32
「今部員はオレ、誠、先輩の三人です。でも、四人いないとダメなんです。部員を四人集めることが先生方からの一つ目の条件なんです」
「一つ目?」
「はい、一つ目です」
「センパイ、勝手なお願いだけど、まだ二つ目は聞かないでくれる?」
二つ目の条件を聞こうとした私を、誠が真面目な表情で止めてきた。
「先輩、オレからもお願いです。まだ聞かないでください。今先輩が知って、もし入部を取り消されてしまったら、少しでも大きくなかった希望の光が、また小さくなってしまうんです」
尾崎君もそれに続く。こんな真面目な二人の様子を見て、聞ける人なんてそうそういないだろう。誠は眉間に少し皺がよってて苦悩してるのが分かるし、尾崎君は笑ってはいるけど辛そうだ。
「分かった、まだ聞かない」
不安は残るけど、二人を信じようと思う。
「ありがと、センパイっ」
「ありがとうございます」
そこで野球部に関しての話は終わりになった。元部員の方たちの交渉などは、明日から決めていくことにする。私は尾崎君から入部届けを受け取り、明日書いて提出することを約束した。
「じゃあ解散ということで……」
「夕ちゃん、まだ部室使ってて大丈夫だよね?」
「あ、あぁ。大丈夫だけど、なんかあるのか?」
解散を言おうとした尾崎君を、誠が止める。そして私の方を見ると、ニコッと笑った。
「本当は今日、センパイとお話することがあったんだ〜。まだ下校時刻まではあるし、部室使ってもいい?」
「そう言えばそんなこと言ってたな……。すっかり忘れてた。すみません、先輩」
「い、いいよ!気にしないで!私も忘れてたから……」
本当に忘れてた。
「誠、帰りは戸締りちゃんとしてくれよ。先輩、話を聞いてくれてありがとうございました。また明日」
「うん、また明日ね!」
尾崎君はすっきりした顔で部室をあとにした。
「さ、センパイ!座り直して座り直して〜。ボク、お茶入れ直してくるね!」
私は二人分のカップを持ってポットへと向かっていく誠の背中を見ながら、ソファーに座り直す。
「はいっ」
「ありがと〜」
私と自分の前に新しく入れたお茶を置くと、誠は向かいに座る。
「それでセンパイは、ボクに何を聞いて欲しいの?」
「えっと……」
私は最近の悟、是澤に関して、あとは彩に聞いた話を自分の意見を添えて話してみた。
何故かだんだん笑顔が怖くなっていく誠に話すのは怖かったけれど、なんとか話しきった。
「そ、それで……、彩以外の意見も聞きたいなー……、と」
「ふーん……」
誠、笑顔が怖いよ。
「センパイは好きな人いないんだよね?」
「うん、いないよ」
私の返事に誠の顔が怖くなくなる。
「なら、ほっといていいんじゃない?」
「……へ?」
思いもしなかった誠の返事に、間抜けな声が出てしまう。ほ、ほっとく?
「気にしなければいいんだよ」
「気にしない……?」
「うん」
誠は当然、という顔で言う。
「先輩達がどう思ってようと、花ちゃんセンパイに直接何かしない限りはほっとけばいいんだよ。むしろ今のところ害にしかなってないね」
彩の予想通りなら恋愛感情であろう2人の感情を害と言うとは……。
「真壁センパイの言ったとおりにすれば、聞かれた側は安心するかもだけど、もう1人の方は焦ってとんでもないことするかもしれないよね?」
「あっ……!」
「でしょ?」
そうだ、その可能性があった。それにもし悟に聞いて、悟の態度が変わると今以上に峰川に睨まれる可能性がある。私の心の平穏のためにもそれは絶対に避けたい。
「言っちゃえば、センパイは今まで通り過ごせばいいんだよ」
「そっか、そうだよね……。気にしなければいいんだ……。ありがとう、誠!」
「センパイの力になれたならボクも嬉しいよ〜」
本当に誠に相談して良かった。今私が何か行動しても、きっと悪い方にしか傾かない。だったら動かないのが一番だ。
「さ、センパイ、お話も終わったし、そろそろ帰ろ!」
「そうだね!明日から野球部の活動も始まるし」
「そうそう、明日からがんばろー!」
「おー!」
私はすっきりした気分で帰宅した。




