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山田なでしこと竜の船  作者: さざなみ
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山田なでしこ

(よし……大きなケガはないみたい)

 黒髪の少女の容態を確認して、なでしこは彼女を横抱きに抱え直した。

 背の高い女だ。男の背の平均はある。

 黒い瞳に、頭の後ろでまとめた黒い髪。目鼻立ちはくっきりしていて、白い肌は透明感がある。

 衣服には赤が目立つ。頭のとんがり帽子に、身を包む丈の長いコートも赤。その下は白い細身のシャツとズボン。皮の手袋と靴は黒だ。両耳には花形のピアスをつけている。

 右手に持っているのは、身長ほどの長さがある細い銀色の杖。杖の上端には拳大の赤い宝玉が取り付けられている。

「な、なでしこさんっていったい……」

 腕の中で少女が話しかけてきた。なでしこは落ち着いて告げる。

「喋らない方がいい。舌を噛むよ」

 なでしこが意識を集中させる。すると、足元に青い円盤が発生した。円盤はなでしこの両足を乗せ、地面からふわりと離れる。腕の半分くらいの高さまで浮いた。

 少女がきゃっと驚いた声をあげ、身を強張らせる。

「大丈夫、落ち着いて」

 少女をなだめると、撫子は姿勢を後ろへ傾ける。その方向へ滑るように、身体が地面の上を飛んだ。

 次の瞬間、二人のいた位置に、毛むくじゃらの剛腕が振り下ろされた。

『誰だ貴様は!!』

 狼男が怒りの吠声をなでしこの脳へ響かせる。先ほど葵を救うために放った攻撃は、巻き込まないように威力を調整していた。そのため損傷はほとんど生じていない。

 それでも、喰らう寸前の獲物を横取りされたことで、怪物は激しい怒りを燃やしている。

『その容姿……娘と同じ異世界人か!? 助けに来たか! 同胞を!!』

 なでしこはその問いかけを無視。十分な距離を取ると、半回転しながら減速。光の円盤が消えて着地すると、目の前の地面に葵の身体を優しく降ろし、かがんだまま語りかける。

「私の後ろから動かないで。下手に分かれると狙い撃ちにされるから」

 彼女は黙ったまま、激しく首を上下に。なでしこもうなづくと敵に向き直る。

「私が誰かなんて……あんたに答える義理はない!!」

 叫ぶなり、なでしこは指先で帽子のつばを軽く撫でる。つばの裏に白い光の線が走る。光は帽子から空中へ躍り出、右の視線の先に円を描いた。

 即座に左半身を前に出し、脚を前後に拡げる。杖は体の前で横向きに構える。右手で杖の中心を持ち、左手をその先に沿え、先端を敵に。

 視線の先、円の中に赤い十字が現れる。杖の先を傾けると、それに応じて十字も動く。

 十字が怪物の胴体と重なった瞬間、杖が火を吹いた。

 重い反動とともに、杖の宝玉から撃ち出されたのは青白い光弾。弾は標的へとまっすぐに飛び、爆発した。

 光が炸裂し、周囲をしばし照らす。轟音が森に響く。

 破壊を目的とした本気の一撃。直径が人と同じ岩塊すら砕く威力だ。

「や……やったの……?」

 後ろで少女が訊ねるように呟いた。

「ううん、まだ」

 だが、なでしこは首を横に振った。

『こんなものが効くかぁっ!!』

 怪物はほとんど無傷だった。着弾した胸の毛は焦げているものの、戦力を削ぐのにすらほど遠い。

(やっぱり、生身で相手するのはきついか……)

 なでしこは冷や汗をかきながらも、さらなる攻撃を加えようと杖を構え直そうとした。

 が、敵の方が早かった。怪物が背を反らし、胸部を大きく膨らませる。次の瞬間、

『かぁっ!!』

 反動をつけて上半身を前に振り、大きく開いた口から無数の光弾がばら撒かれた。

「……!!」

 なでしこは即座に左手を前にかざす。左の手袋の甲に光の円が現れ、それが空間に広がる。円は展開し、彼女を中心とするドーム状の障壁となった。

 一つまみほどの直径の光弾が、横殴りの雨のように迫る。それを障壁が傘となって次々受け止める。衝突の度に軽い打撃音が無数に響き、ぶつかり合った光弾は、片っ端から細かく散って、大気へ溶けていく。

 以外にもあっさりと防いだ様子に、なでしこは一瞬、こんなものかと安心しかけた。だが、それは間違いだった

(長い……!!)

 数秒経っても、攻撃の勢いは衰えない。放たれた弾丸は優に百を超えた。耐え切れなくなった障壁に亀裂が走る。それはほんの小さなヒビだったが、すぐに障壁中にいくつも発生。少しずつその大きさを広げていく。

 なでしこは自分の力を障壁に注ぎ、損傷を修復させようと試みたが、全壊しないように維持するのが精いっぱいだ。

「う……あ……」

 背後で怯えた息遣い。なでしこは少女が元気づくよう、わざと大声で言った。

「大丈夫! あともうちょっとで助けが来るから!!」

 それは半分、自分への激励でもあった。

(もう少しだけ……あの子が来るまでは……!!) 

 そしてさらに、永遠にも思える数秒が過ぎた。

「う……」

 なでしこが膝をついた。蓄えていた力も残り少ない。

(障壁が破れても……せめて、あの子だけは……)

 いざとなれば自分の身体を盾にして少女を守る。

 なでしこが悲壮な決意をしたその瞬間、右上空からなにかが飛んできた。

「わしのなでしこになにするかーーーー!!」

 飛来物はそう叫びながら怪物へ激突。

『ぐぁ!?』

 被弾した怪物は、衝撃で地面へ叩きつけられた。激突した物体が跳躍し、なでしこの目の前に降り立った。

 それは幼い女の子のような姿をしていた。背後の黒髪の少女より、さらに若く見える。

 肩のあたりで切りそろえられた銀色の髪。大きな丸い金の瞳。丸い輪郭のかわいらしい顔立ち。シミ一つない美しい肌。飾りの多い青いドレスは貴族の令嬢を思わせる。

 しかし、頭から生えた短い二本の角と、腰から生える鱗に覆われた尾が、彼女を人間ではないと証明していた。

「遅いよ、リリア……」

 なでしこが話しかけると、リリアと呼ばれた銀髪の少女は腰に手を当て眉を吊り上げた。

「なにを言うか!! 叫び声を聞いた途端に飛び出しおって! わしがあと少しでも遅れたら死んでおったぞ!?」

 リリアの声は高く、幼さを感じさせる。だが、それと裏腹に口調は老人のようだ。

「ご、ごめん……」

 なでしこが頭を下げる。しかし、リリアの怒りの表情はすぐに優しい笑みへ変わった。

「まぁ、その無茶で助かった命もあったようじゃがな」

 彼女の視線はなでしこから逸れ、背後の呆然とした顔の少女に向けられている。目の前のことに理解が追いついていないといった風だ。

「うん……」

 なでしこも微笑み、リリアと見つめあう。が、その時間は長く続かなかった。

『次から次へと……なんなんだお前たちは!!』

 リリアの激突で地面に倒れていた敵が、起き上がった。それを見た黒髪の少女が短い悲鳴をあげる。

 怪物の頭部、ひしゃげた左半分からぽろぽろと白いものが零れ落ちている。

 骨だ。

 大部分は獣のものだったが、人骨も少なからず含まれている。

 リリアとなでしこは臆することなく冷静に分析。

「あの『謀狼(ぼろう)』が喰ろうた犠牲者じゃろうな。殺された上、依り代にされるとは哀れじゃのう……」

「うん。早いところ片付けないと、被害者が増えちゃう」

「よし、では……」

 リリアが空を仰ぎ見た。たった今彼女が飛んで来た方角だ。なでしこも視線をそちらへ。

「戻るぞ、わしらの船、『銀竜号』に」

 視線の先、オレンジの空を背景にして、巨大な船が宙に浮かんでいた。

次回の投稿も二、三日後です。

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