おばあちゃんの昔話
おばあちゃんの納骨を済ませると、葬式で慌ただしかった家の中があっという間に静かになった。
優しかったおばあちゃん。子供にも孫にも愛されていたおばあちゃん。お花や生き物が好きで、そして私たち家族が大好きなおばあちゃん。
たくさんの人がみんな目に涙を浮かべていて、改めてみんなから愛されていたおばあちゃんだったのだとしみじみ思った。
家族の中でもお母さんは実母が亡くなったということもあってものすごく気落ちしていた。火葬場で骨だけになったおばあちゃんを見た途端、子供みたいに泣いたものだから心配したけれど、納骨した後は憑き物が落ちたかのようにいつものお母さんに戻っていた。
遺品を整理していると,おばあちゃんの衣装ケースの中から古いぼろぼろのアルバムが見つかった。おばあちゃんのお気に入りの写真が入っていたらしく、懐かしがるお母さんや叔母さん――母の妹だ――たちと休憩しながらそれを眺めることになった。
アルバムを開くと,今のものよりも二回りも小さな写真が几帳面に貼られていた。全て白黒写真だ。日に焼けてセピア色に変色しているけれど、顔や背景まで鮮明に写っていきちんとわかる。このアルバムはとても大事にしていたんだろう。
1番最初のページには家族の集合写真があった。見慣れた家の前で人が大勢並んでいる。真ん中よりもすこしずれた最前列でこちらを見つめるおかっぱ頭の女の子が目に止まった。小3か4くらいのおとなしめなな女の子だった。
「それおばあちゃんよ」
「おばあちゃん!?」
お母さんの言葉に耳を疑った。
おばあちゃんがずっと昔からおばあちゃんだった訳ではないのはわかっているが、腰が曲がっていて
しわくちゃで、くるくるパーマの白髪頭姿しか知らない私にとって写真に写る大人しそうな女の子が同一人物と言われてもイマイチピンとこなかった。
「ほら,この右の写真に写っているのがおばあちゃんのお兄さんの藤吉おじさん。凄く格好いいわよね。村一のイケメンだったそうよ」
「その横が私達のおばあちゃんとおじいちゃんーーあなたの曽祖父母ね。真ん中のしかめっつらのお爺さんが曽曽祖父の喜一さんだわ。マタギをしてて、厳しい人だったんですって」
「あらみて、この写真の藤吉おじさん女形の格好してる」
「女形って歌舞伎の?」
「今はもうやってないけど、昔は村のお祭りで“村歌舞伎”っていうのをやってたのよ。藤吉おじさんはその女形やってたんですって」
「その横にいるのは誰かしら」
「このちびっちゃいのは愛媛のおじさん?すごい顔して泣いてるじゃない」
「あら、新潟の優子おばちゃんだわ。美人ね〜」
「いまじゃ人食い魔女みたいな容貌なのにね」
「あははは」
懐かしの写真にお母さんたちは大興奮だ。私も最初は物珍しくて会話に参加していたけど、だんだん知らない名前や話が多くなって飽きてきてしまった。お母さんたちはおばあちゃんが亡くなってからずっと忙しそうだったから、お茶を飲みながらゆっくりおしゃべりをしていればいい。私は一人、先に片付けを再開することにした。
*
遺品整理を続けていると、机の引き出しの中からハードカバーの本を見つけた。タイトルは無い。シンプルな緑色の手によく馴染む本だった。中を開くとびっしりと文字が書いてある。おばあちゃんの字だ。日にちが書いてないので日記ではいかもしれないと思い、読んでみることにした。
書き出しは「私の大切なお友達のみんなへ」だった。
"月日が経つのはあっという間です。私はたくさん長生きして、いつの間にかこんなにしわくちゃのおばあちゃんになってしまいました。"
おばあちゃんらしいかわいい文章だ。
"最近胸を患ってしまい,起きて動いているのが億劫になってしまいました。歳をとるのは嫌ですね。寝ても寝ても眠くて,昼でも夜でも寝ていることが多くなりました。そのうち,うっかりそのまま永遠の眠りについてしまうのではないかと思うときもあります。ある日,久しぶりに懐かしい夢を見ました。私の秘密のお友達たちの夢です。大人になって暫くは忙しく,思い出すこともありませんでしたが,久しぶりに彼等の姿を見る事ができて,懐かしさで胸がふるえました。"
「彼等」とはなんのことだろう。ページを捲る。
“ 子供の頃を思い出してみると、他の人は経験しないような不思議な出来事が多かったように思います。今まで誰かに言うと笑われるかもしれないと言いませんでしたが,彼らは世間で言う「妖怪」とか「お化け」というものだったのかもしれません。怖いことも,楽しいことも,悲しいこともありました。ですが,彼らとの出会いが私をここまで成長させてくれたのだと思っています。
戦争もありました。身近な物の死も経験しました。決して楽しいことばかりではありませんでしたが、私の幼少時代の思い出を誰かに話したくてたまらなくなりました。私の素敵なお友達を誰かに教えたいのです。ですがやはりどこか恥ずかしくて言えませんでした。くすぶる思いに胸の奥がもやもやします。
文字なら大丈夫かもしれない。そう思って筆をとりました。文字を書くのは苦手なのだけれど、きちんと書けるかしら。途中で飽きてしまわないようにしなくちゃね。”
“このノートに綴るのは私の大切な思い出。
忘れられない、ある日のお話です。"