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棲むもの  作者: 荒月恭吾
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エピローグ

 ああ……、ゼル、還ってきたんだね……。

 今まで、どこに行ってたんだい?

 やっぱり、あの子の中にいたのか……。そうだよね……。

 わかっていたよ……、わかっていたとも……。

 でも、これからはどこへも行かないでね……。

 もう、ずっと一緒だよ……。死ぬまで……、死んでからも……。



 私は植樹の施された広い歩道をゆっくり歩いている。

 周りには、たくさんの人々が往き来している。

 手をつなぎ、楽しげに語らうアベック。

 談笑しながらすれ違う家族連れ。

 早足で私を追い越していくビジネスマン。

 携帯で話しながら歩み去る女性。

 全ては現実感がない。水族館のガラスの向こう側を見るように。

 誰も私に注意を払わない。私は透明な存在となって移動する。



 ごめんよ、ゼル……。他の人に君のことしゃべっちゃって……。

 もう二度と、誰にも君のことは言わない……。

 良かった……、許してくれるんだね……。ありがとう……。

 でも、もう家に帰りたいよ……。

 駄目なの……? 悪い人が捕まえに来るの……?

 ゼル、ゼル……。じゃあ、これからどこへ行くのかな……。

 駅に戻るの……? お金? お金なら持ってるよ……。



 JR駅の建物が近づいてくる。人通りも多くなる。

 ロータリーには、客待ちのタクシーの列。

 弁当屋、花屋、コンビニ、旅行会社。駅ビルの一階。たくさんの店舗がある。

 私は駅の中へ入る。相変わらず、ふわふわと泳ぐ人、人、人。

 売店の横。エスカレーター。私は上る。

 緑の窓口。大勢の人が列を作っている。私は最後尾に並ぶ。



 新幹線の切符を買えばいいの……? 

 どこまで……? どこでもいいの……?

 じゃあ、大阪まで買うよ……。

 楽しいな……、これからまた旅行だね……。

 ゼル……ああ、ゼル……。

 いっぱい話そうね……。話すことはたくさんあるよ……。



 私の順番がきた。

 新大阪まで、新幹線自由席で。告げた。

 金を渡し、切符を受け取る。

 私は駅の改札を抜けた。新幹線乗り場へ向かう。

 待合室に大勢の人。みんな楽しそうに何かしゃべっている。

 でも、声は聞こえない。私だけ別の次元に存在している。

 新幹線乗り場の改札を通る。

 エスカレーターにも人の列。

 私はエスカレーターに足を乗せた。



 えっ、本当なの……? 彼女に会えるの……? 

 それで、この街に来たのか……。

 そりゃ、うれしいに決まってるじゃないか……。

 だって、七歳まで棲んでいた身体(からだ)だもの……。

 今は二十二歳か……。

 綺麗になっているんだろうなあ……。

 懐かしいなあ……。早く会いたいなあ……。

 

 エスカレーターを降りた。新幹線のホームを歩く。

 ここも、たくさんの人であふれていた。


 上空を風が吹いている。

 プラットホームから望む空は、青く澄み渡っていた。

 透明な大気の中、雲がゆるやかに流れている。

 夏の気配が近い。

 オレンジのTシャツにジーンズの女性が目に映る。携帯電話で誰かとしゃべっている。



 あの子が彼女なの……? 後ろから見ても綺麗だね……。

 そうなの……? 

 もう一度、彼女と魂を入れ替えることができるの……?

 でも、前は無理だと言わなかったっけ……?

 方法があるの……? 死ねばいいの……?

 死んだら、魂は元の持ち主に戻るの……? 

 みんな、元の肉体に戻るんだね……。


 彼女の中の魂は、彼の肉体に……。

 この魂は、彼女の肉体に……。

 それじゃ、彼の中の魂はどうなるの……? 

 ……そうなのか、かわいそうに……。

 でも、仕方ないよね……。今まで充分楽しんだんだから……。



 女性が電話を終えた。

 私は彼女の横に立った。彼女を見つめる。

 彼女も私の方を見る。

 目が合った。僕は笑いかけた。



 ゼル、彼女もわかったみたいだよ……。

 うれしいなあ……。

 これから、彼女の体に還れるんだ……。

 でも、どうやって死ねばいいんだい……?

 ああ、そうか……。簡単なことだね……。

 レールの上で待っていればいいんだ……。

 向こうから近づいてくるよ……。

 タイミング……? 大丈夫だよ、任せときなって……。



 私は線路に降りた。歩く。

 レールの上で立ち止まった。

 向こうから猛スピードで列車が突進してくる。

 ホームへと体を向けた。

 再び、女性と視線が合う。

 僕は微笑んだ。



 ほうら……。うまくいっただろう……。

 一緒に行こうね、ゼル……。

 ああ、今から還るからね……。待っててね……。

 まっ……て……て……ね……。

 ゆ……き……こ……。


   *


「一週間前に新幹線『のぞみ』に飛び込み自殺した男性は、〇〇市在住の奥寺修司さんと判明しました。それでは次のニュースです ・・・ 」


   *


(浩志、俺は約束を守ってやっただろう。ちゃんと奥寺をやっつけてやったぞ)

 ゼルの哄笑が、澄んだ青空の中を渡ってゆく。これは誰かの幻聴なのか。


   *


 とあるビジネスホテルの一室で、男の首吊り死体が発見された。

 解剖結果から、死亡推定時刻は河川フェスティバルの終わった夜、午前〇時ごろと推察された。


 肉体と魂とゼルの難解なパズル。それとも、すべては偶然の所産なのか。


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