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明日に向かって

セイラはひとしきり話し終えた後、胸に詰まったものを吐き出すように深呼吸した。


その目にはわずかに涙が浮かんでいて、まだその時の情景が思い出されるのか、膝に置いた手はわなわなと小刻みに震えている。


この事実を知って、セイラがその悲惨な過去から今までの間、どれだけの非難や恐怖に耐えてきたのかは想像もつかない。


だが、ぼくが見てきたセイラはそんなことを微塵も感じさせないほどに明るく、優しい人々に支えられてここまで立ち直ることが出来たのだと感じた。おそらくガンテツもその一人だったのだろう。


ならばいまのぼくにできることはなんだろう。セイラのためにできることは。


考えるよりも先にマモルの両腕はセイラを抱き寄せていた。


今までこらえてきたのであろう大粒の涙がセイラの頬を伝ってこぼれ出す。

少女が抱えるには重すぎる過去。だがそれは誰にも代わってやることはできないとセイラ自身も理解している。


だがぼくはそのことがたまらなく悔しいのだ。なにもしてあげられない自分。その無力感つぶてのように心に傷をつけた。


そうして今はただ、傷だらけの互いの温もりだけが優しく感じた。



数日後、再会したレツから思わぬ提案が持ち出された。


「セイラ、俺たちと勝負しろ。」


内容はこうだった。レツのギルドメンバーとセイラが決闘を行い、戦闘不能、もしくは戦意喪失した方が負け。そしてセイラが負けた時にはレツのギルドに戻ってきてもらう。


「もちろん、ノーとは言わせないぞ。」


態度や言葉の威圧感から、提案が冗談の類ではないことは明らかだった。こんなもの、提案ではなく命令と同じである。レツの表情からは先日の明るさは消え、真剣な面持ちだけがのこっている。

そう、セイラはこの命令を受けなければならない。そして負ければギルドに連れ戻されてしまう。それはまたあの過去と向き合わなければならないということを意味していた。


強く握りしめたセイラのこぶしは細かく震えている。

その姿が昨夜の涙に沈むセイラと重なってみえた。そしてきづいた時にはセイラの手を握りしめ、レツとセイラの間に割って入っていた。


「その勝負、ぼくが引き受ける。」


場が一瞬で静まり返る。

自分でもなぜこんなことを言ったのか分からない。

だが後悔はしてはいなかった。


今のセイラにこいつらと戦わせるわけにはいかない。絶対にまもらなければ。そしてセイラの笑顔を取り戻すんだ。


僕たちは言われるまま、闘技場に向かう。その間中、繋いだ手は離さなかった。ふと横顔を覗くと、セイラは何も言わなかったが、不安で満ちた表情をしていた。


決闘の相手はレツだった。当然だ。あちらは最初からセイラをチームに引き戻すために来ているんだから。


観戦席ではマリアとセイラが泣きそうな顔でこちらを見つめている。

おいおいそんな顔するなよ。こっちまでかなしくなるだろう。


勝機など最初から存在しない。なにせ相手はトップチームの団長である。だがぼくはセイラからレツのアビリティーを聞いていて、あちらはぼくのアビリティーを知らない。隙をつけるとしたらそこだろう。


しかし、それはやはりあまい目算だと知らされることになった。


開始の合図とともにレツは真っ向から突撃してきた。

レツのアビリティーは[衝撃]。自分の繰り出した物理的な攻撃から発生する衝撃をある程度まで操れる能力だ。その幅はセイラによると0から10倍あたりらしい。


ようするに、レツの攻撃はまともに受けてはいけないのだ。


だからいまぼくがはとるべき戦術はひとつ。そう、逃げること!


レツが振り下ろす木刀をすんでのところでひらりとかわし、闘技場を一心不乱に、さながら陸上選手のように駆け回った。


それはなんともまぬけな光景で、相手の観戦者たちからは失笑を買ったが、セイラは真剣な面持ちで戦いを見守っている。


弱腰のように思えるかもしれないが、この状況では逃げこそ最大の防御。ひたすら逃げてさえいれば誰だって必ず隙はでてくるはず。ろくな攻撃手段がないいま、これが最善策。まさに逃げるが勝ちだ。


しかし、最初に隙を作ったのはマモルのほうだった。


さすがにトップチームのトップ。レツはすばやい攻撃の最中に動きを先読みし、動きに緩急をつけたことでマモルの態勢はとたんに崩れた。

そしてその横腹にレツの一太刀が襲いかかる。


マモルはとっさに持っていた盾で直撃を避けた。

本来ならばこの行動は最適解である。しかしいまの状況において言えば、そうではなかった。


レツの一撃を受けた盾から、マモルの腕には骨がきしむほどの振動が響き、そのからだごと横方向に勢いよく吹き飛ばされた。


なんとか受け身だけはとったが、盾で受けた左腕はじんじんと痺れてすでにつかいものにはならない。要の盾はというと、いまの衝撃で場外に飛ばされたようだ。


「あんた、野球選手だったら名スラッガーになってただろうな。」


マモルは不敵な笑みを浮かべつつ、左腕を上下左右に振り、元の感覚を取り戻そうと苦心する。


「まだ口だけは達者なようだ。」


そう安い挑発にはのってくれないか。

じゃあやっぱり【あれ】をやるしかないのかな。


目を閉じ、精神を集中させる。いままでの成功したときの感覚を記憶から引っ張り出す。


「そんな隙だらけでは攻撃してくれと言ってるようなものだ。」


レツはすかさずマモルとの間合いを詰め、正面に立つと、次は何の躊躇も間もなく太刀を振り下ろした。


集中、集中、集中、集中。


死ぬのは怖い、この拒絶する感覚。そして自身を護りたいという感覚。相手と自分との間に壁を作る感じで。


レツの一撃がマモルの体に触れる直前、見開いた目は確かに青い光をとらえた。

 

マモルの作り出した青い光は確かにレツの振り下ろした木刀を弾き返したのである。コンクリートに打ちつけたような甲高い音が一帯に響き渡った。  

 

「な、なに!」


予想外の事態にたじろいだレツは思わずマモルとの距離をとった。明らかな動揺を見せるレツはまさにマモルの画策通りである。


こんなにうまくいくなんて。自分でも驚きだ。


まだかすかに漂う朧気な青い光を見つめながら自分の意思で成功させたという実感がふつふつと少しずつ湧いてくるのが分かった。

だが、ここで余韻に浸っているわけにはいかない。間違いなく、レツが動揺している今がチャンスだ。 


すかさずマモルは距離をつめると、レツの脇腹めがけて盾を振りだした。


だがそこはレツも易々と受けてはくれない。踏み込んだ足の衝撃を利用し、素早く逆方向に飛ぶことでマモルの攻撃を受け流したのだ。


「ちっ、さすがにアビリティーの応用には長けてるか。」


そこからの互いに手の内をあかした上での戦いは、まさに互いの根比べになった。


レツはひたすらに太刀を打ち込み、マモルは絶対防御によりレツの攻撃をすべて弾き返す。レツの攻撃はだんだんとその速度を上、青い盾はそれをものともしない。

 矛が折れるか、盾が折れるかの戦いである。


誰もが長期戦になるだろうと確信し、互いもそれを覚悟していた。


だが決着は思いもよらず、つくことになった


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