特訓にいこう
昨日は疲れもあって全く気にならなかったが、やはりあの魔王連合の1人との戦いの噂のせいでマモル達は町の人々から異様に注目されていた。
賞賛の声を掛けられるでもなく、まるでマモル達が悪人であるかのように横目でこちらをチラチラと見てくる。
大方、勢力を強めている魔王連合を刺激したせいで自分たちにも被害が出るんじゃないかと懸念しているのだろう。
この状況はぼくにとって本当に居心地が悪かった。ただでさえ目立つのは苦手なのにこんな大勢の目の中なんてなおさらだ。
一方、セイラはいつもと変わらず、というかいつもより上機嫌で鼻歌を歌いながら歩いている。
マリアはというと、自慢げに無い胸を張って威張りながら歩いていた。
マリアは何もやっていないだろう、と言いかけたがこの状況ではそんなマリアも頼もしく思えたのでマモルは言葉を飲み込んだ。
そんなこんなでギルドについたわけだが、ギルド内でもマモル達に対しての視線は外と大して変わらなかった。
いかにも屈強そうな男どもが子犬のような目をしてこちらを見ている。
何とも情けなくて見るに堪えない姿だ。
まあ大体想像はしていたよ。
セイラはさっさと受付に行き、小さな袋を持って帰ってきた。きっと中身は依頼の報酬だろう。
「よし、終わったぞマモル。次はどうする?」
「うーん・・・。」
はやく絶対防御を完成させたいところではあるが、帰ってきたばかりでまた依頼ではセイラの体が心配だ。
なにか他に出来ることはないだろうか。
「行くとこがないなら訓練場に行ってみるといいの。」
マリアがぼを見上げて言った。
「訓練場?そんな所があるのか?」
「ほんとは闘技場だけど使ってない時は訓練場として開放してあるの。」
今のぼく達にはちょうどいい所じゃないか。
早速行ってみたいと思うのだが、
「マリー、その訓練場はどこにあるんだ?」
するとマリアは自分の真下を指さして言った。
「ここなの。」
ん、ここ?ここは間違いなくギルドだぞ。
とても訓練場があるような広さには見えないのだが。
「だーかーらー。この下にあるのー!」
マリアはギルドの床を踏みつけて、何回も下を指さした。
「え!?」
この下、ということは地下か?
このギルドは地下に訓練場があるのか。とてもそんなふうには見えなかったが。
見回してみたがその地下に続く階段らしきものはなく、本当にあるのかも疑わしかった。
この事を知っていたのか、とばかりにセイラを見つめる。
するとセイラはぼくに、ニコッと笑った。
知っていたんだなセイラ・・・。
「それじゃあ行ってみるのー。」
そう言うと、マリアはおもむろにギルドの壁のほうに向かい、掲示板の横の何の変哲もない壁の所で止まった。
コンクリート調のタイル、その一か所だけ色が違うところがある。知らない人なら気にせず通り過ぎてしまうくらいの違い。
マリアがそのタイルを軽く押すと周りのタイルが消え、一つの小部屋が現れた。
「さ、はやく行くの。」
マリーはひょこひょこと小部屋に入っていく。
「ほらっマモルも!」
セイラはぼくの腕を引っ張って小部屋に促した。
「お、おう。」
いつまで経ってもなれないなこの異次元感は。
すると、突然部屋全体が動き出し、どんどん下に降りていっているようだった。
訓練場につくまでにはまだかかりそうだな。
「そういえばマリー、あのキャラはもういいのか?」
「なっ、キャラじゃないの!」
「今は仮の姿なの。やがて神の信託に導かれ崇高な天使として現世に降臨するの!」
んー。分からぬ。
そんなことを言っていると、部屋の動きが止まった。どうやら下についたらしい。
小部屋を出ると、ライトのまぶしさに目がくらんだ。
目が慣れると、そこには地下とは思えないほど広大な空間が広がっていた。
闘技場として使っているだけあって客席も用意してあり、特訓をするのにも申し分ない。
「久しぶりだなーここに来るのは。」
セイラが大きな伸びをして準備体操を始めた。
「まだ疲れはあるんだからそんなに激しい事はしないぞ?」
「分かってるってー。」
そう言いながらもセイラはやる気満々だ。
歩き出そうとした時、後ろからチョンチョンと裾を引っ張られた。
振り返ってマリアを見ると、クリンとした目を私に向けて何か問いたそうにしていた。
「どうしたマリー?」
「わたしまだマモルのアビリティー知らないの。」
一瞬3人は静まり返った。
マモルは何とも言えない苦笑いを浮かべている。
マリアはなぜ答えないのかと不思議そうに首をかしげている。
そしてセイラは案の定、俯いて小刻みに震えていた。
笑いをこらえようとしているのだろうが、クスクスと声が漏れてしまっている。
セイラには相当この話題がツボに入っているらしい。
なに、別に傷ついてなどいないさ。アビリティーなど無くとも戦えるようになってみせる。
そのための特訓じゃないか。
「マモルなんで涙目なの?」
「いや気にするなマリー。目にゴミが入っただけだ。」
その後、マリーに説明しないわけにもいかないので、マモルは自分ののアビリティー事情といままでの事をすべて話した。
まったく、話していて顔から火が出そうな思いだった。なぜかってこれまででぼくはセイラに任せっぱなしで、特にこれといった活躍を見せていないからだ。
そんな不甲斐ない冒険歴を聞いたマリアだったが、笑う素振りは無くむしろ興味深々といった顔をした。
「マモルは選ばれた存在なの。」
「え?」
「そんなことが起きるなんて、神の洗礼としか思えないの。」
「ここには夜叉姫もいるの。だから絶対この混沌の世界を終焉へと導くことができるの!」
どうやらマリアのスイッチが入ったようだ。
目をキラキラさせて、先程よりも一層張り切っている。
マリーは世界を救いたいのか終わらせたいのかどちらなのだろう。
すでに設定が崩れているような気がするのだがマリアには言わないでおこう。
そんなことよりも、マリアの話を聞いていて思い出した。
「そういえばセイラ、夜叉姫ってなんだ? キルギスにも呼ばれていたが。」
「うーん、なんでだろうね。」
セイラは後頭をかきながら気まずそうな顔をする。
「夜叉姫は勇者連合のトップチームで前線で活躍していたの」
「夜叉姫はすごいの、一人でかなりの数の魔王連合を一網打尽にしたの!」
マリアは興奮気味にセイラの武勇伝を補足した。
セイラの強さは今まで文字どおり身をもって知っている。
セイラのアビリティー、ディズは恐らく冒険者の中でも使い勝手がよくかなり貴重なアビリティーだろう。
それに加えてセイラ自身の身体能力も他と比べて遜色ない。並の強さではないだろうとずっと思っていた。
だがまさか勇者連合のトップで戦っていたなんて・・・。
「もう昔の話だってー。」
セイラはうまく話をはぐらかそうとするが、目はそらしたままだ。
それにしても、まだ一年もたっていないじゃないか。セイラの過去が相当気になる。
今度の昔話でも聞いてみるか。
そしてマモル達は話もそこそこに、特訓を始めることにした。
セイラが半年前、選抜隊に参加していた理由、そしてなぜ今は前線から離れているのかという事はあえて聞かなかった。
セイラがその話をした時、少し悲しい顔をしたからだ。
人は言いたくない秘密の一つや二つは持っているものだ。
セイラにももしかすると同様の悩みがあるのかもしれない。
いつか自分から話してくれる時が来ればいいが。そして多少なりとも力になってやりたい・・・。
だがマモルがセイラの秘密を知るのは、それからすぐの事だった。それも思わぬ形で。