過去の足枷 前編
宿に戻ったマモル達だったが、セイラはまだ塞ぎ込んだままだった。
毛布を頭まで被って、ベッドで丸まっている。
借りた宿は一部屋しかなかったので、マモルとマリアは今はセイラを一人にさせてあげようと部屋の外に出ていた。
窓の外を見ると、いつの間にか空は曇り、小さな雨粒が少しづつ道を濡らしていた。
いつもの元気なセイラを見ていただけあって、今のふさぎ込んだセイラは見るに堪えず、帰る道中、気の利いた言葉さえかけることも出来なかった。
なんと情けない・・・。
「マモルまで落ち込んでてどうするの。」
マリアが眉にしわを寄せて言った。
「何もできないかもだけど、今は信じて待ってあげるの。」
そう言ってマリアは上着のフードを深く被って目を閉じた。
「・・・強いな、マリーは。」
そうだ、今はセイラを待つことしかできないんだ。
なら黙って待ってあげることが、セイラの友として、今できる最善なんだ。
そしたらセイラもいつかは話してくれるさ。
マモルはマリアを見習って、腕を組んで壁にもたれかかった。
それからどれくらい経っただろうか。
うとうとしていると、部屋の扉が少しだけ開いた。
そちらに目を向けると、その隙間からゆっくりと、寂しそうな顔がこちらを覗いた。
「マモル・・・。」
セイラは私達を部屋に招き入れ、またベッドの端にちょこんと座った。
その顔はやっぱり神妙な面持ちで、でも何かを決めたらしい真っ直ぐな目をしていた。
「話すよ、これまでの事。1年前に何があったか。」
そう言うと、セイラは降りしきる霧雨を背にして静かに話し始めた。
ちょうど一年前、セイラはこのゲームの世界に降り立った。
様々な出店でにぎわった街、遠くに目を向けると見渡す限りの広大なフィールド。
「ついに来たぜ、ゲームの世界!」
普通、冒険者はギルド前から始まるらしい。
セイラは街の様子など気にも留めず、そのままギルドに入っていった。
手あたり次第の依頼を受け、フィールドに出かけて行ってはモンスターを狩ってくる。
時には一週間フィールドから戻らないこともあったらしい。
そんな日々が2か月くらい続いた。
そう、セイラはいわゆる[戦闘狂]だったのだ。
そんなセイラの奇行の噂は、瞬く間に人々の間に広がっていった。
だがセイラはこのゲームに夢中になっていたので、そんな噂などお構いなしにモンスターの討伐に明け暮れていた。
そんなある日、いつものようにフィールドに行き、ひとしきりの討伐を終えて木陰で休んでいた時の事。
「君かな?噂の暴れ馬は。」
突然、見るにたくましい男が話しかけてきた。
「なんだお前。」
セイラは見るからに怪訝な顔をして、その男を見上げる。
「俺の名前はレツ、[ブレイブハーツ]っていうチームで活動している。」
この話しかけてきた男こそが、のちに選抜隊を率いるレツだった。
「それで、何の用だよ。わたしの邪魔しようってことならただじゃ置かないぜ。」
セイラは傍らに置いていた剣に手をかける。
するとレツは物怖じするでもなく、高らかに笑い声をあげて言った。
「噂通りの男勝りな少女だ。別に俺は君の妨害に来たわけじゃないよ。」
「今日は君に提案があって話しかけたんだ。」
レツの真意が掴めなくて、セイラは首を傾げる。
「なんだ、その提案って?」
レツはその言葉を待ってましたとばかりにその質問に答えた。
「俺たちのチームに入ってはくれないか?」
レツは真っ直ぐにセイラを見つめるが、セイラはやっぱりポカンとしている。
「今俺たちのチームは戦力が整いつつある。そこで俺たちは勇者連合の正式な攻略隊として王宮に申請しようと思うんだ。」
「そこで、君のような手練れが加わってくれれば、ゆくゆくの攻略も進むだろうと考えたんだ。」
一通りレツの話を聞き終えると、セイラは少し考え込んでからまた質問を返した。
「あんたの話は大体分かった。それで、わたしがチームに入るメリットは?」
すると、レツはこれまた大きな声で笑った。
広い野原のフィールドに図太い声がこだまする。
「なるほどそう来たか、なかなかに賢明なようだ。ますます気に入ったよ。」
「別にあんたに気にいって欲しくはねーよ。」
セイラは不機嫌な顔をしてそっぽを向いた。
「いやあすまん、だがメリットはある。正式な攻略隊ともなればそれなりに金は入ってくる。まあ生活には困らないだろうな。」
そこまで聞いたところでセイラは突然立ち上がり、その場から歩き出した。
驚いて引き留めようとするレツにセイラははっきりと言った。
「悪いけどその話、パスだ。わたしは金なんか欲しかないんだよ!」
「まったく、金で釣ろうなんて、話になんねーよ。時間が無駄になったよ・・・。」
ブツブツと悪態をつきながら、セイラはその場を離れようとまた歩き出す。
するとレツは追いかけるでもなく、独り言のように、でも独り言にしては大きすぎる声でしゃべり出した。
「そうか、なら仕方ないな。攻略なんて毎日戦いの日々だ、ギリギリの戦いに疲れ果てて音を上げてしまうやつもいるほどだし。」
ピクッ。
急にセイラの足が止まった。
かと思うと回れ右をして、凄まじい勢いでレツに詰め寄った。
「今の話、詳しく聞かせてくれ!」
・・・これがセイラがのちの選抜隊となる[ブレイブハーツ]に参加した経緯である。
若干セイラがレツの策略にはまったという感じは否めないが、あえてそこには触れないようにしよう。
何より本題はここからなのだ。
なぜセイラは選抜隊を抜けたのか、そしてあの時イヴが言った言葉の意味。
セイラは一つ深呼吸をし、そしてまた話し始めた。
その後まもなく、チーム[ブレイブハーツ]は王宮から正式な攻略隊として承認された。
レツはセイラのほかにもかなりの猛者たちをチームに引き込んでいたらしく、戦力的にも申し分ない一団となっていたのだ。
数日後、決起集会の名目で、[ブレイブハーツ]団員の初めての顔合わせの場が設けられた。
だがセイラは仲間と仲良くする気など更々なく、会場に並べられた数々の料理を適当に漁っているだけだった。
すると、しばらく進行をしていたレツが、一段落したのか料理に手を伸ばしているセイラに声をかけた。
「やあ、楽しんでくれているかい?」
セイラは気づいてチラッとレツの方を見たが、特に応対することなくすぐに料理の方へ顔を戻した。
「あはは、相変わらずだな。」
「おいレツ、なんだその無愛想な奴は。」
苦笑いのレツに、後ろからすらっとした体格の女性が話しかけてきた。
「おう、イブじゃないか、久しぶりだな。」
「そんな奴放っておいてこっちで話そうぜ。」
イブは一瞬セイラを目視したが、目が合うとすぐにそっぽを向いた。
何が気に食わなかったかは知らないが、大方レツと親しげに、いや実際はレツが一方的にしゃべりかけているだけなのだが、話しているのが癪に障るというところだろう。
「丁度いい、イヴにも紹介しておきたかったんだ。こちらがセイラ。お前とは同年代くらいだろ?」
イヴはもう一度セイラの方を見た。一方セイラは聞いているのかいないのか分からないような中途半端な顔をして、だが口だけは料理を頬張ってモグモグと動かしている。
それはまるでリスのようだった。
そんな様子にイヴはため息をついた。
「またどこの馬の骨とも分からない奴を適当に勧誘しやがって・・・。」
すると、また人だかりの奥の方から、女性が一人歩いてきた。
「駄目ですよイヴさん、初対面の相手にそんな乱暴な口の利き方をしては。」
長い髪、薄い翠色をしていて、端正な顔立ちをしている。周りとは違う独特な雰囲気を醸し出しており、ヨーロッパの貴婦人を思わせるような姿だ。
「なっ、ジュリアもいたのか。」
イヴは思わず身じろぎした。どうやらジュリアにはあまり反抗できないらしい。
ジュリアはセイラの方に体を向け、軽くお辞儀をした。
「申し遅れました。わたくしはジュリアと申します。以後お見知りおきを。」
その上品な話し方からして、このチームのなかでも、かなりの常識人であることがうかがえる。
流石にセイラも無視してはいられず、食事の手を止めてぺこりと頭を下げた。
するとレツがジュリアの肩に手を乗せて、いつものごとく大きな声で言った。
「ジュリアは主に偵察担当だ。俺とは[ブレイブハーツ]結成からの付き合いでな、いわばここの古株みたいなもんだ。」
「いやですわレツさん、古株だなんてっ。」
そう言ってジュリアはレツの背中を思い切り叩いた。
するとレツは衝撃で前方に押し出され、見事に顔面から転倒。
それはまさに怪力。その容姿からは想像もつかないほどの力だった。
セイラはその光景に驚いたとともに、皆がジュリアには反抗的でない理由の一面を見たような気がした。
そんな中、いつからそこにいたのか、ジュリアの背後から小さな顔がひょっこりと顔を出した。
歳はセイラよりも下に見える。多分女の子だろう。
どんな子だろうとセイラが少しのぞき込むと、恥ずかしそうに顔を引っ込めようとしたが、それよりももっとびっくりするものが目に入った。
その少女の頭には、ふわふわとした獣毛におおわれた、まるで犬の耳のようなものが2つ生えていたのだ。
その耳のようなものは、時々ピクピクと小刻みに動いたり、様々な方向にその向きを変えたりしている。
「お前それは・・・。」
セイラが驚いて声を漏らすと、それに気付いたジュリアが代わりに言った。
「ああカノン、いたのですね。この子はカノン、あなたと同じこのチームの一員ですよ。」
そしてセイラをみてニヤッと笑う。
「どうやらこの子の耳が気になっているようですね。」
そう言うと、おもむろにカノンの獣耳に手を伸ばして、さわさわと撫でまわし始めた。
「ひゃんっ。」
カノンは力の抜けた情けない声を上げた。たちまち顔が紅潮し、その感覚に耐えるように体を震わせている。
「ジュリアさんっ、やめ、やめてくださいっ・・・!」
必死に抵抗するカノンに、ジュリアの手はますますエスカレートしていく。
その時のジュリアは愉悦の表情で、すごく生き生きとしていた。
「この子は獣人といいましてね。この可愛らしい耳や尻尾なんかがその証拠です。メンバーの中にもこういう人間以外の種族がいるんですよ。」
そう言うと、ジュリアは耳にかかっていた髪を掻き揚げる。
するとセイラの目に飛び込んできたのは普通よりも角ばった耳、まるで妖精のそれだった。
「そう、わたくしも、エルフという種族の一人なのです。」
「か、かっこいい!」
それを見て、セイラがはじめて口を開いた。
レツはそんな様子にうんうんと首を縦に振って満足気である。
「それじゃあみんな改めてこれからよろしく頼むぞっ。」
そうして、[ブレイブハーツ]は攻略隊としての活動を開始したのである。
活動拠点は主に魔王連合と勇者連合の領地の境目。
そこは常に両者が相手領地を狙って睨みあっているような所だった。
とは言え直接対峙するわけでは無い。
何しろかなりの広大なフィールドだ。加えて、間には巨大な樹海が広がっており、めったなことがなければ敵と遭遇することはまずないのだ。
なので攻略隊の第一目標としてはこの樹海を進み、いかに敵地近くに拠点を設けるかという事だ。
だがこの樹海には数々のモンスターで生態系が作られており、そのモンスターとの戦闘は必至である。
そういう意味でも[攻略]なのだ。
「レツさん、前方から数体モンスターが接近してきてます。」
ジュリアがレツに情報を送る。
「よし、各自戦闘態勢、まとめて仕留めるぞ!」
レツの怒号が飛ぶ。と同時に隊のメンバーはそれぞれ武器を構えて、迫る敵に身構えた。
20人ほどが前方を取り囲むようにして隊列を組み、そこへジュリアの情報通りにモンスターが飛び込んで来た。
一斉に全員が攻撃を仕掛けると、言うまでもなくモンスターを一網打尽。
一瞬の出来事だった。
この統率の取れた動きはレツの作戦だ。出発前にあらかじめ全員に伝達があった。
どうやら普段はあんなレツだが、団長としてはなかなか光るものがあるらしい。
そしてまた一行は樹海を突き進んでいく。
「いやあやっぱりジュリアさんの千里眼は正確だなー。」
イヴが手に持ったライトを揺らしながら感嘆の声をあげる。
千里眼とはジュリアのアビリティーである。名前の通りどんなに遠くであってもその目で見ることができ、さらに樹海のような暗闇でも対象の位置を認識することができる。
正に偵察するにはおあつらえ向きなアビリティーなのだ。
「ジュリアはこの作戦の要だからな、本当に助かるよ。」
レツも一緒になってジュリアを持ち上げる。
「もう、ほめても何も出ませんよ。」
ジュリアは冷静を保ちつつも少し照れくさそうに言った。
しばらく歩くと、樹海の開けたところに出た。
もう日も暮れてしまっているため、辺り一体何も見えない。
周りからはモンスターの鳴き声が様々な方向から聞こえてきて、気味が悪かった。
レツは辺りを見回した後、皆に号令をかけた。
「よし、今日はここを拠点とする。休憩の前に明日の予定を伝えるぞ。明日は二人一組のツ―マンセルで周辺探索を行う。今から組み割りを言うからよく聞いておいて欲しい。」
そしてレツはそれぞれのペアを呼び始めた。
もちろんセイラも例外ではなく・・・。
「よろしくっ。」
「は、はいっ、よろしくお願いします!」
セイラの相方はカノンだった。
耳をピクピクさせて、セイラを前に緊張しているようだ。
周りの団員は、あの臆病なカノンと新人であるセイラの組なんて大丈夫なのだろうかと、かなり心配していた。
だが周りの予想とは裏腹に、この二人組は意外なコンビネーションを魅せる。
「カノン、そっちに一匹逃げたぞ!」
「はい!」
セイラの言葉を聞くと、カノンは脚を地面に突き出し、思い切り踏ん張る。
すると両脚の形状がみるみる変化し、まるでカンガルーのような豪脚が現れた。
カノンはその脚で地面をひと蹴りし、次の瞬間にはもうモンスターの目の前まで飛んでいた。
身軽な体をその勢いに乗せるようにひねると、さらに回転が加わる。
「せやぁー!」
最高とも言っていいほどのタイミングでカノンはモンスターの脳天に一撃。
見事な回し蹴りが決まり、モンスターは倒れ伏した。
残りはセイラがディズの第二形態で一掃していた。
「ナイスだぜカノン!」
「いえいえ、セイラさんのほうが素晴らしかったです。」
その褒め合いが、なんだかおかしくなって互いに顔を見合わせて笑った。
そして頭上でハイタッチを交わした。
最初こそぎこちなかった二人だったが、戦闘を重ねていくうちに息もあってきて、周りからも一目置かれるほどのペアとなったのだ。
何より、カノンのアビリティー[アニマル]は近距離型、そしてセイラの[神剣ディザスター・クラウン]は近・中距離型と、役割分担からしても適したコンビだった。
これもレツの知略だと思うとあまりいい気はしないな。拠点への帰り道、セイラはそんな事を考えていた。
「そういえばカノンのアビリティーって結局なんなんだ?」
ふとカノンに質問を投げかけてみる。
「わたしのはそんな大したものじゃないですよ。体の一部を想像した動物の部位に変えられるだけです。」
「いやいや充分すごいよ、さっきの戦闘だってあの動きはなかなかできないぜ。」
セイラはお世辞を言っているわけではない。
実際あの回し蹴り一つ見ても、並の動きではない。格闘技の一種だろうか。
アビリティーだけでない、カノンの素の身体能力の高さがよくわかる。
「あ、ありがとうございますっ。」
カノンは顔を恥ずかしそうに手で覆いながらお礼を言った。
その夜、二人は焚き木を囲んで、身の上話に耽っていた。
「カノンはなんで[ブレイブハーツ]に入ったんだ?」
カノンは焚き木を小枝でつつきながら少し考える。
「強いて言うなら、人の役に立ちたかったからですかね。子供の頃は体も弱くて周りに助けてもらってばかりでしたから、今度はわたしがみんなを助けたいんです。」
そう言って、恥ずかしそうに頭をかく。
その純粋さに、セイラは胸がときめいた。自分よりも若い子がこんなにも立派な思いを持っている事に感激の念を禁じ得なかったのだ。
セイラはふいにカノンを抱き寄せ、ガシガシと撫で回した。
「ひゃ、セイラさんどうしたんですかっ。」
「別にーっ。」
結局その夜はカノンはセイラの抱き枕となって寝たという。
そんなセイラ・カノン組の活躍もあって、樹海の探索は順調に進み、一行はついに領地の境目のかなり近くに拠点を置くことに成功した。
後はきたる戦いに備えるだけ。皆の気合も充分、勝機は必ずある。
誰もがそう思って疑わなかった。
だがあの悲劇は、そんな時に起こってしまったのである。




