5話 承諾
「テレシャ、何を言ってるんだ? さ、300年経っただと?」
「はい、そうなのです。ですので、魔王と言っても、ユーキさんが倒された魔王の子孫ということになります」
「えっと、つまりは……あの髭面の強面おっさん魔王とは違うということか?」
「その通りです! ど、どうでしょうか?」
「どうでしょうか、と言われても……魔王は魔王なんだろう? また、険しい戦いを強いられることは間違いないだろうに」
以前に召喚された時は、ゲームと同じくこの世界にも存在するスターテスでいうと、レベル1からのスタートだった。成長チートやら女神の加護やらを貰いはしたが、それでも自らの手で力をつけ、どうにかこうにか魔王を倒したというのが事実だ。
成長チートといっても、よくあるラノベのように、一回戦ったら全てがMAXになるわけでもなかった。経験値を少し多めにもらえたり、勇者特有の強力なスキルを幾つか手に入れることができた程度だ。かといって、仲間が最初から最強で、ヒモになりながらバンバン攻略していったわけでもない。さらにいうと、3年(この世界では1年が360日なので、約1100日程かかった)という月日が流れたことからも、その道のりが決して楽なものではなかったことは察してもらえるだろう。
で、一度全ての記憶を消された俺は、また同じことを繰り返すことになるだろう。そのことを考えただけで、俺はかなり気落ちしたというわけだ。
「あっ、そのことですが!」
「な、なんだよ、テンションおかしいぞお前?」
「まあまあ、久しぶりの再会なんですし? ご安心ください、経験値等は、全て据え置きしておきました!」
「……は?」
「つまり、強くてニューゲームというやつですね! ね、前よりは簡単だとは思いませんか?」
「強くてニューゲーム、だと?」
強くてニューゲーム、経験値やスキルが全て据え置き……? じゃあ、成長チートを残したまま、強さは前魔王を倒した時と変わらないということか……確かに、前よりは楽になるかもしれないが……
「……だが、今回はサヤがいる」
世界を救う条件としてはそれほど悪いものではない。俺としても、一度救った世界を再び混沌に陥れるのは避けたいところだ。だが、サヤという大切な幼馴染が、このような危ないところにおいては置けない存在がある。
「サヤさんは……本当にすみません」
「ああ……正直、今でもイラッとしている。俺はもう半分覚悟ができているが、サヤは全く無関係の、言うなれば赤の他人だろう? 成長チートもなければ、俺みたいにゲームや漫画を好むわけでもない。本当に普通の女の子なんだ」
「ええ、そうでしょう、そうでしょう……」
「だからだなあ……せめて、サヤだけは……現実世界に、地球に返してはもらえないだろうか?」
「……あの、その……」
「あ? はっきり言えやこら?」
俺は途端にしおらしくなり、煮え切らない態度をとる女神テレシャに向かってスキルで圧をかけた。テレシャの言うとおり、ステータスはきちんと魔王討伐直後に戻っているようだ。
「あうっ、そ、それも無理なのです、すみません!」
テレシャは頭を90度に下げそう言った。
「ああっ? なんつったゴラァ!! もういっぺんはっきりと声に出して言ってみろよオラァ!!」
俺はさらに圧をかける。テレシャは女神とは思えないような怯えようだ。俺も少し調子に乗っている部分はあるのだが、これくらいはキレてもいいだろう?
「サヤさんは、地球に、返せません!! すみませんっ!!」
テレシャはついに二度目の土下座を敢行する。頭を絨毯に擦り付け、女性らしからず髪の毛をハゲ散らかさんばかりの勢いだ。
「……くっ」
「……うっ……」
そして、静寂が神殿を支配する。
「…………」
「……ううっ?」
テレシャは頭を少しだけ上げ、俺の様子を伺ってきた。
「……ぜだ……」
「えっ?」
「……なぜ、返せないんだ? 怒らないから、言ってみろ」
俺は圧をかけるのをやめ、テレシャが話しやすいようにする。
「ふ、ふうっ……実は、魔力切れで……何しろこの世界から見れば300年も隔たりがあったものですから、まず探すところからかなり魔力を使ってしまいました。女神といえども、中間管理職ですので、それほど万能ではないのです……ご理解いただけましたでしょうか?」
なんだかリーマンみたいだな。なるほど、言うなれば女神はただの神なのか。もっとすごい神様もいるんだなあ。ま、それは置いといて。
「この世界では、地球の1年が150年に値するのか。初耳だな。じゃあ、前の時に一ヶ月ずれて返されたのも?」
「はい、そういうことですね。あの時もギリギリでした。450年の差を埋めなければならなかったので……」
450年、5400ヶ月、16万4300日。確かにこう考えると、ピンポイントで指定するのはなかなか骨の折れる作業なのかもしれないな。
「ちっ、で、その魔力は今はどうしようもないのか?」
「はい、私たちは道具に頼ることができず、完全に自然回復だけですので」
「はあ、なんということか……」
思わずジジ臭くなってしまう。
「魔力が回復するのには、この世界で何年くらいかかるんだ?」
「一年もあれば、充分かと。150年のずれですし」
ややこしいな、こいつの魔力の回復速度がどれくらいのものなのかはわからないが、待てば待つほど返還するのに必要な魔力が増大するし、かといって早すぎても足りない場合が出てくるのか。1年……1年待てば、取り敢えずサヤは無事に地球に送り返すことができる。こいつの言葉を信じる前提ではあるが。
「本当に本当なのだな? もし嘘であるならば、神様だろうと女だろうと、本気のグーで殴り飛ばすぞ、おい?」
「ほ、ほほ本当です本当です!! だからその拳を開いてですね……!」
「ちっ……」
テレシャは、前に俺を召喚した時も、違う世界の便利な道具扱いはせずになんだかんだ取り合ってくれてはいた。ただ、抜けているところがあるので、信用に値する、とまではいかないが、多少の信頼には値すると考えて結構だろう。どのみち、こいつの匙加減でサヤや俺が帰れるかどうか決まるわけだしな。下手に仲違いをする必要もない。
「……わかった、わかったよ、引き受けようじゃないか」
「えっ?」
「だから、魔王討伐だよ! 仕方ないだろう、ここで待つより、少しでもサヤのそばにいて守ってやりたいからな」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! やった!!」
テレシャはえへへ〜と笑った。
けっ、可愛いところもあるじゃねえか……
「では、詳しい説明に入らせてもらいますね?」
「ああ、早めにな。お前の力で守られているとはいえ、長いことサヤを一人にしておきたくはないからさ」
「うふふっ、にやにや〜」
「あ? 調子にのるなよ? こちらは完全に被害者なんだ。わかってるのか本当に」
「は、はい! ですから、その怖いオーラを出すのはやめてください……ぐすっ」
そしてテレシャは、あれからのこの世界の変わりようや、今回の魔王についてなどを説明しはじめた。