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「あれ?本気にしてない?」
「当然です。先輩の噂は聞いてますから」
主に女子絡みのを。
琳音は私の様子に苦笑すると、どこかソワソワした様子の尾崎君とまだ睨んでいるっぽい誠に視線を移す。
「仕方ない、今は引いておくとしよう。で、花ちゃんのお願い通りここに来た理由を話すから、君達の部室へ案内してくれるかな?」
最後の言葉で隣にいる尾崎君と後ろにいる誠の雰囲気が変わる。尾崎君なんて特に。部室に案内しろということは野球部絡みのことだろう。凄く警戒している。
そんな二人の雰囲気なんて気にせず、琳音は私に視線を戻してから何故か私の手を取った。
「花ちゃんだけでもいいんだよ?そうすれば俺もいーっぱい二人っきりでお話、できるからね」
そのお話の中にはいったい何が含まれているのだろうか。背筋が一瞬冷えた。
「オ、オレ達が案内しますっ!」
尾崎君が焦った声で言い、誠は無言で私の手首を掴んで琳音の手から離す。手首を掴んでる手はすごく優しいのに、真顔が怖い。
「ハハッ、じゃ、案内よろしく」
何事もなかったかのように手を下ろし、面白そうに笑う琳音。明らかに琳音は二人をからかって、それに気づいた二人はムッとした顔を琳音に向けている。尾崎君のあんな顔、珍しい。
ギクシャクした空気のまま四人で部室へ向かい、着いた頃にやっと誠の表情もいつも通りに戻っていた。さっきまでは表情から何の感情も見えなくて怖かった。
部室の中に入って私はソファの定位置に座る。尾崎君も私の机を挟んだ向かいのいつも座る場所に座った。いつもと違ったのは誠。普段は尾崎君の隣に座る誠が、今日は私の隣に座った。ソファは三人がけだから私の隣に座ることもできたのかもしれないが、誠が二人分を占拠して座っているので、必然的に琳音が座ったのは尾崎くんの隣、私から一番遠い場所だった。
「二人とも、俺を警戒しすぎでしょ」
二人が警戒するのは多分、二人の様子に悲しんだ様子も見せず逆に楽しそうなあなたのせいだと思います。
「琳音先輩、早く話してください」
いつになっても話が始まらなさそうだったので、私から切り出す。すると琳音は苦笑し、向かいに座る誠に視線を向けた。
「とりあえず初対面なんだから自己紹介させて。俺は三年の赤原琳音。ネコくんの名前は?」
「ネコ……?」
誠と尾崎君が琳音とは初対面だったことに驚くとともに、琳音が誠を呼ぶのに使った言葉にも驚いた。何故ネコ?呼ばれた本人である誠も驚いたのか訝しげに琳音を見ている。琳音の隣では尾崎君が微妙な顔をしながら少し頷いていた。
「だってそうでしょ?そのネコ口に、俺に対しては威嚇しっぱなしな感じはネコそっくり。だからネコくん」
言われてみれば誠はネコっぽい。自由気ままだし、尾崎君と話している時はネコが飼い主にじゃれているようだ。尾崎君と同じように私も小さく頷くと、途端に誠は頬を膨らます。
「僕には天野誠って名前があります〜」
それだけ言って私の方にぷいっと顔を背けてしまう誠は確かにネコで、それを見ている琳音は楽しそうだった。誠はまだ拗ねているがそのままにして、琳音は隣に座る尾崎君へと視線を移す。
「君は?」
「オレは一年の尾崎夕夜です」
「よろしく、後輩くん」
「はい」
当たり障りのない挨拶をする二人に、誠は膨らませた頬を尚更大きくした。これは当分機嫌が直らないかもしれない。
「さて、お互い名前も分かったところで本題に入ろうか。もう分かってると思うけど、俺が話に来たのは野球部のこと」
やっぱり。尾崎君は姿勢を正し、誠は顔は背けたまま視線だけ琳音を向く。
「そんなに緊張しなくていいよ。俺は君達のお手伝いをしに来ただけだから」
尾崎君の目は点に、誠は頬にためていた空気を思わず出してしまったようだ。二人とも驚いているのがよく分かる。そんな二人を見て琳音は変わらず楽しそうに笑っていた。
私ももちろん驚いたし、野球部とは何の関係もなさそうな琳音が、何故手伝うなんて言ったのか気になる。
私達三人は、琳音が話す野球部を手伝う理由を聞くことに集中した。




