6話 世界の事情、神の事情
「--えっとつまり、魔王がどういう見た目や能力なのかは相変わらずわからないんだな……?」
俺は一通り説明を聞き終えると、肝心なところをもう一度聞き直した。
「は、はい……ただ、メs……女だということしか」
テレシャは柄にもなく申し訳なさそうに方答える。
相変わらず、というのは、こいつは前回の、300年前に現れた魔王の時も姿形を把握できていなかったからだ。女神なのにわからないことがあるのかと疑問に思われるかもしれないが、そこら辺は詰問しまくってどうにか納得した。一時間や二時間ではなく、テレシャが本当に泣きだすまで詰問したからな。
で、わからない理由は、簡単だ。この世界に住まう生物は、女神テレシャにとっては俺たち人から見る蟻のようなものだという話だ。
具体的にいうと、都市育成ゲームをするときに何万人にもなる住人の名前や顔をいちいち把握しないのと同じく、それぞれの世界を司る神たちは基本数字と睨めっこしているので、魔王などのイレギュラーが発生したとしても、それをイレギュラーという物体やイベントとして認識しているので、それほど詳しいことを調べようとはしないということだ。
俺みたいな異世界に召喚される者にとっては、壮大なRPGを手探りで攻略しているみたいなものだが、その異世界を管理する側である神たちは、マニュアルや数字と睨めっこして、世界というプログラムがバグらないように日々あくせくと働いているという構図だ。
神が直接倒しにいけない理由もきちんとある。それは、神は世界に大きな干渉をしてはならないというものだ。魔王が現れても倒せないのはもちろん、戦争をやめさせることもダメだし、たとえ大地震が起ころうとそれを鎮めてはいけない。唯一してもいいのは、生命体がゼロになりそうなときに、存続させるためのヒントをさりげない形で与えることだ。テレシャ曰く、もし世界的なパンデミックが起こり全生命体が死滅しそうな時は、科学者にさりげなーく抗体を発見させる、などらしい。
因みに、テレシャが中間管理職云々と言っていたのは、神の上司である全能神とやらが存在するかららしい。世界が詰め込まれている、俺たち人類の言うところの宇宙を管理しているのが全能神で、テレシャのような神は指示に従って取り敢えず地球やこの異世界のような世界の均衡を保つことだけを心がけているだけなのだ。
話が長くなったが、要はテレシャにとってはゴキブリが現れたから、そのゴキブリを倒せる道具を取り寄せた、その程度の認識らしい。俺やサヤに情がうつるだけ神の中でもまだマシなようだが。
「女、か。まあ、これから殺す相手の性別を気にしても仕方がない。なにせ相手は怪物、モンスターなのだからな」
そう、魔王といえば、人型であったり、何かと知的生命体らしいものだ。だが、それは前のおっさん魔王も一緒。結局は、人間に仇なす”バケモノ”であることに変わりはない。というか、そう割り切るしかなくなったという事情もあるのだが……前回の召喚時には、様々な価値観に触れ、またその相違を見に染みて感じたものだ。
だからという訳ではないが、いざ魔王を討つときには、たとえ人の形をしていようと罪悪感が芽生えることもなかったし、加えて大切な仲間を殺されたのだから、その散っていった想いに報いなければという気持ちもあった。今回もテレシャ曰く”女”である(メスといいかけて言い直していたが)以上、見た目は人かそれに近いものなのだろう。怖気付かないようにしなくては。気を抜いたら最後、殺られるのはこちら側なのだから……
「すみません……今から調べるとなると、一週間はかかるかと……」
「一週間か、サヤをその間放置することになるんだろう? そんなのは流石にごめんだ。お前の力で守られているとはいえ、やはり側について見守りたいからな」
一週間後にまたこの神殿に来させたらいいと考えるかもしれないが、それは不可能な話だ。神様間の規約で、異世界人にはチュートリアルを行った後は干渉しないというものがあるからだ。つまり、一度神の許から離れたら、後は死のうが何をしようが自己責任というわけだ。
魔王を倒さなくては、元の世界に返してもらえない以上、また現代っ子であればサブカル等で身につけた知識による先入観(勇者は魔王を倒すもの、というものから、チートでハーレムうはうは等々まで色々あるだろう)で、必然的に魔王を倒しに向かうという構図になる。実にいやらしいといえばいやらしいシステムだ。
後、異世界人は召喚された時点で、元の世界から一時的に存在が抹消される。俺が前の時に死んでいれば、今ごろサヤの記憶からは俺はいないことになっているということだ。神ってなんでもありなんだなあ……
「そうですか、そうですよね。わかりました、すみませんが、この後はユーキさんとサヤさんのお力でお願いしますね?」
「ああ、任せておけ。前の時もどうにかなったんだしな」
「うふふ、頼もしいですね!」
「けっ……」
こいつの時折見せる笑顔は、どうにも憎めないところがある。俺も歳をとったのか、前はひたすらイライラして首を絞めそうになったものだが。
「それより、300年たったが大きな戦争もなく、物価もそれほど変わっていない。さらに、俺のこともそれほど伝わっていない、それでいいんだな?」
「はい、勇者は魔王が倒された後若くして病死したということになっています。残念ですか?」
「いや、英雄がある日突然消えてしまったのでは、混乱が起きるだろう。それくらいが落とし所だと思うぞ」
先程は、神は大きな干渉をしてはいけないと言ったが、異世界人の存在を書き換えることはよくある話らしい。勇者は魔王を倒した後、一人でこっそりと暮らしました程度に収めるみたいだが。俺も、山奥でひっそりと息絶えたことになっているのかもな。魔王を倒すような、現地人から見たら強大な存在を弄らせるとか、全能神って割と適当なんじゃないかと心配になってくる。
「そう言ってもらえるとありがたいです。こちらも仕事が大変ですので……」
「年増のOLか、お前は……」
「まっ、これでも神の中では若い方なんですよ! ピチピチなんですからっ! ほら、ほら!」
テレシャがずいっと近づいてその大きな胸を押し付けてきた。ええい、柔らか鬱陶しい!
「わ、わかったから! 離れろって!」
「ふ、ふん!」
「ふんじゃねえよ、ふんじゃ……悪かったよ、お姉様」
「お姉様…………許します……」
こんなので許すのかい。
「こほん、戦争などについてですが、魔王が倒された後、各国で早急に平和条約が締結されたため、大した混乱もなく、平和な世界が続いています。神としては楽なので有難いことですね」
「へえ、普通は戦乱の世に様変わり、とかしそうなものだが。確かに、旅先であった王様達は皆聡明な感じがしたな。為政者としては素晴らしいものがある。地球も見習ったらいいのになあ。っと、で、物価も変わっていないと」
「はい、多少のインフレは有りましたが、許容範囲内ですね。人口が回復し食糧需要が増大した上に、条約の締結も相まって武器の需要が低下、技術力が高まったことによる識字率の上昇やサービス業の充実化など、産業構造が変わったことによるものなので、自然な流れです」
「そうか、それならいいんだ」
ステータスに加えて稼いだ金も返してくれると聞いた時は、偉いサービス精神旺盛だなと思ったが。こいつなりの贖罪なのか?
「インフレ分は足しておきましたので」
「おおっ、マジか! それは有難い!」
「これくらいは、です」
そんな話を幾つか続け、最後に。
「……で、肝心のサヤは? あいつのステータスはどうするんだよ」
「あー、それについてですが、私からプレゼントがあります!」
「プレゼント?」
女神テレシャがそう言うと、突如俺の体が光だし、間も無く目の前の景色が真っ白になった。