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死神さんと万引きさん

作者: 上城 樹

 世の中には万引きをおこなう人間が結構いたりします。

 単独犯もいれば集団でごっそりやる人間もいます。

 出来心でやってしまう人間もいれば、計画的にやる人間もいます。


 あまりにも万引きが酷すぎると、お店が潰れることもあります。

 お店が潰れるとそこに勤めていた人たちの仕事が無くなります。

 次の仕事をすぐに見つけられれば問題ありませんが、見つからない場合もあります。

 するとどうでしょう。世を儚んで自ら命を絶ってしまう人間がでてきてしまうのです。


 そして死者が増えると我々の仕事が増え時間内に終わらず残業がてんこもりです……もー過労死しちゃいますよ。

 ……あ、死神は死ねませんでした。すみません、過労死は聞かなかったことにしてください。


 申し遅れました。わたくし死神協会所属のネグロと申します。

 以後お見知りおきを――――していただかなくて大丈夫ですので、さっさ逝きましょうか。


 47歳、会社員、バツイチ独身七月十四日午前三時呪いによる体力低下により熱中症でご臨終した周藤拓弥すどうたくみさん。






「は?」


 一部の隙もない笑顔を浮かべた青年が優雅にまるで女性をエスコートするかのように右手を差し出すようすを、周藤は茫然と見つめていた。


 連勤を終え、家に帰ってだらだらしようと歩いていた周藤は、出会いがしらにマシンガンのように喋りだした黒のスーツに黒のステッキ黒の革靴、そして何故か黒のテンガロンハットをかぶっている全身黒で統一し、濡れ羽色の長い髪を結わずおろした長身の美しい青年――ネグロに戸惑いを隠せない。


 ――今日、この近くで何かイベントやってたか?


「コスプレイベントでしたら一昨日おこなわれましたよ。恥ずかしながら初めて参加させて頂きました結構楽しいものですね。皆様気軽に声をかけてくださって、この歳になって生きている人間の友人(・・・・・・・・・・)ができるとは人生わからないものです。あ、ほら、これ写メ」


 ずいっと周藤の目の前に差し出されたスマートフォンには黒スーツにテンガロンハットをかぶったネグロが女子高生だと思われる某アニメキャラのコスプレをした少女と執事の恰好をした大学生ぐらいの青年と肩を組んで満面の笑みで映っていた。


 周藤が写メを見たことを確認したネグロはスマートフォンをスーツの内ポケットにしまう。


「本当はもう少し早く周藤さんを迎えに来る予定だったのですが……二次会でお酒を飲みすぎまして寝坊してしまい遅れてしまいました。すみません。しかし、死神も酒に酔うことがあるとは新発見ですよ。上司には叱られましたが後悔はしていません」


 清々しい表情で、是非また参加したいものです。とネグロは続けた。

 全然まったくこれっぽっちも反省していないようだ。


「さて周藤さん。これ以上遅れるとまた上司の雷が落ちそうですので、さっさと逝きましょう」


 ひょっとして彼は現実と空想の世界が一緒になってしまっているのではないだろうか。

 きっと彼は今ネグロという死神になり仕事をしているつもりになっているのだろう。

 これは、評判の良い精神科でも紹介してあげたほうがよさそうだ。


 とりあえず、自分の手には余りそうだ警察を呼ぼうと、周藤がスマートフォンを取り出そうと鞄に手を伸ばす。


「おや、失礼な人ですね。精神科も警察も必要ありませんよ――――というか呼べない(・・・・)でしょうが」


 最後にネグロが呟いた言葉は声が小さすぎて聞き逃した周藤はが気になったのは、

 

 ――あれ、俺、声に出して喋ったか。


 の一点だけであった。


「口にだされなくとも考えていることぐらいわかりますよ。死神ですから」


 訝しげな周藤の視線もなんのその、ネグロは胸を張って笑う。


「なんの勧誘かは知らないが俺は会社の帰りで疲れてるんだ。他をあたってくれ」

「面白いことをおっしゃいますね周藤さん貴方何も持っていないじゃないですか服装だってだらしない恰好ですし、周藤さんご自宅でできるお仕事でしたっけ? 違いますよねリストに営業職って書いてありましたし」

「なんで俺の職業を知って……」


 ――こいつストーカーかっ。


「ほら、死神ですから死者の情報はリスト化されて送られてくるんです。ストーカじゃないですよ勘違いしないでくださいね気持ち悪い。で、その恰好で営業するんですか、すごいですね門前払いくらいそうですけど」


 小馬鹿にしたようなネグロの言葉に周藤が反論する。


「何を馬鹿なことを、鞄持ってきちんとスーツを着て……」


 そこで言葉は途切れた。

 持ち上げた周藤の手には何も無かったのだ。


「は?」


 恐る恐る見下ろすと自分が身に着けているのはスーツではなくパジャマとして活用しているくたびれたテーシャツに短パン。


 ――ナンダコレハ。


「大丈夫、日常の行動を無意識に行うのは死んだばかりの人間にはよくあることです」

「っ、俺に触るな」


 周藤は慰めるように肩をぽんぽんと叩くネグロの手を弾き飛ばし睨み付ける。


「ほら、周藤さんを迎えにきてくれた村田さんも待ちくたびれてイライラしてますよ」


 そう言ってネグロが自身の足元を指差す。つられて周藤が視線を移動させると黒い靄がネグロの陰から這い出ているところだった。


「……それナニ」


 薄気味悪い光景に周藤の顔から血の気が引いていく。


「ナニって本当に失礼な人ですね。村田さんですよ。村田さん」


 ――だからそれは誰だ。そもそもソレは人間の形すらしていないじゃないか。


 異形のモノから距離をとるため、ゆっくりと後退する周藤にネグロが首を傾げる。


「あれ、覚えていらっしゃらない? ほら、周藤さんが学生時代ちょいちょい万引きしてた書店の店主さんの村田さんですよ」


 万引きの言葉に周藤がピクリと反応する。


 確かに学生時代周藤は何度も万引きをしていたが、一度しか捕まらなかったし、そんな何十年も昔の話を今持ってこられても覚えていない。


 眉間に皺を寄せる周藤にネグロは肩をすくめやれやれと首を左右に振る。


「まぁ、別に覚えていようがいなかろうが問題ありません。どのみち周藤さんが地獄へ逝くことには変わりありませんので」


 ネグロが手のひらで口元を覆い上品に笑った。


「二十数年前に村田さんのお店潰れちゃっいましてね。さらにその後奥さんとも離婚して借金まみれになり人生に絶望していた村田さんは河川敷の階段を下りているときに足を滑らせ転落そのまま死亡してしまったのですが、村田さんはそこで終わりませんでした。彼は思ったのです自分の店が潰れたのは万引きしていた奴らのせいだと、そして村田さんは復讐を心に決めたのです自分が地獄に落ちても相手を呪ってやる! と」


 両手を広げ演説をするように声を張りあげるネグロ。普通ならこんな大声を路上で出せば嫌でも注目されるはずなのに、普通に歩き通り過ぎる人々の姿に周藤の背に冷たい汗が流れる。


 ――なんだこれは、まるで、そこには誰もいないような対応じゃないか……。


「まぁ、万引きだけが潰れた原因ではないとは思いますが、まったく無関係というわけでもないですからね。自分が不幸になったのは万引きした奴らにも責任があるはずだ。どうにかして復讐してやりたいと考えた村田さんは記憶に一番強く印象に残っていた周藤さんに憑りついちゃったわけです。そして昨日めでたく周藤さんは呪い殺されちゃったわけですね。正しくは呪いで体力落ちてたときに熱中症になり死んだですけど……まぁ、とりあえずご愁傷様です」


 ステッキをクルクルと器用に回転させながらネグロが一歩前へ出る。

 反射的に周藤は後ろに下がろうとするが足が動かない。

 視線を落とすとネグロに村田と呼ばれていた黒い靄が周藤の足に絡みついていた。


「ひっ」

「あ、そうそう別に村田さんが呪わなくても周藤さん地獄逝きでしたのであしからず。色々悪いことしてましたもんね心当たりはあるでしょう? よかったですね地獄も二人で逝けば多少恐怖が薄れそうじゃないですか。それに呪った相手が死んだ後も死神が説明に現れるまで辛抱強く待っていてくれるなど、そうそう無いことですよ。有無を言わさず地獄に引きずり込むのが普通ですから。希少な体験できてラッキーでしたね」


 茫然としてる周藤をおいてネグロはどんどん話を進めていく。


「さて、そろそろ本気で時間やばいですね。それではお二人で地獄への旅路をゆっくりと楽しんで逝ってらっしゃいませ」


 ネグロがステッキで三度地面を叩くと周藤の周囲にぽっかりと穴が開いた。

 生暖かく湿った空気がねっとりと全身にまとわりつく。


「やめっ」


 ゆっくりと落下する体。無意識に何かを掴もうとバタつかせた腕に黒い靄が絡みき動きを封じる。


「きちんと反省したら地獄から出れますから村田さんも周藤さんも頑張ってくださいねー」

「ちょっ、まっ、たすっ」


 周藤が最後に見たのは、ひらひらと手を振るネグロの姿だった。




 一仕事終えたネグロはご機嫌だった。

 この後昨日出会った生きた人間の友人と飲む約束をしているのだ。

 ふんふん~と調子はずれな鼻歌を歌い、足取り軽く進んで行く。

 暫くすると、ネグロのスマートフォンが軽快な音楽を奏で着信を告げる。


「はい、死神協会所属ネグロです」


 スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出し、相手を確認することなく電話に出たネグロは次の瞬間後悔した。


「げっ、所長……。いえ、何にも言ってませんよ。仕事は無事終了しましたのでご安心を。はい、はい、は………………え、新しい仕事ですか今終わったばかりなのに? 別に文句はないですけど……始末書免除、本当ですね。もー連勤百日越ですよ、この仕事終わったらお休みくださいね。はい、はい、大丈夫ですリストはいつも通りお願いします」


 通話終了ボタンを押し大きくため息を一つ。


「あぁ、飲み会のお誘いを断らないといけませんね……お酒飲みたかったんですけど」


 ネグロがステッキをトンっと地面に打ち付けた次の瞬間そこには、いたはずの人影は跡形もなく消えた。

お読みくださりありがとうございます。

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