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堕天使が経営するメイド喫茶へようこそ  作者: 西玉
仕組まれた悪意
9/28

9 殺人現場の天使

 悪魔の姿を見た二階の部屋に迷わず上がり、天上アエルはルイの自室と思われる部屋で、ルイ本人を見つけた。

 全身に痛々しい打撲によるあざが浮かび、縛られたのか、手足にはロープによると思われる線条痕が残っている。口からは血を流し、体にこびりついた白い液体は、暴行の何よりの証である。

 ルイは死んでいた。

「許さないわ」

 窓際で、にやにやとアエルとルイを眺めていた白いスーツの悪魔に向かい、アエルは言った。

――「あたしは何もしていませんよ。それよりいいんですかい? こんなところで油を売っている場合じゃねぇんじゃねぇですか?」

 アエルは、いつもとは違う意味で、悪魔を見据えた。悪魔が認めたのだ。ずっととぼけていたのに、『@ホームIN』秋葉原店で起きている事件との、かかわりを認めたのだ。

「この娘がいけにえだって認めるのね。言いなさい。私のお店で、あなたは何をたくらんでいるの?」

――「『私のお店』? アエルちゃんはただの雇われ店長でしょうよ。それに、あたしがたくらんでいるってのは、お門違いじゃねぇですかねぇ。なにしろ、潰したがっているのは、もっとお偉い方だって聞いていますぜ」

 またしても、おどけて見せた。小さく肩をすくめる。悪魔は、いつまでもとぼけている。悪魔がそれを知っているのは、アエル自身がしゃべってしまったからだった。

「神を愚弄するのは許さないわ。こんな手段を使うはずが無い。悪魔ムニエル、答えなさい」

――「それじゃあ、いつまでも本当のことはわかりゃしませんよ」

 言い合っても無駄だ。アエルはハンドバックに手を入れた。悪魔に言うことを聞かせるには、古くから手段は一つだ。

 ハンドバックから、銀色の聖印を取り出す。悪魔にむけて突き出そうとした。

 アエルの手が、焼けた。

 ――痛い。

 十字の形をした聖印が、アエルの手を離れて床に転がる。アエルの手のひらには、聖印の形に、はっきりとした傷が出来ていた。つい先日のまでは、こんなことはなかったのだ。アエル自信が、バックに聖印を入れたのだから。

「わ……私が……どうして?」

――「これでもまだ、信じるんですかい? その、お偉い方を。アエルちゃんの罪でもある。そういうことでしょうよ」

「私の『罪』? どういう意味?」

 聖印に触れることもできない。

教会から祝福されたもの以外は、聖印といえども弱い悪魔でも恐れない。それなのに、アエルの手を焼いた。

――「天使だったアエルちゃんが、地上に降りなければこの子は死ななかった」

「……私のせいだっていうの?」

――「人間の警察とかいう連中は、そうは言わねぇでしょう。でもねぇ。そのお方は全部ご存知なんでしょう? すべてをご承知でアエルちゃんをこの地上に堕とした。その上、計算どおりに踊ってくれているアエルちゃんを切り捨てるとは、冷てぇよねぇ」

 何も言い返せなかった。悪魔と言い争っている場合ではない。だが、聖印がアエルを拒絶した。その衝撃はあまりにも大きかった。

「と、とにかく、警察を呼ばないといけないわ」

 携帯電話を手に取った。着信の履歴があった。ミレイからだ。留守番電話になっていた。必要な指示はしてあるはずだ。

アエルはにやけたままの悪魔を横目で見ながら、携帯電話を耳に当てた。留守番電話サービスに接続する。ミレイの声が吹き込まれていた。

『店長、お店の子達が……私、耐えられません』

 泣いている。明らかに、泣きながら話している。ただそれだけで、電話は切れていた。

 ――すぐに行ってあげないと。

 その前にすることがあった。

「悪魔ムニエル、というのが、あなたの本当の名前ではないことはさっきの反応でわかったわ」

 本当の名前を知られれば、悪魔は従わざるを得ないはずだ。名前を呼び、命じたのにも関わらず、平然と笑顔を張り付かせているだけで、真実の名前ではないとわかる。あるいは、名前を知られても構わないような高位の悪魔なのかもしれないが、アエルにはそうは思えなかった。

――「本当の名前を教えるほど、親しくはないのでねぇ。もう少し親密になってくれたら、教えねぇでもないですがねぇ」

「いつまでも、悪魔の思い通りになると思わないで」

 ハンカチを取り出し、聖印をハンカチ越しに摘む。ベッドに倒れたまま二度と起きることの無い、ルイの上に置いた。携帯電話で警察に番号を押しながら、バッグから香水のビンを取り出した。入っているのは香水ではない。教会から祝福された聖水だ。

 警察に住所と、死体がある事実を告げる。名前と立場を名乗った。その場にいるよう言われたが、拒否した。

――「いいんですかい? 人間の社会でも罪を作ることになりますぜ」

「逃げるつもりはないわ。私は自分の意思で行動する。これが罪になるというなら、いくらでも償うわ」

 香水のビンの蓋を外し、ルイの死体に振りまいた。アエルの手に一部付着した。白い煙が上がり、アエルの手に火傷が生じた。痛い。だが、いまは憂いている場合ではない。

――「準備万端ですねぇ」

「私のお店で問題が起きている。ルイちゃんがいけにえなんでしょう。悪魔の力の源を、そのままにはしておけない。これで、私のお店にちょっかいを出している悪魔は、もう人間の世界にはいられない」

――「そうですかねぇ。まあ、行ってみれば解るでしょうよ。しかしよくもまあ、聖水なんて持っていましたねぇ」

 へらへらと笑っている悪魔も、アエルの準備のよさに不満を感じているようだった。アエルは常に、悪魔に対抗する道具は持ち歩いている。

「私は、ローマ法王より悪魔の実在を信じているのよ。私が聖水を持ち歩くのは、アメリカの一般人がピストルを携帯しているようなものよ」

――「なるほどねぇ」

 実際にはアメリカの一般人がどのくらいの割合でピストルを持っているのかは知らなかったが、この際重要なことではない。アエルは電話を再び耳に当てながら、ルイの部屋を後にした。

「ミレイちゃん、すぐに行くわ。待っていてね」

『はい』

 それ以上、言葉は無かった。アエルはハイヤーに乗り込みながら、携帯電話をバッグにしまった。

想像はできた。たとえ、いけにえとの連携を絶ち、悪魔の力を封じたとしても、始まった儀式は止めることができないだろう。ミレイやまだ巻き込まれていない女の子たちにそれを止めさせようとするのは、あまりにも危険すぎる。

 ――私も、覚悟を決めておかないといけないわね。

 下地ラクゴはいまごろどうしているのだろう。不意に気になった。下地がルイを殺したとは、アエルは思っていなかった。

携帯電話を見つめた。下地にアエルの電話番号を教えたが、下地の番号を知らなかった。店に行けば、会員登録している客の情報がある。

 ――でも、私は何を話したいのかしら?

 自分の考えていることを理解できないまま、アエルを乗せたハイヤーは『@ホームIN』秋葉原店に横付けした。


 ビルの二階にある店を目指し、アエルは階段を上った。階段の入り口に、開店中は必ず置いてある移動式の電光掲示板が、『準備中』に変わっていた。

 階段の踊り場、店への入り口の前で、ミレイが壁に背中を預けていた。メイド服のまま、顔を両手で覆っている。親指が耳の穴を塞いでいた。店の中の様子を知りたくないのだろう。ミレイは一人だった。

 アエルが近づくと、足音に反応したのか、ミレイがそろりと顔をあげた。薄い化粧を施した頬に、涙の痕が残っていた。

「店長、よかった」

 飛びつくように移動してきた。アエルは胸で受け止めた。

「ごめんね。辛かったわね。他の子達は? 一緒に外に出るよう言っておいたでしょう」

「店長のご命令どおり、帰る様に言いました」

 そうだった。忘れていた。アエルはツインテールにしたミレイの頭を撫で、店の扉の覗き窓から中を覗き見た。

 レジ周辺しか見えなかった。レジの前で、ヘッドドレスをしただけの女の子に、複数の男たちが群がっているのが見えた。

「宴もたけなわって感じかしら」

「店長、そんなこと言っている場合じゃ……」

「そうね。ミレイちゃん、鍵を貸して」

 副店長のミレイは、帰らずにアエルを待っているとは思っていた。辛い思いをさせたようだ。黒ミサの終末がどう終わるのか、中世の頃から知られていたことだというのに。

 ミレイから鍵を受け取った。

「どうするんですか? 店長」

「私のお店だもの。私が始末をつけるわ」

 ミレイから鍵を受け取った。ミレイはその鍵を放さなかった。しばらく、二人で鍵を持ち合った。ミレイはアエルを心配しているのだろう。アエルは笑ってみせた。ミレイは笑わなかった。

「店長、私も……」

 最後まで言わせず、アエルは空いた手でミレイの口に指を立てた。

「いい、ミレイちゃん。これから多分、中にいるお客さんたちが酷い格好で出てくるわ。私が服を投げるから、適当に整理して渡してあげて。お客さんたちは、正気に戻れば勝手に帰るわ。今日の料金は次回来店のときに請求するって言うのよ。この場で処理している時間がないから。それから、女の子たちも逃げてくるかもしれない。多分、ショックを受けていると思うから、慰めてあげて。ミレイちゃんにしかできないのよ。頼める?」

「店長、どうしてこんなことになったのか、ご存知なんですか?」

 アエルは電話で状況を聞いただけだ。それなのに、中の状況を理解していることが、ミレイにとっては不思議なのだろう。アエルがそれを説明するなら、おそらくすべてを話さなくてはならない。アエルが本来人間ではないことも含めた、すべてを。

「推測しただけよ。全部終わったら、どうして私が知ることができたのか、話してあげる。それでいい?」

 ミレイは小さくうなずいた。アエルが続けた。

「それから……ルイちゃん、殺されていたわ」

 顔色が変わる。ミレイの体が震えていた。

「そんな……どうしてですか? お店と関係があることですか?」

 すべての出来事を店中心に考える。アエルはおかしくもあり、同時に嬉しくなった。ミレイを副店長にしたのはやはり正解だった。

「ないとは言えないわ。ごめん、ミレイちゃん。『@ホームIN』秋葉原店は、しばらく閉店になると思う。どのぐらいの間閉店になるのか、再開できるのかもわからないけど。ミレイちゃんはちゃんと別のお店を紹介するから、安心していて」

 店の鍵がアエルの手に落ちる。ミレイはショックを受けるのではないかと思っていた。ミレイの居場所は、『@ホームIN』秋葉原店以外にはなかったのだから。しかし、意外にも明るく答えた。

「私、どこでもいいです。店長と……アエルさんと一緒なら」

 アエルは勘違いしていたらしい。ミレイの居場所は店ではなく、アエルの側だったのだ。アエルは笑ってミレイの頭部を撫で、鍵を店の鍵穴に差し込んだ。

「行ってくるわ」

「気をつけて」

 敬礼される。メイド式の最敬礼である。鍵が回る。扉が開いた。


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