28 新しい生活
すべてが変わってしまった。天上アエルはメイド喫茶の店長ではなく、メイドたちにも囲まれず、一人で生活することを余儀なくされた。
ただ変わらなかったのは、毎日教会に通うことだった。
相変わらず、何も声は聞こえない。
ある日、懐かしい存在が目の前に降り立った。
「天使長ですか?」
神々しい光に包まれていた。はっきりと姿を見ることはできなかったが、その存在感は、アエルが天上で長く慕ってきた、天使たちを束ねる存在そのものだった。
――「アエル、あなた、天界に戻ることが許されたのに、拒否したそうね」
地上に降りたアエルに対して、唯一神が救いを与えた瞬間のことだった。
アエルはそのまま天界に戻ることを許されたのだろう。
何もしなければ、引き寄せられるように天界の住人になったのだろう。
アエルは、それを拒否したのだ。
「私には、まだ地上でやることが残っていますから」
――「地上には誘惑が多いわよ。もう知っているでしょうけど、悪魔だって出入りしている。悪魔は狡猾だから、上手く騙して地上に落ちた天使を堕落させようとするのですよ」
直接経験したことだ。アエルは迷わなかった。
「はい。でも、天使長も知らないことがあります。地上にも、いっぱい天使がいるんですよ。私は、その天使たちを守りたいんです。せめて、この体がもつまでは」
――特に、メイド服を着た天使たちを。
――「何を言っても無駄のようね。その肉体が滅んだとき、アエルの魂が穢れていないことを祈るわ」
天使長は消えた。
アエルはさらに深く、祈りをささげた。
教会の外で、携帯電話が鳴った。
刑事からだった。
ミレイとの面会の許可が下りたという。アエルは声を弾ませた。
「すぐ行くわ」
『その後、食事でもどうかな?』
刑事の声は緊張しているようだった。
「ミレイちゃんも?」
嫌味ではなく、本当に可能なのかもしれないと思い、アエルは尋ねた。
『いや、それは無理だよ。俺と二人で……駄目かい?』
「駄目じゃないけど、今日は忙しいわ。職場の面談があるのよ」
『この間もそう言っていなかった?』
「別の子だもの。この間は上手くいったけど、上手くいかない子も結構いるの。面倒見てあげなくちゃ」
電話の向こうで、声が跳ね上がった。驚いているようだ。
『アエルさんの面談じゃないのかい?』
「私がいつそんなことを言ったの? 私は本社に呼ばれただけで、失業したわけじゃないわ。お店で働いてくれた子達の次の仕事場よ。どんな仕事か、きちんと確認しないとね」
『アエルさん、優秀なマネージャーになれるかもね』
「その話はやめて。本社から本当にそんな話が来ているんだから。食事をご馳走してくれるなら是非ご一緒したいけど、時間がとれたら連絡するわ」
嬉々として刑事は電話を切った。アエルも携帯電話をバックに戻そうとした時、手にしていたアエルの携帯電話が再び鳴り出した。
本社の企画部だ。最近何度も声をかけてきた男の声だった。
『この間の件、考えてくれたかい?』
「本社で売り出そうとしているアイドルグループのマネージャーですか?」
『もちろん』
アエルは乗り気ではなかった。
やりがいがある仕事なのは間違いない。だが、秋葉原を中心として活動する方針のアイドルグループに人気が集中したら、アエルが守りたいと思っているメイドたちの仕事場に、人気がなくなるのではないかと恐れたのだ。
メイドたちの仕事場を守るために働き、結果として閉店させてしまった。
神が立案した計画のとおりだ。計画を止めたくて地上に降ろされたのに、このままではますます拍車をかけてしまう。
「でも……私は、まだ他の女の子たちの面倒を見ないといけないので」
『君がメイド喫茶で使っていた女の子たち、一緒に連れてくるといい。今回は大人数のユニットを予定しているから、希望があればオーディションもやるし、裏方がたくさんいると助かる。女の子の裏方は意外と探すのが大変なんだ。アイドルの子達にも、女の子の手伝いがいてくれたほうがいいしね』
悪い話ではない。ひょっとして、すでに就職先が決まった女の子たちにも、声をかけてみたほうがいいかもしれない。
「……そうですね……では、その子たちと一度あわせてください」
『そう言ってくれると思っていたよ。きっと気に入る。楽しみにしているんだね』
強引な男だ。アエルはため息をついた。
従業員として使っていたメイドの女の子たちにメールすると、ことごとく嬉しそうな返事が返ってきた。
後日、アエルは指定されたスタジオに行った。
アエルは天使だった。だが、清く正しいという意味での象徴的な意味で、自分を天使だと思ったことはない。
象徴としての天使は、アエルにとってはすべてメイドの女の子だった。
いやいや訪れたスタジオで、歌い、踊る少女たちがいた。
――ここにも、天使がいた。
天上アエルは新しい職場を見つけた。
下地ラクゴは、裁判にかけられた。
裁判員の裁判が開かれ、自らの潔白を訴えた。
すべてを悪魔の仕業だと説明したが、情状酌量の余地は与えられなかった。
翌年死刑が確定した。
下地ラクゴに会いに来る者は、誰もいなかった。
悪魔ですら、会いにはこなかった。契約した悪魔がすでに滅んだことを、下地は知らなかった。
それほど遠くないある日、下地は呼び出された。
目の前に階段があった。
13段あるのを確認した。




