冬の王女さま
むかしむかしのお話しです。
あるところに、季節の無い国がありました。
その国には、春・夏・秋・冬の季節に愛された、四人の美しい王女さまがいました。
そこで、王様は季節に愛された四人の王女さまのためにと、国の中心に、世界で一番大きな搭を一つ建てました。
そして、その搭に決められた期間、王女さま達に住んでもらいました。そうする事で季節の無い国に季節を作ったのです。
春の王女さまさまは、花ような微笑みと愛らしい歌声で、民のこころを癒しました。
夏の王女さまは、太陽のような笑顔とスポーツの才で、民に元気を与えました。
秋の王女さまは、沢山の本を読み、得た知識を惜しむ事無く民に教えました。
ですが、冬の王女さまは、三人の素敵な女王さまに比べて、秀でた才がなく、民に何もできない自分に自信が持てないでいました。
そんなある年の事です。
その年も、春・夏・秋の王女さまがこの国に季節と恵みを与え、冬の王女さまの順番がやって来ました。
「あぁ、今年も私の季節がやって来てしまった。民を凍えさせる冬の季節が。」
この頃、冬の王女さまは、自分自身だけでは無く、冬の季節の事も嫌になってしまっていました。
春には、冷たい雪ではなく、暖かな日差しが降り注ぎ、沢山の命が芽吹きます。
夏には、凍りつく大地ではなく、青々とした木々が繁り、沢山の民が行き交います。
秋には、作物が沢山実り、民が恵みに感謝をささげ、食卓を囲みます。
それなのに、冬は冷たい風が吹き付け、作物を枯らし、民を飢えさせます。
冬の王女さまは、冬と自分自信を重ね合わせて悲しくなりました。
そんな冬の王女さまの心の内に一番に気がついたのは、誰よりも一緒にいる時間の長い冬でした。
冬は冬の王女さまに元気を出して貰おうと、白くふわふわとした雪を降らせたり、空を真っ青な冬の空にました。ですが、冬の王女さまはうつむいてばかりで、窓の外を見ていません。冬は悲しくなり冬の王女さまのそばからそっと離れました。
冬がそばにいないことに冬の王女さまはすぐに気がつきました。
いつも一緒にいた冬がいなくなってしまった事は、冬の王女さまにとってそれまでの悲しいとは比べ物になりません。冬の王女さまは悲しみに暮れて搭から一歩も出られなくなってしまいました。
皆が冬の王女さまが搭から出られなくなったことに気付いたのは、冬の王女さまと春の王女さまが搭の順番を変わるときでした。
春の王女さまが搭の扉を叩きます。
―トントントンー
「冬の王女、ごきげんよう♪」
ですが、冬の王女さまからは、返事がありません。
「あらあら、お寝坊さんね♪」
春の王女さまは、冬の王女さまが、まだ寝ているのだと思いました。そこで、元気いっぱいの夏の王女さまを呼んで来ました。
夏の王女さまは、搭の前で冬の王女さまに声をかけます。
「オーイ!冬の王女ー‼もうとっくに日は明けてるぞー!」
その声は、空を飛ぶ鳥をも驚かせるほど大きな物でしたが、冬の王女さまは出てきません。どうやら、ただ事ではないようです。
「冬の王女がここまで出てこないのはおかしいな、何か大変な事でもあったのか?」
心配になった、春の王女と夏の王女さまは、賢い秋の王女さまに助けを求めました。
秋の王女さまは、扉の前で静に語りかけました。
「冬の王女、どうして出て来ないのですか、皆心配しています。せめて声を聞かせて下さい。」
すると、微かに空気を震わせて、冬の王女さまの声が聞こえて来ました。
「申し訳ありません。秋のお姉さま。実は、私は冬に愛想を尽かされたのです。私がお姉さま方や他の季節を羨み、冬の事をないがしろにしてしまったからっ…!」
「まぁ!何て事なの…‼」
春の王女さまは息を呑みます。
扉の向こうから冬の王女さまのすすり泣く声が聞こえてきます。
「あぁ、お姉さま、私はどうしたら良いのでしょう。このままでは民が飢えてしまう…。でも、冬からも愛想を尽かされてしまった私には、春のお姉さまに棟を譲る事も、この棟から出る事すらできないのです…。」
春の王女さまと夏の王女さまが口々に労りの言葉をかけるなか、それまでただ黙って聞いていた秋の王女さまが口を開きました。
「…そうね。確かにこのままでは民が飢えてしまいます。冬の王女、あなたは冬を蔑ろにしたと言いました。そして、私たちの事を羨んだとも。ですが、私の記憶している冬の王女はこの国の誰よりも冬を大切にしていました。私が秋を大切にしているように。」
春の王女さまも夏の王女さまも静かに見守ります。
秋の王女さまはチラリと外の雪景色を見てから続けます。
「冬の王女。あなたは、冬の事を嫌いになったのですか?」
「…いえ、嫌いではありません。」
そうです。冬の王女さまはけして冬の事が嫌いになった訳ではなかったのです。
真っ白でふわふわとした雪に包まれながら、植物がすやすやと休み、動物達はふわふわの毛皮に包まれる。
透き通る氷の泉や、つららがきらきらと輝き、雪だるまが背比べをする。
何より、どの季節より人の温もり、火の温かい光が美しい冬が大好きでした。
ですが、冬の王女さまには、春・夏・秋の王女さまの姿がとても輝いてみえました。そして、素敵な王女さま達の愛する季節達もきらきらと輝いてみえたのです。
きらきら輝く姿を見ている内に、とても素敵だと思っていた大好きな冬が自分自身がとてもみすぼらしい物のように見えました。
「ならば、する事は簡単ですよ。」
秋の王女は、いつもと変わらず淡々といいます。
「冬と仲直りをすればいいのです。」
「えっ…?」
「おいおい、ちょっと待てよ。冬の王女は別に冬と喧嘩したわけじゃ無いんだろ?」
「喧嘩ですよ。冬の王女。いつまでそのようになよなよとして、自分に自信の無いままでいるのですか?」
冬の王女さまはおそるおそる尋ねます。
「ですが秋のお姉さま、冬は私の声に耳を傾けて下さるのでしょうか?」
「さぁ、それはしりません。」
秋の王女さまはそこまで甘えさせませんが、春の王女が続けます。
「大丈夫よ、冬の王女!あなたの声はきっと冬に届くわ!だって冬はあなたを待っているじゃない!」
春の王女の声が冬の王女の心に届きます。
「あぁ、それにそこで小さくなって下を向いてるだけでは何も見えないだろ?窓の外を見てみなよ!」
夏の王女の声が冬の王女の背中を押します。
冬の王女さまは、はっとして窓の外を見ました。
そこには沢山の民が棟を見上げていました。皆冬の王女さまの事をとても心配していたのです。そして、空は真っ青な冬の空のままで、家も木々も雪化粧のままでした。冬は冬の王女さまのそばを離れただけでまだ国の中から王女さまが立ち直るのを待っていたのです。
(大切な冬が私を待っていてくれた。)
そう思うと冬の王女さまは胸いっぱいに温かい気持ちが広がりました。
冬の王女さまは深く息を吸い込むと、夏の王女に負けないくらい大きな声で言いました。
「皆さんごめんなさい!そして、ありがとう!私が立ち直るを待っていてくださって!」
冬の王女さまの最後の涙を冬の風が優しく拭います。
「私はやっぱり冬が一番大好きです!暖かな春も、力強い夏も、実り多き秋も好きですが、一番大好きなのは優しい冬なのです!私は冬を愛しています!」
冬の王女さまの澄んだ声は国の外まで溢れます。こんなに大きな声を出したのも、冬に大好きの気持ちを伝えるのもひどく久し振りの事でした。冬の王女さまの胸はどきどきと高鳴ります。
―ぱち、ぱち―
誰からともなく拍手がなり始めます。そして、しだいに音は大きくなり、民から笑顔が溢れます。ですが、冬の王女さまの顔は不安なままです。
すると、どこからかふわりと雪が舞ってきます。
「あら?皆さん見て!お日さまの下に雪が降っているわ!」
春の王女さまの跳ねるような声で皆が空を仰ぎます。冬の太陽の光が雪にあたってきらきらとかがやいています。暖かな気持ちが国をふんわりと包みます。冬が微笑んでいるのです。
冬の王女さまは冬がそばにいることを肌で感じ笑顔になりました。そして、すぅっと小さく息を吸い込むと棟の重たい扉を押しました。
「お姉さま方。遅くなってしまい申し訳ありません。」
冬の王女さまは深く頭を下げました。
「おいおい、謝るなよ!冬の王女!」
「ふふふ、冬の王女はお寝坊さんね♪」
冬の王女さまは頭を上げます。
「冬の王女、すっきりとした良い顔になりましたね。」
「秋のお姉さま、ありがとうございます。私はいつもお姉さま方にご迷惑をかけてばかりですね。」
「なにを言っているのですか。冬の王女、あなたは私達の妹です。妹であるあなたが姉である私達を頼る事を迷惑などとは思っていません。」
そう言うと秋の王女さまは優しげな笑みを浮かべました。
さてさて、冬の王女さまの元に冬が帰って来て、春の王女さまの季節がこの国にもやって来ました。
冬の間に雪の下でしっかりと休んでいた植物達は春の日差しに誘われて、我先にと芽吹き始めました。
―チチチチチ
冬の渡り鳥が青い空を飛んでいき、春の渡り鳥がやってきます。
そうです。季節は再び廻り始めたのです。
おわり
最後まで読んでいただきありがとうございます。