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美少女が死にたくない理由  作者: 藍木 青
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強制力

 夕食の後、小説投稿サイトを覗くと、続きを催促する書き込みが、かなりの数になっていた。

 しかも、閲覧数やお気に入り登録数は驚きの数字になっている。

 あたしは嬉しくなり、とりあえず今日の出来事を小説風にまとめることにした。

 咲日と仲良くなったあたし──「メイカ」は、登場させないわけにはいかないだろう。

 そうなると女子率が高くなってしまうので、前の席の浜西も「テッペイ」で登場させよう。

 一番の理由は名前が男っぽいということ。

 それに三浦くんとはよく一緒に行動しているし、咲日のことが気になるようだし、お笑い系っぽい印象なので、ムードメーカーにちょうどいい。

 授業が終わり、咲日と一緒に帰ったところまでを書いて改めて思う。


 本当に何が起きているんだろう?


 初めこそ恐怖心が大きかったものの、今はすっかり好奇心が勝っている。

 そこにきて、ふとイタズラ心が頭をもたげた。

 もし、あり得ない展開を小説に書いたら、どうなるのだろう?

 たとえば……そう、三浦くんと一緒にお昼──とか。

 展開としてはこうだろう。

 まず咲日とあたしが、一緒にお弁当を食べている。

 すると、テッペイが、咲日に近づきたい一心で、リョウをだしに使って、「2・2で一緒に食べよう」とか言い出す。

 よし、無理はない。

 咲日とリョウが、本人達の意志とは関係なく近づくというのは、いかにも恋愛小説らしい展開だし、テッペイのキャラも生かせるし──。

 あ、そうだ! その時にリョウが、あたし──じゃなかったメイカのお弁当を褒めることにしよう。

 咲日はその様子を見て、リョウがメイカに気があると勘違いしてしまうわけだ。

 それで、ひとのいい咲日は、リョウとメイカがいい雰囲気になるように、あれこれ手を尽くすようになる。

 そして、ある時ふと気づくのだ。自分の本当の気持ちに……。

 うんうん、いいかも! どんどん恋愛小説らしくなっていく!


 お弁当の場面まで書いたところで一息つく。

 もうすぐ0時──。

 時間も時間なので、ここまでにしよう。

 小説を投稿したところで、あたしのイタズラ心が再び騒ぎ出した。

 もし明日、お弁当を持っていかなかったらどうなるだろう?

 仮に三浦くんと一緒にお昼を食べられたとしても、あたしのお弁当を褒める場面が実現できなくなる。

 しかも、それはかなり重要なシーンなので、なくなれば現実と小説で矛盾が生じることになる。

 ちょっと惜しい気はするけど──。

 どうせ三浦くんとあたしじゃ、釣り合わないしね。

 よし決めた!

 お弁当を作らなくてもいいのだから、明日は久しぶりにノンビリ寝ていられる。

 いつもより遅めに目覚ましをセットして、布団に入ったあたしであった。


 それなのに──。


「お姉ちゃん起きて!」

 目覚ましが鳴る前に、あたしは千萌に叩き起こされた。

 天井からの白い光に目を細めつつ、目覚ましに視線を向ける。

 メガネがなくても、目を細めればアナログ時計の文字盤くらい読める視力はあるのだが──。

「んー?」

 思わず眉根を寄せ首をかしげると、怠い体をなんとか起こし、目覚ましに手を伸ばす。

 それを顔の前に引き寄せ、目を擦って二度見して──。

「4時ぃっ?!」

 思わず叫んでしまった。

「ちょっと──」

 文句の1つも言ってやろうと思ったのだが、千萌の顔を見た瞬間、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。

「どうしたの?!」

 泣きはらしたようで、美少女が台無しなくらいぐしゃぐしゃだったのだ。

「お母さんが、お母さんがぁ──」

 そう言って再び泣き出した。

 全身を冷たいモノが駆け巡り、あたしはベッドから飛び出した。

 何も考えず飛び込んだのはキッチンだった。

 しかし、そこに母の姿はなかった。

 洗面所や玄関、外まで見てから、ようやく母の寝室にたどり着いた。

 ドアを開けた瞬間、もっと静にするべきだったと後悔する。

 母は布団の中にいた。

「芽花──ゴホッ、ゴホッ」

 顔だけをこちらにむけ、か細く発せられたあたしの名前は、咳に埋もれてしまった。

 どうやら、母は体調を崩したようだった。

 頭と喉が痛いが、それ以上に咳とクシャミ、あと鼻水が辛いらしい。

 熱を計ってみると、それほど高くはなく単なる風邪のようなので、ホッと一安心──。

 とりあえず薬を飲ませ、絞ったタオルを頭にのせて様子を見ることにする。

 まったく、千萌ときたら大袈裟な……。

 ──と、思っていたら、

「ゴホッ、ゴホッ、千萌のお弁当、ゴホッ、お願い……」

 そっか、今日は写生大会か……。

 それは確かに、千萌にとっては一大事だ。

 あたしはため息をつくと、普段着に着替えメガネとエプロンを掛ける。

 おかずのリストを見せてもらって愕然となる。

 どれだけ持っていくつもりなのぉ?!

 4時に起きた理由がわかった気がする。

 しかし、あたしは母のように手際がよくないので、これだけの種類を、しかも教えながらというのは絶対無理だ。

 種類を減らすか、分担作業をするか。

 リストは彼氏に聞いたものらしく、どうしても減らしたくないというので、仕方なく後者でいくことにする。

 そうなると、これだけ時間があっても、呑気にはしていられない。

 途端にキッチンは戦場と化した。

 とにかく失敗は許されないので、味付けと、少し技術の要る焼き系はあたしが担当した。

 切ったり混ぜたりや、蒸したり茹でたりなどは、ちょっと口で説明するだけで簡単にやってのけるあたり、さすが千萌だ。

 あとの方になると、果物や野菜の飾り切りなどは、自分で本を見ながらやってしまっていた。

 あたしですらやったことがなかったので、それにはさすがに軽くショックを覚えた。

 何はともあれ──。

 最後に得意の卵焼きを仕上げ、ようやくホッと一息。

「お姉ちゃん、ありがとう!」

 千萌の心底嬉しそうな感謝の言葉が、なんだか照れくさくて、

「あとはつめるだけだし、自分でできるでしょ。あたしそろそろ着替えないといけないし」

 ぶっきらぼうに言いながらエプロンを外すと、元気のいい「うん」を背中で聞きながら、足早にキッチンから出た。

 部屋の前に来ると、目覚ましが鳴っていることに気づいた。

 遅めにセットしていたので、もうそれなりの時間だ。

 朝食は──いいかな。作りながら味見でちょこちょこ摘まんでいたし……。

 その分、少しノンビリめに身支度をしてから、母の部屋を覗くと、薬が効いたのか静かな寝息を立てていた。

 そっとドアを閉めてキッチンに戻った。

「あ、お姉ちゃんの分も、お弁当つめておいたから」

「へ?」

 見ると、テーブルの上にはお弁当が3つあった。

 千萌と千萌の彼氏の分のほかに、あたしがいつも学校に持って行っているお弁当箱にも、2人で作ったおかずがつめられていた。

 様々な色と形のピックを上手に使い、少し子供っぽいが、見ているだけで楽しくなるお弁当に、思わず目を奪われてしまった。

 さすが千萌、センスは抜群だ。

 唐揚げとか、卵焼きにまでピックが刺してあり、あまり意味がないような──いやいや、こういう考えがダメなのだろう。

 たぶん、あたしがつめていたら、もっと地味になっていたはずだ。

 ──じゃなくて!

 今日はお弁当を持っていくつもりはなかったというのに──。

 その瞬間、ある考えが脳裏に浮かび、サーッと顔から血の気が引いていく。

 千萌のちょっと得意気な顔を見ると、「お弁当は持っていかない」とは、さすがに言えない。

 つまりこれは、お弁当を持って行かざる得ない状況になったわけで──。

 そうなるように、なにか力のようなモノが働いた?

 強制力──とでもいうのだろうか、そういう現実を小説の通りにしようとするような得体の知れない力……。

 まさか、母が体調を崩したのも、その強制力のせい?

 いやいやいや──。

 あたしはその考えを吹き飛ばすように、頭を思い切りぶんぶんと振った。

「お姉ちゃん?」

 千萌に不思議そうな目を向けられた。

「あ、ううん、なんでもないなんでもない」

 あたしはむりやり笑顔を作ってみせると、「ありがと」と言ってお弁当の蓋を閉め、ランチクロスで包んだのであった。

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