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ある日の話  作者: みなみ
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おじさんとの出会い1

最近やっと暖かくなってきました。日差しが元気になって春を感じることができます。桜の蕾が大きくなって、早く咲かないかなたら首を長くする日々です。

この時期になると、私はおじさんを思い出します。このお話は少し怖いけどとても優しいおじさんのお話です。

 尋常小学校に入学したばかりの私は,学校でうまく人と馴染むことができないでいました。

 幼馴染のしげちゃんは同じ地区の男の子や上級生のお兄さん達とすぐに仲良くなったというのに、私は他の女の子と仲良くなれなくていつも一人で帰っていました。

 そんな私は近所のいじめっ子に目を付けられてしまいました。取り巻きと一緒に私を追いかけ回すようになったのです。体が大きい子達でしたが、私より足が遅かったのですぐに撒くことが出来ました。でも私の家の近くをうろうろするので,彼らが帰るまでおこんこさんのおうちに逃げ込んでいました。



 私の村は山に囲まれた農村ですが,その中に伏山ふしやまという丘をすこし大きくしたくらいの小さな山がありました。おこんこさんのおうちとは、その伏山と里の境にあるお稲荷さんのことです。

 初めて祖父につれて行ってもらった時、私はまだ本当に幼かったのですが、「ここ おこんこさんのお家だ」と教えてもらったのが気に入ったらしく「おーち、おーち」とはしゃいでいたそうです。それ以来何故か私はこの「おうち」がとても好きで,よく遊びに行っていました。

 江戸の初期からある由緒正しいお稲荷さんなのですが,あまり人は近づきません。相当な年月を経てぼろぼろの神社だからです。氏子の当番が時折清掃に来るぐらいで,まず子どもは近寄りません。人より獣の出入りの方が多い場所ですが,私にとっては静かに本を読んだり宿題ができる憩いの場になっていました。



 あの日、私はいじめっ子達をうまく撒くことができなくて、道にできたぬかるみに思いっきり突き飛ばされてしまいました。母が私のために作ってくれたスカートがどろべっちゃになってしまい、悲しくて悲しくて涙が出ました。泣きっ面に満足したいじめっ子達はさっさと帰ってしまいましたが,私は暫く呆然とスカートをみつめてその場に立ち尽くしました。泥だらけのスカートを握りしめて向かった先はおこんこさんのおうちでした。



 おこんこさんのおうちには,千年桜とよばれる大きな桜の木があります。社に寄り添うように伸びる枝の先はまだ小さ蕾しかありませんでした。例年4月の終わりから5月に見頃になるのですが、この年は春になっても霜が降りるような寒い日があったので、開花が遅れていました。

 なんだか物寂しい木の下で膝を抱えるとじわじわ悲しみがお腹の中から登ってきて、私は小さな声でぐずぐずと泣きました。

 すると,



「うるせぇな」



 突然、頭上から声が降ってきました。

 不機嫌そうな低い声です。驚いて頭を上げるとボサボサ頭の男の人が一等太い枝の上からこちらを見下ろしているではありませんか。喉がひくりと引きつりました。男は豆鉄砲を食らった鳩のような顔の私を見てニンマリと笑いました。



「おいガキンチョ。こんな人気の無い所で泣いてたら、悪い奴に見つかっちまうゾォ」



 人とは思えないようなギザギザの歯を見せられて血の気が引きました。慌てて逃げようとしましたが、足がもつれて受け身もとれないまま転びました。



「おい、大丈夫かよ」



痛みを堪えながらゆっくりと起き上がると、膝小僧から血がでていました。私はついに耐えきれず声を張り上げて泣きました。男の人はギョッと目を剥くと気まず気に頭を掻きながら木から降りて近づいて来ます。

 男の人は怖いし、脚は痛いし、素敵な洋服は泥だらけ。泣かずにはいられません。私は一度泣くとなかなか涙を止められないので、そのままわんわんと泣き続けました。



「うるさくてかなわん」

「う…っ!」



 臭い!私は思わず鼻を抑えました。近づいてきた男の人から,変な臭いがします。何日もお風呂に入っていない人の匂いです。仕事終わりの祖父や、真夏に放って置いた布巾の匂いと似ていました。鼻につく刺激臭に耐えられず後ずさりをする私に気づいたのか、おじさんはふんと鼻を鳴らすと懐にしまっていたなにかを何か投げてよこしました。干し柿でした。



「ほれ、これでも喰って機嫌を直せ」



 男の人は桜の根にあぐらをかいてまた懐から柿とりだしてむしゃむしゃたべました。

 柿からは変な臭いがしません。むしろとても美味しそうな匂いがしました。



「なんだ。干し柿は嫌いか」

「……食べていいの?」

「喰ったら泣き止めよ。俺はガキの泣き声が嫌ェなんだ」



 柿で膨らんだ頬に動物的な愛嬌があるものですから、だんだん怖く無くなっていきました。不思議なおじさんだなぁ、と思いました。

 気づけば涙が引っ込んだので、私は干し柿を食べました。とても美味しかったのを覚えています。



「ごちそうさまでした。ありがとうございます」



 お礼をすると,おじさんはひらひらと手を振りました。



「別に俺のじゃねえから気にすんな。一昨日から供えてあったからそろそろ喰わねばと思ってたんだ」



 ふたつめの柿に歯をたてたおじさんに,私は目を丸くしました。供えてあった。目の前にいるおじさんは確かにそう言いました。

 なんてことでしょう!干し柿はおこんこさんのお供え物だったのです。私も知らないとは言え食べてしまいました。私の目尻に滲んだ涙を見て、おじさんはまた顔をしかめました。



「なんでまた泣きそうになってんだ」

「だって,おこんこさんのごはん食べちゃった……」

「別にいいじゃねぇか。置きっぱなしで腐らせるよりは喰った方がいい」



 おじさんは悪切れもなく言いましたが、私の心は罪悪感でいっぱいでした。

 だって,お供え物です。おこんこさんにいただきますだって言いませんでした。



「おじさんのせいで、私おこんこさんに嫌われちゃう」

「おじ……まあいい。おら、柿喰ったならさっさと帰れ」

「おこんこさんごめんなさい。わたし,わたし…」



 ぐずつく私にイライラしたのか,おじさんはギザギザの歯をむき出して怒りを露わにしました。



「とっとと帰ぇれ!喰っちまうぞ!」

「きゃーーっ!」



 声で雷様が落ちた時のように空気がビリビリ震えました。また突然恐ろしくなったおじさんにら今度こそ私は逃げました。

 家に飛び込むように帰ると,ご飯を作っていたお母さんに後ろから抱きつきました。どろだらけの服を見たお母さんは、私をぽんぽんひん剥いて、近くを通りかかった兄に押しつけました。兄は私をお風呂に連れて行きました。

 



「また畳屋の子にいじめられたんか」

「おかあのスカート,汚された」

「今度奴らに会ったら俺がおこってやるよ。だから元気出せ」

「うん」



 私の背中の泡を流しながら,兄は優しく慰めてくれました。

 正直いじめっ子達のせいで落ち込んで居たわけではありませんでした。この時私の頭の中は,おこんこさんのお供え物を食べてしまったことと,あのおじさんの事でいっぱいでした。

 本当なら,変なおじさんに出会ったことをきちんと話さなければならなかったと思います。時代が時代なら警察に相談しなければなりません。

でもどうしてでしょう。私はおこんこさんのおうちでおじさんに出会ったことを、誰にも言いませんでした。

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