引きずられて、街
ズズズズズズズッ―
さて、ぼくはあの激昂したセイラから何とか逃げ・・・られればよかったのだが、あのあとセイラに羽交い絞めにされ、そのまま気を失っていた。
そして現状はというと、何故か鳥のケージのような檻に入れられ、セイラに引きずられているという始末である。
「あのーセイラさん?これはどういうことでしょうか。」
「お前をこのまま鍛冶屋のいる次の町まで連れていく。そんで修理代を払ってもらう。自分が折ったんだから当然だろ。」
セイラはまだお怒りのご様子だ。さっきよりも数倍、ぼくに対する声が冷たい。
「でもお金なんて持ってないし・・・」
「知ってるよ。ないなら働けばいい。町ならやばい仕事の依頼もたくさんあるし、すぐ稼げるぜ。」
冗談じゃない。それこそ命を落としかけないじゃないか。
それにこの世界に来てまで仕事なんて、ひどすぎる。
「いざとなったら使えばいいさ。そのゼッタイボウギョってやつをよ!」
「ひっ!」
ものすごい剣幕でにらんでくる。セイラの顔はますます怖くなるばかりだ。
それにことはそう簡単な話ではない。この『絶対防御』は必ず発動するわけではなかった。正確に言うと、ぼくはまだこの特性を使いこなす事が出来ていないのだ。
使えるのなら、セイラからの拷問の時に使っているさ。
それにしても自然に流してしまっていたが、この檻はどこから持ってきたのだろう。触った感じではいかにも檻らしい堅牢さであるが、こんなものを簡単に持ち運べるはずもない。
「セイラ、この檻って・・・。」
「ああ、ディズの第五形態だ。めったに使わない形態だが、まさかこんなに早く使う時が来るなんて思わなかったぜ。」
そう言うとセイラは深くため息をついた。
どうやらディズは剣以外の形態変化もできるらしい。
ディズの第3形態は檻だったのか。稀にしか使わない形態をまさに今受けている私は、光栄なのか不名誉なのか・・・。
「第一形態の大剣は折れているのにほかの形態は何ともないんだね。」
セイラの顔がまた不機嫌になる。しまった、地雷を踏んでしまったか?
そう思ったが、セイラはまた淡々と話し始めた。
「1つの形態は他の形態には影響しないんだよ。修理の時だって同じ。1つを直したからといってほかの形態まで直るわけじゃない。だから1つ1つの形態をメンテナンスしなくちゃいけないんだ。」
メリットもあればデメリットもあるというわけか。
「意外と大変なアビリティーなんだな。」
「わかったならもうちょっと自分の行いを反省しやがれ!」
あれはわざとじゃない。不可抗力というやつだ。
それによくよく考えると『絶対防御』が発動したということは、何かしらの攻撃を受けた、つまりセイラの大剣はぼくに当たっていたということだ。
もしもぼくの特性が発動しなかったら・・・。
セイラはひどくグロテスクな現場を目撃することになっていただろう。
逆に感謝してほしいくらいなのだが、セイラの気持ちも分からなくはない。
マモルは素直に謝ることにした。
「すまなかったな。」
「しっ!黙って。」
セイラは話しかけようと動かしたマモルの口を人差し指で制した。
あまりに失礼じゃないのか。人が謝っているのにそれを遮るなんて・・・。
セイラを問いただそうとした時だった。ふと横目に何かが動くのが見えた。
「マモル、見えたか。」
「ああ、だがあれはなんだ?」
無数の黒い塊。一つ一つがゆっくりと近づいてくるのが分かる。
「あれはヘルガロン、集団で人を襲う危険なやつらだ。」
まさか、モンスターか?RPGで出現するのはお馴染みではあるが、こんなに早く出くわすことになるとは。
仮にも冒険者として、ここは戦うべきなのだろうが、あいにくぼくには戦う術がない。
だが心配はないさ。なんたってここにはセイラという頼もしい味方が・・・。
「マモル、逃げるぞ。」
「へ?」
返答する暇もなく、セイラは勢いよく走りだした。マモルの入った檻を引きずって。
檻が上下に揺さぶられるのにあわせてマモルの体はガンガンといたるところにぶつけられる。
「いっ、セ、セイラ、なんでっ逃げてる・・・、痛いっ!」
「あほ!ディズは今マモルの檻で使ってるだろうがっ!」
セイラは特性『高速』で、逃げるスピードは格段に速い。
だが、ヘルガロンはそれ以上の速さでぼくたちを追ってきていた。
「まずい、セイラ追いつかれるぞ!」
「あーもう!ディズ、第3形態解除!」
「あ、ちょっと待て!今解除したら・・・。」
そう言い終わる前にマモルの体は宙に浮いた。檻はあっという間に消え、急に止まった反動でマモルは空に放り出されたのだ。
そしてそのまま頭から地面に墜落した。
「ディズ、第二形態!」
セイラが叫ぶと、周囲はまぶしく光り出し、一瞬にして無数の剣が現れた。
何百、いや何千はあるだろうか。
「突撃!」
号令とともに、セイラの周りを取り囲むようにして浮いていた剣たちが一斉に空に飛び上がったかと思うと、ヘルガロンたちをめがけて雨のように降り注いだ。
大地には剣が至る所に突き刺さり、辺りは惨劇の場と化した。
どうやらヘルガロンは全滅したようだった。
「ふう、これ思いっきり疲れるんだよなー。おーいマモル終わったぞー。・・・ってマモル?おいマモル!」
その頃、マモルは地面にうつぶせになって気を失っていた。
まったく、まだ冒険は始まったばかりだというのに何回気を失えば気が済むのだ。
冒険の過程で、例えばモンスターに襲われて気を失うのなら良いが、原因はすべてセイラによってだ。
何とも気恥ずかしい。
今後もセイラとは旅を共にするつもりである。そのうえで何としても『絶対防御』を使いこなさなければいけない。でないとぼくの命にも関わる。
かすれた意識の中で、そう決心したのだった。
・・・そういえばセイラはずっとぼくの入った檻を運んでいたな。檻自体はディズだから特性『剣士』で重量無効だとしても、大人一人だぞ。
セイラ・・・やはり恐ろしい子だ。