夢オチ
学校から帰宅し、朝そのままにしておいた洗い物を片付けようとキッチンに向かうと、母が代わりにやっていた。
「ちょっとお母さん、寝てないとダメでしょ」
「ああ、おかえり」
マスク越しにくぐもった母の声は、驚くほどガラガラではあったが、まったく辛そうな様子はなかった。
少し咳は出るが、もうすっかり良くなったらしく、夕食はいつも通り3人で食べられるほどだった。
食事の間ずっと千萌のろけ話を聞かされ、喉をやられている母の代わりに、あたしが相づちを打っていたのだが──。
いつものウンザリ感はなく、むしろ微笑ましくさえ思えたのは、あたし自身も千萌ほどではないにしても、かなり幸せなお昼だったからに他ならない。
部屋に戻りパソコンを起動させると、昨日書いた部分を読み返し、今日の出来事と照らし合わせてみる。
やはり、課程などはかなり違っているものの、結果的には同じになったといっていいだろう。
もし、変な好奇心を起こさなければ、もっと小説に近かったのだろうか?
考え始めると、再びあたしの好奇心が燃え上がった。
あれこれ実験してみたくなる。
とりあえず、今日は失敗(?)したが、もっと思い切りあり得ないことを書いたら、どうなるのだろう?
例えば、幽霊とかUFOとか、そういうオカルト的なことを書いたとしたら?
幽霊──はさすがに現実になったら怖いので、UFOでいってみようと思う。
ただし、遠くに見えるだけなら、鳥とか飛行機とかドローンというオチを付けて実現もあり得るので、ここは学校の上空に巨大な未確認飛行物体が現れ大騒ぎになるようにした。
もう実験と割り切ったので、話の流れなどは完全に無視。
授業を受けていたら校庭が騒がしくなって──と、むりやり出現させてしまう。
読み返してみると、思わず顔が引きつってしまうほどの酷い出来だった。
なんというか、今まで書いていた話に飽きて、いきなり別の話を書き出したようだ。
それでもかまわず投稿して、今日を待つことにする。
果たして、どうなるのだろう。
もし、本当にUFOが現れてしまったら?
布団に入っても、あれこれ考えてしまい、なかなか眠りにつけなかった。
ようやくウトウトしたかと思ったら、目覚ましが鳴り響く。
なんとか布団から抜け出したあたしは、スッキリしない頭で学校に行く準備を始めるのだった。
「──っ!?」
あたしは息をのんだ。
窓の外から何やら叫ぶ声が聞こえてきた。
最初は男性1人の声──。
それが次の瞬間には、ものすごい数になる。
恐怖で窓の方に視線を向けることができない。
小説に書いたUFO襲来が、現実になってしまったのだと思った。
空を覆う程の巨大な円盤から光が伸びる。
その光を浴びた者は、次々に円盤の中へと吸い込まれてしまう。
そしてその後は──どうなるのだろう?
とにかく、UFOを出現させることで頭がいっぱいになっていて、その後のことまで考えていなかった。
「なにあれ?!」
誰かが気づき、声を上げた。
教室が騒然となる。
みんなが一斉に窓際に押し寄せてきた。
窓際2列目のあたしの席も、生徒の波に呑み込まれた。
もみくちゃにされながら、窓の近くまで押され、ほとんど強制的に外へと視線を向けることとなった。
その瞬間、あまりに現実離れした光景に、思わずその言葉を口にしてしまう。
「UFO」
ゴツン!
「あたっ!」
突然、額を襲った衝撃に、あたしは声を漏らしてしまった。
慌てて上体を起こすと、妙な視線と笑い声が降り注いでいた。
思わず周りを見回してしまう。
そこには何の変哲もない授業の光景があった。
まさかの夢オチぃ?!
思わず心の中で叫んでしまった。
「坂本さん大丈夫? 具合が悪いなら保健室で休んできてもいいのよ?」
いつも真面目に授業を受けているあたしが居眠りをしていたもので、先生も驚いたのだろう。
──怒られるどころか、逆に体を心配されてしまった……。
「い、いえ、大丈夫です」
言ってノートに視線を落とし、真面目に書いているふりをする。
恥ずかしくて顔を上げられない。
そうこうしているうちに授業が終わった。
「『UFO』の夢をみていたの?」
咲日に問いかけられ、飛び上がるほどに驚いた。
「も、もしかしてあたし、寝言いってた?」
「うん」
「ひゃぁ、うそぉ──」
カーッと顔が熱くなる。
「え?! え?! どんな?! みんなに聞こえちゃったかな?!」
「だから、『UFO』って。まあ、近くだったら聞こえたかも」
──ってことは、三浦くんにもぉ?!
うわぁ、サイアクだ……。
授業中に居眠りをして寝言までいうとか、恥ずかしすぎる。
興味本位で変な実験小説など書いたりしたので、バチが当たってしまった……。
つまり、あまりにも実現不可能なことは、夢とか妄想オチになってしまうというわけだ……。
そうなると、どのレベルまでなら、現実になるのだろう?
福引きとか宝くじで一等賞とか、確率は限りなく低くても現実にあり得るなら、実現してしまうのだろうか?
「もしかして『UFO』ってあれ? いまテレビとかでCMしてる映画の──」
「え? あ、う、うん、そう」
咲日が何か勘違いしたようだが、さすがに本当のことは言えないので、ここは肯定しておく。
「おもしろそうよねぇ、あれ」
「咲日、SF好きなの?」
「もう、だぁーい好き」
全身を使ってそう応えた咲日は、「そうだ!」と、手を合わせると、
「明日土曜日だし、この学校って午前中授業でしょう? 午後とか一緒に観に行かない?」
「映画を?!」
「あ、ごめん、なにか予定が入ってた? だったら今度でもいいんだけど……」
「うんん、そうじゃなくて」
今まで友達と映画になど行ったことがなかったので、戸惑ってしまったのだ。
決してイヤというわけではない。
むしろ、そういうことに憧れていた。
友達のいないあたしには、全く縁のない夢物語だと思っていたけど──。
そのことを話すと咲日は、
「じゃあ、決まりね。授業終わったら──あ、もしかして、学校帰りに映画館とかダメって校則あったりする?」
「特に問題ナッシング!」
質問に対する答えが、別の所から返ってきた。
出たよ浜西。
「寄り道は基本NGだけど、映画館とか美術館は部活動で行くこともあるから、対象外になってんだよ。
まあ、それ以外でも、みんな堂々と行ってんだけどさ」
さては、また聞き耳立てていたな。
思わず顔が引きつりはしたものの、同時に脳裏には昨日のお昼の展開が蘇っていた。
もしかして、このパターンで行くと……。
少し期待してしまう。
「──ってことで、俺も一緒していい?」
咲日は今回は即答せず、あたしに顔を向け答えを委ねてきた。
「俺たち」だったら、迷わず了承していたのだが──。
僅かな期待を込め、あたしは小さく頷いた。
咲日は笑顔を浮かべると、そのままの顔を浜西に向け、
「いいわよ」
「やりぃっ!」
大声で叫び、クラス中の視線を集めるが、本人は至って気にする様子もない。
とばっちりを受け小さくなっていると、
「なに騒いでるんだよ」
他のクラスの人に呼び出され、廊下に行っていた三浦くんが戻ってきた。
「明日、学校終わったら映画にいくべ」
あたしは心の中で、思わず「よしっ!」と握りこぶしをつくっていた。
「映画? なに観るの?」
浜西が咲日を見る。
「ああ、友坂さんも行くんだ」
「芽花もね」
咲日に付け加えられ、あたしはさらに小さくなってしまった。
「ほら、テレビでCMしてるUFOのやつ」
「あれか! オレも観たかったんだ」
咲日が説明した途端、三浦くんのテンションが上がった。
「三浦くんもSF好きなの?」
「どちらかというとVFXとかCGの方かな。現実にあり得ないモノをCGで本物のように描き出す技術のすごさにワクワクしちゃうよ」
「こいつグラフィックデザイナー志望だからさ」
「ばっ! 言うなよ!」
三浦くんと一緒に映画ばかりか、将来の夢まで聞けてしまった。
なんておいしい展開なんだろう。
こういうのを、災い転じて福となす──というのだろうか。
それもこれも咲日のおかげだ。
あと、まあ、浜西もついでということで……。




