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卒業パーティまであと4日

 ようやく課題を終えたミシェル・ローレンは、言われた通り教務係に提出した。

 内容は問わない、枚数が足りていればそれでいいとのことだったので、これで卒業できることは確実だ。

 とはいえ肝心の婚約破棄についてはまるで進展がないのだから、ミシェルとしては解放感を味わうどころの話ではなかった。運命の卒業パーティは刻一刻と迫って来るのに、有効な手をなにひとつ打てていないというやるせなさ、加えて今日は愚痴を吐く相手すらいないという事実が、ミシェルの焦燥に拍車をかけていた。


(先生ったら、なにもこんなときに学校を休まなくてもいいじゃない……!)


 これまでエドガーは夏休みだろうがなんだろうが、授業時間と家で寝るとき以外はほとんど薬学準備室につめていて、ミシェルにとっては家付き妖精ならぬ準備室付きエドガーのような存在だった。

 会いに行けばいつでもそこにいる安心感こそがエドガーの真骨頂だというのに、この非常時に不在だなんて、いったいなにを考えているのか。


 ミシェルが「エドガー先生のくせに生意気よ」とぼやきながら公爵家の馬車へ向かって歩いてると、ふいに後ろから王子殿下に呼び止められた。といっても婚約者である第三王子アスランではなく、ひとつ年下の第四王子アレックスである。


「ちょうど良かった、お話したいことがあったんですよ」


 アレックスは愛想の良い微笑を浮かべて言った。


「アレックス殿下が私に?」

「はい。既にお聞き及びでしょうが、婚約破棄の一件です。兄上はこともあろうに貴方という立派な婚約者を捨てて、平民女性と結婚するつもりだと公言しています。僕からすれば実にとんでもない話ですし、もちろん反対なのですが――」

「まあ本当ですの? それで、アレックス殿下がアスランさまを説得して下さいますの? それとももう説得して下さいましたの? アスランさまはなんとおっしゃってました?」


 食い気味に質問するミシェルを前に、アレックスは「あーいえその、一応説得のようなことは試みたりはしたんですが、まるで聞く耳を持たないんですよ。ほら、兄上はあの通りですからね!」と若干引きつつ返答した。


「そうですか……」


 やはりもう駄目なのだろうか。自分はこのままなすすべもなく、アスランに捨てられる運命なのか。


「お役に立てなくて本当に申しわけありません」

「アレックス殿下に謝っていただくことではありませんわ」

「そうおっしゃっていただけると助かります。さて、ここからが本題なんですが、兄上との婚約が解消されたあと、僕と婚約しませんか?」

「は?」


 一瞬なにを言われた理解できずに、ぽかんと見上げるミシェルに対し、アレックスはてきぱきと言葉を続けた。


「僕は恋人なんていませんし、仮に今後できたとしても、正式なパートナーをないがしろにするような馬鹿な真似はいたしません。軽薄な兄上なんかよりもずっと優良物件ですよ」

「……その優良物件なアレックス殿下は、なんで私と婚約なさりたいんですか?」

「一番はなんといってもローレン公爵家が持参金として用意してくださる領地ですね。四男ともなれば王家から分けてもらえる所領も限られているので、兄上以上に切実なんですよ。ただ貴方のそういう率直な物言いを好ましく思っているのも事実ですよ」

「それは……ありがとうございます」

「加えて言うなら貴方は美人で見栄えが良いし、連れて歩くパートナーとしても申し分ない。貴方となら互いに上手くやっていけると思うんです。そういうわけで、いかがでしょう」


(これが先生の言っていた『君の良いところを分かってくれる相手』なのかしら)


 夢見る情熱家の第三王子アスランと違って、第四王子アレックスはいつも冷静沈着で、よく言えば合理的、悪く言えば打算的な考えの持ち主だ。婚約者をないがしろにはしないというのも、おそらく事実なのだろう。


 愛するアスランと結婚して幸せな家庭を築くことがミシェルの長年の夢だった。しかし当のアスランがあの調子では、それはもはや絶望的な状況だ。

 ならば貴族の令嬢としては善後策を考えるべきときではないか。第四とは言え王子殿下が婚約破棄された傷物をもらってくれるというなら、有難い話ともいえる。

 父公爵も相手が王族である以上は反対することはないだろう。


(でも先生はなんていうかしら)


 エドガーは賛成するだろうか。アスランを忘れて新しい相手を探せ、というようなことを言っていたし、反対はしないような気もする。もっともエドガーの言う相手とアレックスは乖離がある気がしないでもない。


「……お話は大変光栄なのですが、周囲に相談してから決めたいと思いますので、少しお時間をいただけませんか」

「それはもちろん構いませんが……相談したい相手って、もしかしてエドガー先生のことですか?」

 

 驚きの表情を浮かべるミシェルに、アレックスはにやりと笑って見せた。


「いやだなぁ、なにをびっくりしてるんですか。ミシェル・ローレン公爵令嬢はエドガー先生と仲良しで、なにかにつけて薬学準備室に入り浸ってるって有名ですよ」

「有名……でしたの?」

「ははは、自覚がなかったんですね。兄上はあまり貴方に関心がな……大らかな人なので、気にしなかったようですが、僕の婚約者になった暁には、あまり彼と親しくし過ぎるのは避けてほしいところですね。まあどのみち貴方は卒業だし、先生の方も宮廷魔導士になる訳ですから、そうそう気軽に会うこともできなくなるでしょうけどね。それでは、良いお返事を期待していますよ。ごきげんよう!」


 第四王子アレックスは己が最後に爆弾発言を投下したことに気づかないまま、意気揚々と去っていった。


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