9/5(月) カシュカシュ
昼休み。隣にあるD組の教室に入ろうとすると、ちょうど綿美が出てくるところだった。
「あ、綿美。ちょうどいいところに。お昼一緒に食べよー」
「ああ? まぁいいけど、どうしたんだ急に」
「良いもの持ってきたから一緒に食べようと思って。洋菓子だよ」
「マジで? やった。ほんとにいいの?」
「もちろん。って、今から購買?」
「ああ。ちょっと行ってくるわ」
「僕も行くよ。飲み物買わないと」
綿美が購買でおかずパンを買っている間に、僕は自販機で微糖の缶コーヒーを買った。ミルクティー派の僕だが、甘いものを食べるのでこれくらいの甘さで良いだろうと考えたのだ。はっきり言っておくが、ブラックコーヒーは飲めない。C組の教室前に戻ると、綿美はD組の教室に水筒を取りにいった。彼はお茶を持参する派の人だ。そういえば彼が自販機を使っているところをあまり見たことがないな。糖分の過剰摂取を避けているのだろうか。
して、三人が揃ったところで僕の机と前の空いている机をくっつける。カシュカシュは僕の分として四分の一くらいに切って紙皿に乗せる。波瀬さんと綿美はお弁当を食べ終わってから食後のデザートとして食べるので、残りは置いてある。
「波瀬さんと話すのはこれが初めてだな、多分。俺は綿美傭麻だ」
「私は波瀬美唯。確かに話したことないかも。ってゆーか、綿美くんは神海くんと仲良かったんだね。私、神海くんには友だちいないのかと思ってた」
「うわ、そゆこと言うんだ。波瀬さん怖えー」
「え、だってだって、神海くんいつも一人だし、誰かと話してるとこあんまり見ないし……」
綿美の言葉に、波瀬さんは慌てて早口にそんなことを言う。そんなに気を遣わなくても、僕はまったく気にしていないのだけど。それよりも、申し訳なさそうに眉尻を下げている波瀬さんがかわいい。
「まぁでも実際、波瀬さんの認識はそんなに間違ってないよ。この学校では綿美だけかな。友だちと言える存在っていうのは。あ、あと南閖と」
「南閖って、E組の留萌さん?」
「うん。そういえば最近は話してないんだよね。忙しいのかな?」
「……綿美くん。後で訊きたいことがあるんだけど」
波瀬さんはいつもより少しだけ低い声でそんなことを言う。どうしたんだろう。
「ん? お、おう」
綿美はなんだか少し怯えているように見える。気のせいかな。
「神海くん。良いもの食べてるじゃない」
ちょんちょんと肩を叩かれ、後ろから声がかかる。鬼島さんだ。話し声が聞こえていたので、そこにいるのは分かっていたから、然程驚かずに済んだ。
「鬼島さんも食べる?他の人もどうぞ」
カシュカシュと紙皿を渡す。鬼島さんを含めても三人だから、あと二人分くらいは余裕で余るだろう。
「遠慮なくいただくよ」
「いいの? ありがとー!」
「やったー! 神海くんセンキュー」
「うん。遠慮しなくていいよー」
戻ってきたカシュカシュはまだ半分くらい残っている。思ったより取らなかったらしい。遠慮したのかな。
「神海くんはほんとにそれだけでいいの?」
「うーん。そのつもりだったんだけど、なんだかお肉が食べたくなってきちゃった。やっぱり甘いものだけじゃ物足りないかも」
僕は照れ隠しをするように思わず苦笑した。
「私のミートボールあげるよー」
「わ、ありがと波瀬さん」
「おっ、リア充の『あ〜ん』が見れるよみんな」
鬼島さんと一緒にお昼を食べている早月さんが茶化してくる。それに便乗したのは今新さんだ。
「よっ! アツいねお二人さん」
「耳聡いよ、早月さん。今新さんも乗らないで」
「そんなこと言って〜」
「満更でもないくせに〜」
この二人、似た者同士だな。類は友を呼ぶとはこのことか。それにしても、二人がそんなことを言うから、心なしか教室中の注目を集めてしまった気がする。やめてくれ。波瀬さんは唯でさえ注目されるというのに。
「ど、どうしよ?」
波瀬さんはちょっと困っているようだ。どこかそわそわしているようにも見える。僕は気にしなくていいと思うんだけど。
「いや、自分で食べるよ」
僕はカシュカシュを食べるのに使っていたプラスチックのフォークでミートボールを取り、口に放り込んだ。
「あぁ、やっぱりお肉おいしい」
「神海くん、それはないよー」
「待って、早月さん。そんな野次馬根性みたいなの要らないからね」
「そうよ二人とも。そういうの、あまり良くないわ」
見兼ねたのか、鬼島さんが助け舟を出してくれた。
「はぁーい……」
「ごめーん」
同時に、集まっていた視線も散っていく。ありがたい。
「鬼島さん、ありがとね」
「いいのよ」
「……あーんってしたかったな」
ぽつりと呟いた波瀬さんの言葉は、聞こえなかったことにした。だけど、そうだな。二人でいる時にしてもらうのは良いかもしれない。