアがうなづく。

「そんな感じじゃ。わしらと違って考えたり感情がを持っているわけでもない。それが宿主の体内に魔力を蓄えさせ、さらに宿主の精神に反応して周囲の魔力の流れを操ることもできるのじゃ」

「じゃあ、私が魔法を使えないのは、身体にその原始精霊がいないから……?」

「そうじゃ。しかし原始精霊は空気中や土の中にもおる。しばらくマッディールで暮らせば、おぬしの体内にも定着するじゃろう」

「それってどれくらいなんですか?」

「んー……たしか、三年ほど……じゃったかな?」

「な、長い……!!」

 葵は再び肩を落とした。と同時に、今の話からあることを考えた。

「……もしかして、そうやって三年暮らして魔法が使えるようになったのが、なでしこさんですか?」

 山田なでしこ。名前はいかにも日本風だが、葵の眼からは外国の血も混ざっているように見えた。

 彼女に関しては、いやリリアに関しても判らないことだらけだ。思い切って訊ねた。

「そもそも、なでしこさんって何者なんですか……?」

 リリアの雰囲気が変わった。周囲が一気に引き締まる。

「何者とは……?」

「えっと……」

 葵も緊張しながら質問する。

「どこから来たのかとか……なんで日本を目指しているのかとか……。後、なんで日本語を使えることとか……」

 葵は森の中で出会った老人のことを思い出す。彼の使っていた言語がこの世界の言葉のはずだ。

 さらに、言うなかでふと生じた疑問もぶつけた。

「それに私を助けた時、二人はなんで、あそこにいたんですか?」

 あの森でなにをしていたのか。という問いではなく、

「日本を目指してる二人が、日本から来たばかりの人間にばったり会うなんて、偶然とは……」

「そうじゃのう……」

 リリアが重たげに口を開いた。

「順に答えていくか……。まず、なでしこの素性じゃが、これは言えん。あやつが話さん以上はな。日本を目指す理由も同じくじゃ」

「つまり、日本に行きたいのはなでしこさん……?」

 葵の推測に、リリアは好きに考えよと一言。

「しかし、わしが日本語を使えるのはなでしこから教わったからとだけ答えておこう。……そして」

 少女の姿をした竜がくくくと笑う。

「たしかにおかしな話じゃのう。わしらがあの森でばったり巡り合わせるなど、まるで示し合わせたかのようじゃ」

 葵は緊張で両手を強く握り合わせる。

「教えてやろう。なぜわしとなでしこがあの森でおぬしと会うたか、それはのう……」

「それは……」

 ごくりと唾を呑む。そしてリリアは答えた。

「……まったくの偶然じゃ!!」

「……」

 葵は心の底から疑いの目でリリアを見た。リリアはいやいやと首を振り、

「本当じゃ!! 本当に、たまたまなんじゃ!!」

「いやいやさすがに無理がありますよ……?」

「考えてみよ、おぬしがあの森に現れると判っとったら、もう少しいろいろ用意しとったじゃろ?」

 そういえばたしかにと葵は来た日のことを思い出す。自分の寝られる部屋を用意するため、二人が忙しく片付けなどをしていたのだ。もし自分を助けるつもりだったら、事前に用意くらいしておくだろう。

「まあ、運命の出会いというやつじゃろう」

「……また、変なことする気ですか?」

 葵が警戒して自分の身体を抱く。リリアは慌てて、

「いや、違う! そんなつもりはない! 冗談のつもりでも未成年にやらしいことは厳禁! ちゃんと守っておるぞなでしこーー!!」

 さっきのお仕置きがよほど堪えたのだろうか。少しかわいそうに思えてきた。この様子ならまたなにかする可能性は低いだろうと、葵は警戒を解いた。

「じゃあ、リリアさんたちはなんであそこにいたんです?」

「わしらがあの森におった理由は単に謀狼退治じゃ」

「ぼろう……?」

 葵が首を傾げると、おぬしを襲っておったあの邪霊じゃとリリアが言った。

「邪霊にも多数の種類がおるんじゃよ。謀狼は邪霊の中でも強い種でな。近くの村におる猟師では手に負えんとわしらが雇われたのじゃ」

「たしか……わりとあっけなく勝ってたと思いましたけど……」

「そりゃ流石に箒船を使うたらの」

 箒船とは銀竜号を始めとする空飛ぶ船のことらしい。後ろにある円錐型の推進装置が箒に見えるというのが、呼び方の由来だとなでしこが教えてくれた。

「箒船には精霊の力を増幅させる装置が山ほど積まれておるのじゃ。逆に言うなら、それほど用心せねばならん相手じゃったというわけじゃ。ま、もう死んどるがの。……お、見ろ」

 リリアが船の進行方向を見て声をあげた。つられて同じ方向を見ると、向かう先に大陸ほどもある巨大な島があった。

「新しい土地じゃの? 日本への行き方。あそこで見つかるとええがのう……。おぬしもそう思うじゃろ?」

「……ええ。そうですね……」

 自分の感情を出さないよう努めながら、葵は言葉をつくった。

 一週間以内に投稿できたらと考えています。

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