4話 神殿と女神
「あ、あれ?」
固まった、というのは、文字どおりだ。まるで最初から無機物であったかのように、息遣いも聞こえなければ、瞬きもせず、あれだけぷるぷると震えてきた体もピタリと止まってしまっている。
「サヤ……?」
俺は、恐る恐るサヤの体に触れる。するとその瞬間、サヤの体が激しく光り、辺り一面が真っ白になった。俺は眩しさから思わず目を瞑る。
そして--
「お久しぶりですね!」
その声に気がつき、目を開けた時、そこは見覚えのある建物の中だった。
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「ここは……神殿?」
そう、見覚えのある建物とは、映画のセットかと勘違いしそうなほど豪華な神殿のことだ。左右の脇には真白な柱が均等に並んでおり、俺の足元から前方に伸びるカーペットは真っ赤な生地に黄金の刺繍が施されている。
そして視線の先には、玉座といえばしっくりきそうなこれまた見事な椅子が一つ、ポツンと置かれていた。
その椅子に座っているのは……
「お元気でしたか?」
女神、めがみだ。女の神様、この世界を統治するもの。やはり、この世界は昔きたことがある、俺自身の手で救ったところだった。そう確信した瞬間、この世界で経験した様々な出来事の記憶が蘇る。というか、頭の中に記憶が流れ込んでくるような感じだ。
先ほど草原にいた時には曖昧だった記憶も、今では鮮明に思い起こすことができる。
「女神……テレシャ……」
「うふふ、覚えていましたか。まあ、この神殿に来た瞬間記憶を呼び覚ますようにしていましたから、覚えていて当然でしょうけどね」
「呼び覚ます?」
俺は、椅子の上にちょこんと座っている女神テレシャに質問する。相変わらず透き通るような声だ。透き通り過ぎて消えそうまである。
「前に世界を救ってくださった後、この世界での記憶は消すことにしましたよね?」
「ああ、そうだったな」
俺は周りの皆んなよりも3年間も長く時を過ごしたことになる。異世界での生活は中々熾烈なものだったのもあり、精神的にズレが生じる恐れがあるため、敢えて記憶を消してもらったのだ。ま、剣と魔法の世界で過ごした記憶をなくすのは少し惜しい気もしたが。
「ですから、いざという時にまた記憶を復活させられるようにしておいたんです。うふふ、私のことも思い出してくださったようで」
「あまり良い記憶はないがな」
女神とはいえ拉致の実行犯だ。俺からしたら嫌な奴であることに変わりはない。
「そ、そうだ、サヤはどこに行ったんだ!」
動かなくなったサヤの姿はどこにも見当たらず、いつの間にか俺一人になっていた。
「ああ、サヤさん、ユーキさんの幼馴染の方なら大丈夫ですよ? 今はあの草原にいます」
「はあ!? 何考えてんだてめえ!」
何かあったらどうする! 俺はいいが、あいつはまだ何も知らないんだぞ!
「ですから、大丈夫ですよ? 私の魔法で絶対的な防御をかけていますので、例えば天変地異が起ころうと死ぬことはありません」
「ぐっ……なぜこの神殿には連れてこなかった?」
「この神殿には、異世界の者は一人ずつしか入れないのです。こ、これは本当ですよ?」
なんだと……? はあ、ま、腐っても女神だ。そこらへんは言葉を信じるしかないか。それに、今更騒いだところでどうしようもないことも事実だしな……
「というか、そもそもなぜサヤまでなんだ? 何故あいつを巻き込む必要があったんだ?」
「それはですねー、そのぉ……」
「はっきり言え!」
「ほ、本当はユーキさんだけ召喚する筈だったのですが、間違えてサヤさんもしていしてしまいました! それと、その後もこの神殿に直接飛ばすつもりだったのですが……間違えてあの草原に飛ばしてしまいました。すみませんでしたっ、テヘッ!」
テレシャは語尾に続き某お菓子屋のペロちゃん人形のように舌を出し、片手をグーの形にして自らの頭を軽く小突いた。小突いたところから星が飛び出していそうだ。
「は?」
ああ……うざい。うざすぎる。今の語尾で柄にもなくイラッときてしまった。あざとかわいいとはこのことか?
「殺すぞ?」
「私、女神ですよ?」
……クソが。
「でもでも〜〜、あの時、ユーキさんが咄嗟に状況を判断できたのは、直接異世界に来たことで一部の記憶が呼び覚まされたからだと思いますよ」
「へえ、そうかい」
この世界の神なのに、思いますとは……しかも、転移させる対象や場所を間違えるだなんて、相変わらず適当な奴だ。
「あうう〜〜、顔が怖いですよユーキさん?」
「そりゃ、誘拐されたら誰でも怒るし身構えるだろ。しかも間違えて他人まで誘拐してんだぞ? お前がもし地球にいたら厳罰ものだな、おい」
「誘拐だなんて、私とユーキさんの仲じゃないですか?」
「俺とお前の仲だ? 3年間も拉致しておいて、帰る時には一ヶ月もずらしやがって……しかも、そこから2年も経って今は高校三年生だぞ? 受験勉強の真っ最中だというのに、またいらないことをしてくれたもんだな、おい?」
「それは……仕方がなかったのです」
そういうと、テレシャは椅子から立ち上がり、ほわほわした笑顔をキリッと引き締め、俺のことを真っ直ぐ見つめてきた。
「はあ?」
「お願いします、ユーキさん! 世界を救ってください!」
そしてテレシャは、そのまま土下座をした。
「世界を、救う?」
俺は、土下座には目もくれず、質問で返事をした。
「は、はい……実は、魔王が復活したのです」
「魔王が……復活した……だと?」
魔王が、あの魔王が、再び現れたのか!?
凄惨な記憶が蘇る。燃やされる街や民、片腕を飛ばされる魔法使い、そして、魔王軍の幹部が掲げた騎士団長の生首……
俺は、思わず吐きそうになった。
「ユーキさん……?」
「ぐっ、魔王がだと……折角倒したというのに!」
3年間、こいつの加護があったとはいえ、血の滲む努力をした。沢山の仲間を、心あるものたちを失い、強大な悪に打ち勝った。
だというのに、その悪とまた戦えというのか! 俺に、また大切なものを失えと!
「ユーキさん……あの、それに関連してなのですが、もう一ついいでしょうか?」
「なんだよ……まさか、まだ悪いニュースがあるとかいうんじゃねえだろうか?」
魔王が三体現れた! とか言いだしたら、その瞬間こいつをぶん殴って地球に帰ってやる。
「悪いかどうかはわかりませんが……実は、ユーキさんが前にこの世界にいらした時より、なんと300年が経ちました! 凄い!」
……は?