お弁当
「ねえねえ芽花、今日は私も自分で作ってきたよ」
昨日はパンだった咲日が、可愛らしいランチクロスに包まれたお弁当を机の上に出して、満面の笑顔で机をこちらに向けてきた。
そんな、もう一緒に食べる気満々の咲日に、「1人で食べてみたらどうなるだろう?」などという好奇心を優先させるほど、あたしは薄情にはなれなかった。
「へえ、じゃあ交換しようか。お手並み拝見だ」
あたしも咲日に机を向けてくっつける。
「なになに? 友坂さん、手作り弁当なの?」
浜西が横から口を挟んできた。
「ええ」
咲日が恥ずかしそうに頷くと、
「おぉ、すげぇ」
なにがすごいのやら。
あたしも手作りのお弁当なのだが、咲日しか目に入っていないようだ。別にいいけど……。
「あ、そうだ、せっかく近くの席になったんだし、一緒に食べようよ?」
さらに強引に話しを進めてくる。
咲日のおかずを狙っているのが見え見えなのだが──。
「いいわよ」
咲日ってば、速攻で快く了承するし……。
すぐにハッとなって「勝手に決めてごめんなさい」とでも言いたげな目を向けてくる。
あたしは「仕方ないなぁ」という表情を作り、軽く肩をすくめてみせる。
ここまでは小説通りだ。
さすがに完全一致とはいかないし、セリフなどは全然違うが、展開というか流れ的には同じ感じだ。
流れに逆らって浜西を拒否することもできたのだが、どうせここまできてしまったわけだし、それなら先の展開も期待──もとい、気になるというか……。
「ほら、買ってきたぞ」
ジャンケンに負けて買い出しに行っていた三浦くんが戻ってきた。
「お、サンキュー」
パンとブラックコーヒーの缶を受け取った浜西は、
「今日は教室で食うべ」
芸人か何かを真似ているのだろうか? たまに変ななまりを使う。
「なんだ珍しいな」
「いやさ、転校してきたばかりの友坂さんと親睦を深めようと思って」
あたしはおまけ──という感は否めないけど、そこはあえて追求しないでおく。
三浦くんを誘う大役さえ果たしてくれればそれでいい。
「オレは別にかまわないけど──」
それから三浦くんは、あたしたちに顔を向け、
「いいの?」
「「どうぞ」」
あたしと咲日の声が綺麗にハモった。
「じゃあ、お邪魔します」
ちゃんと断っておいてから机を向けるあたり、どこかの誰かとは大違いだった。
あたしは心臓のドキドキを気づかれないように、なに食わない顔でお弁当を広げる。
いつもはご飯も一緒に入れてくるお弁当箱が、今日はとにかく種類が多い上に千萌がつめたので、おかずだけに占領されている。
ご飯は別に小ぶりのおにぎりが2つ。
果たして、食べきれるだろうか?
「あれ、坂本さん、今日はいつもより気合い入ってるね、弁当──」
三浦くんの言葉に頭が沸騰した。
大食いに思われたのでは──そんな心配をして恥ずかしくなったのではない。
「いつもより」という言葉に反応してしまったのだ。
つまり、それは、いつもお弁当を、しっかり見られているということで──。
恥ずかしさの中に、何ともいえない嬉しさが混ざっている。
「あ、えっと、その、妹のお弁当のついでというか、なんか、すごくリクエスト多くて……」
「へぇ、坂本さん、妹さんの分もお弁当も作ってるんだ?」
「いや、あの、今日だけ。写生大会で、お弁当持ちだったから。それに、妹も切ったりとか揚げたりとかしたし、あたしが全部やったわけでもないというか──」
「妹さんと仲いいんだ」
「別にそれほどといいわけじゃ──あ、でも、悪いわけでもなくて、普通というか……」
頭の中が真っ白で、もう何を言っているのかもわからず、なかなか話しがまとめられない。
「と、とにかく、たくさんで食べきれないから、よかったらつまんで」
苦し紛れに、むりやり話しを締めくくった。
「ほんと? じゃ、遠慮なく──」
「いただきます」と手を合わせ、卵焼きに刺さったピックを摘まむ。
心臓が大きく跳ね上がった。
真っ先に、ピンクのハートの形をしたそれを選んだ意味は──。
いやいや、もちろん、卵焼きが一番好きだから──というのはわかっている。
でも、なんだろう、この幸せ過ぎる展開は。
「うん、うまい! やっぱ坂本さんの卵焼きは最高だよ」
ひゃぁあ、顔が熱いぃ。溶けちゃう~。
「はっ!?」
気がつくと、そこには咲日の意味深な笑みがあった。
「ほ、ほら、咲日も食べて食べて」
あたしは慌ててお弁当へと注意を促す。
「うん、ありがと。私のも食べてね」
「おぉ、やったぁ、ごっそさーん」
話しの流れからして、咲日はあたしに言ったのだが──。
「うっひゃぁ、うっまぁーっ!」
そんなことも、あたしの冷たい視線攻撃もお構いなしの浜西。
これだけ図々しいにも関わらず、不思議と憎めず逆に笑えてくるのは、ある種の才能かもしれない。
かくして、今まで感じたことがないくらい楽しく、そして幸せなお昼の時間は、あっという間に過ぎていったのだった。