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美少女が死にたくない理由  作者: 藍木 青
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転校

 違和感は教室に入った瞬間から感じていた。

 なんだかいつもと空気が違う。

 首をかしげながら自分の席に向かったあたしは、すぐにその正体を知ることとなった。

 机がある。

 昨日まで何もなかった、あたしの席の左隣に。

 いろいろな意味で、背筋を冷たいモノが伝う。

 もし気軽に話のできる友達がいたなら、それをネタにした雑談で盛り上がれたかもしれない。

 しかし、人見知りのあたしに、そんな人がいるわけもなく──。

 できることといったら、雑談に聞き耳を傾けることくらいだった。

 そうやって得られた情報は、予想通りの「転校生」。

 夢を見ているのではないかと疑いもしたが、そうではないようだ。

 学園モノの恋愛小説に、転校生は定番中の定番だ。

 タイミングがタイミングだっただけに、少し驚いてしまったが、こういう偶然があっても不思議ではない。


 そう、自分を納得させたのだが──。


 先生に連れられて彼女が教室に入ってきた瞬間、あたしは軽い目眩におそわれた。

 それは、あの美少女だった。

 しかも、先生が黒板に書いたのは──。


 「友坂(ともさか)咲日(えみか)


 うわぁ、なにこれ?!

 ──こわいこわいこわい!

 あたしの小説が、現実になってしまった!

 いや、逆? この未来を無意識に予知していて、それを小説に出してしまった?

 どちらにしても、これだけ小説と現実が一致してしまっては、偶然では済ますわけにはいかない。

 恋愛小説も、丸ごとそのまま現実になればオカルトでしかない。

 もちろん三浦くんが咲日のことを任されるのも小説通り。

 ただ──。

 あたしの前の席に座る浜西(はまにし)哲平(てつぺい)が、

「いいなぁ遼、抜け駆けすんじゃねーぞ」

 三浦くんに茶々を入れ、女子から非難の目を向けられたことと──。

「よろしくね」

 満面の笑みで挨拶をされ、あたしも簡単な自己紹介をしたことは、小説とは違っていた。

 ──当然だろう、浜西もあたしも小説には登場していないのだから。




 咲日は、あたしが想像したとおりの美少女だった。

 美しくも人なつっこい魅力的な笑顔で、男女問わず彼女の周りには人が集まる。

 そんな中で、独りでいるあたしを気遣ってか、ことある毎に話しを振ってくれるのだ。

「いつもあんなだから、放っておいたら」

「関わらない方が良いって」

 小声にする意味もないほどハッキリここまで聞こえてくる陰口のような忠告も、咲日はおかまいなしだった。

 友達など必要ない、会話なんて面倒くさい、本を読んでいた方が遙かに楽だと思っていたあたしが、気がつくと、ほんの少しではあったが雑談に加わってしまっていた。

 いつも勝手に耳に入るだけの雑音を、楽しいと感じるなど、なんともいえない不思議な感覚だった。

 本当に夢ではないのかと、何度も疑ってしまうほどに、その時間は充実していた。


 しかし、皮肉にも玲奈帝国の下っ端連中が行動を開始したことで、ようやく現実なのだと実感することができた。

 それは体育の授業のことだった。

 体育は隣のクラスとの合同で男女に別れる。

 今日は、男子は校庭でサッカー、女子は体育館でバレーボールだったのだが──。

 おそらく、男子──いや、三浦くんの目がないタイミングを狙ったのだろう。

 誰かがいつの間にか咲日に、授業の場所が校庭だと嘘を教えていたようだった。

 あたしが気づいたから良かったものの、勝手のわからない転校生に平気でそういうコトをする神経に無性に腹が立った。

 ところが当の咲日は気にする様子もなくニコニコとするばかり。

 悔しくないのかと訊ねると、

「どうして?」

「いや、『どうして』って──」

「悔しいのは、イタズラに失敗した彼女──彼女達? でしょう? みごと回避できた私は、逆に『してやったり』じゃない?」

 そう言いながらも、あざける──というよりは、純粋に勝ち負けを楽しんでいる様子だった。

 なるほど、そういう考えもできるわけか。

 思わず感心し、すっかり毒気を抜かれてしまった。

「それもこれも坂本さんのおかげ。ありがとね」

 その笑顔の、なんと純粋で美しく魅力的なことか──って、やばいやばい!

 慌てて頭を振る。

 あたしにそんな趣味はない。

「ねえ、芽花──って、呼んでいい?」

 不意に、咲日にそんなことを言われ、

「え?」

 あたしは思わず立ち止まってしまった。

 嫌──とかそういうことではない。

 母を除いては、そんな呼び方をしようとした人がいなかったので、驚いてしまったのだ。

「私も咲日──って呼んでもらいたいし」

 心の中ではもう呼んでいるんだけど──とは口に出さない。

「……うん」

 照れくささをこらえつつ、あたしはコクンと頷いた。

「あーっ! 時間だいじょうぶ?!」

 咲日のそれが少し大袈裟に感じたのは、あたしの気のせいだろうか?

 確かに、他の人の姿はもうないが、体育館はすぐそこだし、このペースなら余裕で間に合うことは経験からわかっていた。

 しかし、あたしは咲日を立てることにした。

「ちょっと急ごうか」

「だよね、せっかくイタズラを回避したのに、意味なくなっちゃうよね!」


 もちろん、あたし達が遅刻をすることはなかった。

 玲奈帝国の下っ端連中の不満そうな顔が、逆にあたしの気持ちをスッとさせた。

 だが、この程度で諦めるような連中ではない。

 今日はバレーの試合をすることになっていた。

 チーム分けは前の体育の時にしてあったので、今回が初参加の咲日は自動的に人数の少ないチームになった。

 しかし、そこは玲奈こそはいないものの、玲奈帝国の下っ端ばかりが集まる最悪のチームだった。

 つまりは、ハイエナの群れに子ウサギを放り込むようなものだ。

 ──咲日が心配でならない。

 案の定、試合が始まると、1人が先生の視界を妨げるように移動し、残りで足をかけたり、手で押したり、服を引っ張ったりと、違うところではチームワークが万全だった。

 その卑劣な行為に、初めこそ奥歯を噛みしめていたあたしだったが、それらを器用かつ可憐に躱していく咲日に、いつしかテンションが上がり、気がつくと得点に関係のない場面でも歓声を上げてしまっていた。

 そんなあたしに、奇異の目が向けられなかったのは、歓声があたしだけではなかったからに他ならない。

 死角を作られていた先生だけは、その度に不思議そうな顔をこちらに向けていたが……。

 試合が終わる頃には、束になっても咲日にかなわないと学習したようで、玲奈帝国の下っ端連中はすっかり大人しくなっていた。


 かくして──。

 咲日の運動神経の良さは、女子の誰もが認めることとなった。

 さらに──。

 その後の授業では、咲日の頭の良さを、クラス全員が認めることとなった。

 運動神経抜群、頭脳明晰。

 おまけに美人で性格も良い。

 その万能ぶりときたら、玲奈ですら霞んで見えるほど──。

 まさに咲日は、あたしの小説に登場する通りの咲日だった。

 そうなると、考えている小説の展開のように、玲奈の支配を終わらせることになるのだろうか?

 そして、ゆくゆくは三浦くんと付き合うことになる……。

 いやいや、こんなあたしなんかが、咲日と三浦くんとの関係に気持ちを揺らすこと自体、おこがましいというものだ。

 とにかく──。

 その日のお昼は、お弁当攻撃がなかった。

 近くに咲日がいたから──ということは容易に想像できた。

 もしかしたら、咲日はあたしを助けるために現れた救世主なのかもしれない。

 ──そんなことをふと考えてしまう、あたしであった。

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