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19 堕天使の事情聴取

 警察病院までミレイを送り届けた天上アエルは、参考人として警視庁捜査一課に招待された。アエルを尋ねてきた二人の刑事は、殺人事件を専門に取り扱う捜査一課に所属していたらしい。

 アエルが人間の世界に堕とされたとき、どのような力の作用によるものか、戸籍から出生証明、履歴書までが作成されていた。

警察に身元を調べられても困ることは無い。

天界からアエルを堕としたことによるせめてもの配慮か、アエルという異分子を受け入れた人間界の自浄作用か、アエルは経験しているはずもない卒業学校の知識もあったし、存在するはずのない両親の墓や記憶もすらすらと言うことができた。


 参考人としての待遇ではあったが、人が死んだ事件である。被疑者の身柄が拘束されているとはいっても、アエルに対する質問は精緻なものだった。

アエルは下地ラクゴをかばう必要も感じず、知るままにすべてを話した。悪魔のことも含めてである。

ただ、自分自身が天使であったという過去だけは話さなかった。代わりに、昔から悪魔が見えたと嘘をついた。


 質問をしたのは、星刑事である。

星はずっとアエルに付き添い、まるでアエルが犯人だと疑っているかのようだった。その星刑事が悪魔についての話をどう思ったのかはわからないが、アエルの話に破綻はないはずだ。

その後どう取り扱うかは、人間たちの考えることだ。

「下地ラクゴは、これからどうなりますか?」

 おそらくこれで質問は終わりになるだろうという頃合を見計らい、アエルが尋ねた。

アエルが応えた内容を整理していた星刑事が、書類から顔を上げた。

「かなり深くまで肺を傷つけられてしますが、命には別状はないでしょう。容態が安定したら取調べを始めますが、冤罪の可能性はほとんどないと考えています。容疑は強姦殺人、不法侵入、強姦、あとは……悪魔を呼び出したのは、法律では裁けません」

 殺されたのがアエルの雇っていた女の子だからか、刑事は隠すことなく教えてくれた。

誠実で信用できる。

アエルは小さくうなずいた。悪魔のことを口にしとき、笑うかのように口元をゆがめたのが気にかかる。

だが、大方の人間の反応とはこんなものだろう。悪魔を強調すれば、アエルが堕天使だといわなければならなくなるかもしれない。アエルは深く言及せず、さらに尋ねた。

「裁判、になるんですか?」

 人間社会の決まりごとには疎いのだ。

社会人らしく振舞うために、アエルはいつも気を使わなければならなかった。

「ええ。判断は検事がしますが、求刑は死刑でもおかしくありません。よくても終身刑でしょう。裁判の際には証言を求められるかもしれませんが、そのときには権限は我々から検察に移っています」

 星刑事の言葉は少し残念そうに聞こえた。

人間の社会とは複雑なものだ。神にゆだねる、というわけには行かないらしい。

「そうですか……とにかく、あの男が女の子たちに手を出せなくなるなら、少しは安心できます」

「それはご心配なく。最善を尽くします」

 星刑事は笑って見せた。アエルも微笑み返す。

刑事の頬が赤くなっているような気もするが、熱でもあるのだろうか。

「では、これで終わりでいいですか? 私はミレイちゃんのところに戻りたいので。

お医者さんは、部分麻酔だけだから、寝てしまってもすぐに目が覚めるって言ってしましたし。骨折していたらしいですけど、ひびだけって言っていたから、もう手当ては終わっていると思います。両手と両足が使えないんじゃ、困っているでしょうから」

 アエルに向けられていた星刑事の表情が一変した。

どことなくしまりが無い顔つきだと思っていたが、急にひきしまったように見えた。

「天上さんと同居していたミレイ……本名鏑木かぶらぎミレイのことで、まだ伺いたいことがあります」

「ミレイちゃんのことで? でも、そんなにかからないのでしょう? ミレイちゃんは被害者だし、下地に包丁を刺したのだって、自分の身を守るために仕方なくやったことでしょう? 病室で目が覚めたとき、一人だったら不安になるわ」

 刑事の表情は、引き締まったまじめなものから、鋭く、険しいとさえいえるものに変わっていった。

「残念ですが、すぐには終わらないでしょう。それに、話が終わっても、鏑木ミレイには面会できません」

 ――この男は何を言っているの?

 アエルは腰を浮かせかけた。刑事を無視して帰ろうとしたのである。

星刑事は動じなかった。ただまっすぐにアエルを見つめていた。アエルに対して鋭い視線を向けているわけではない。

しかし、強い意志を感じた。

天使であるアエルは、人間の感情の動きには特に敏感だった。星刑事の目は澄んでいる。

話を中座することは、アエルにはできなかった。

浮かしかけたアエルの尻が、椅子に落ちた。

「ミレイちゃんと面会できないって、どういう理由なの? 私に話をさせたいなら、もちろん理由は教えてくれるんでしょうね」

 星刑事は力強くうなずき、脇に置いたままになっていた分厚いファイルを取り出した。

ページをめくりながら話し始めた。

アエルはファイルの中が少しだけ見えたが、貼り付けられた写真に目を背けた。

「鏑木ミレイ……未成年のため情報は公開されていませんが、三年前に両親を殺害しています」

「……嘘よ」

 思わず口を突いて出た。ミレイが家出中であることは知っていた。

帰る場所がないと泣いていたのを、アエルの自宅に招いたのだ。

虐待されていたことも推測できた。ミレイの体中にその傷跡が残っている。

それでも、ミレイは気丈に、副店長として勤めを果たしてきた。

星刑事が続けた。

「その後地方から東京に出てきました。解っているだけで三人、知り合った男とベッドを共にし、男を殺害して金品を奪って逃走することを繰り返していました。

指紋もDNA鑑定も済んでいます。防犯カメラにも映っていました。間違いありません。もう少しで追い詰められると判断した矢先、足取りが消えました。一年前のことです。何か、知っていましたか?」

 ――一年前?

「私と暮らし始めたのが一年前だったわ。毎日、泣いてばかりいた。

メイド喫茶のアルバイト募集に来たの。可愛かったし、しっかりしていたから、その場で採用を決めたのよ。お店を閉めて私が帰ろうとしたとき、とっくに面接が終わったのに、まだお店の前でうろうろしていて、たちの悪そうな男たちに強引に連れて行かれそうになったのを助けて……家出中で寝る場所もないって言ったから、私の部屋につれてきて……」

「それから、ずっと?」

「ミレイちゃん、鏑木ミレイっていうのが正式な名前なのね……」

 信じられなかった。

ミレイが、ずっと寝食を共にしてきた、最も信頼できる従業員であり、副店長まで勤めていたあのミレイが、何人もの人間を殺して、逃げ回っていたとは。

ゆっくりと考える時間は与えられなかった。

星刑事が続けた。

「名前も知らない女の子と、一年も暮らしていたんですか?」

「だって、困っていたし……ミレイちゃん、傷ついていたのよ。私なんかより、ずっと傷ついていた」

「だからといって、殺していい理由にはなりません」

「嘘よ。ミレイちゃんが、人を殺したりするはずがないわ」

 もう一度言った。

信じられなかった。

星刑事は表情を崩さず、静かに首を横に振った。

「天上さん、本当に知らなかったんですか?」

「どういう意味?」

「もし、知っていてかくまっていたなら、天上さん、あなたも罪に問われます」

 冗談でも、怒らせようとしているのでもない。

星刑事の瞳でアエルは確信していた。まじめに言っているのだ。

それでも、もはや我慢できなかった。

「嘘よ! ミレイちゃんはそんなことしないわ。私はミレイちゃんを信じるわ」

 机を両手で叩き、立ち上がった。

弾かれてパイプ椅子が倒れた。

アエルはそのまま出口に向かおうとした。

「まだ話は終わっていません。どこに行くつもりですか?」

 このような事態には慣れているのだろう。星刑事の言葉にはよどみが無かった。態度にも迷いはない。

「ミレイちゃんに会ってくる。絶対、そんなことないんだから」

「ミレイには会えません。それに、言ったはずです。場合によっては天上さんも罪に問われるかもしれない。この場で緊急逮捕してもいいんですよ」

「脅すつもり?」

 扉を前にして、アエルは振り向いた。

刑事をにらみつける。

扉を背にしていた。その扉が、外側から開かれた。

 扉の外に、覗き込む数名の男たちがいた。この部屋は見られているのだ。

監視されている。

逃げられない。

「警察は脅したりはしません。お願いしているだけです。必要ならば、手続きに従って処理します」

「お役人だものね」

 小さく肩をすくめる男の姿を、こんなにも憎らしいと思ったことはなかった。

 手で丁寧に指示されたとおりに、アエルは自らが倒した椅子を起こし、乱暴に腰掛けた。

「では、いくつか質問させてもらいます」

 あくまでも丁寧に、決まりごとのような口調で、刑事は質問を並べた。

アエルは硬く手を組み合わせ、顔を伏せたまま、質問に答えていった。


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