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堕天使が経営するメイド喫茶へようこそ  作者: 西玉
生きるということ
17/28

17 事件と逃走

 下地ラクゴは下着だけの姿で、ミレイが作った料理を掻き込んでいた。

「電話、出ないのか?」

 傷だらけの体を隠すように部屋着を身に着けたミレイは、小さく首を振った。

「いまは話したくない」

 おそらく、アエルからなのだろうと下地ラクゴは思っていた。アエルに手を出さない代わりに、ミレイは下地ラクゴに体をささげた。

そこまで尽くした相手と、『いまは話したくない』と言う。アエルと話せば、きっと泣き出してしまうのだろうと、下地ラクゴは勝手に想像していた。

ミレイは気が強い女の子だが、アエルの存在がなければきっと壊れていただろう。ミレイのちょっとした表情や言動に、内面に抱えたもろさを感じていた。まるで、自分を見ているかのようだった。

 もはや、ミレイは下地ラクゴの命令には逆らわなかった。下地ラクゴに言われるまま、食事を作り、目の届く範囲からは出ようとしなかった。いまはただ、目の前に座ってマグカップをもてあそんでいた。

 ルイを殺したことは言っていない。本当に殺されるかもしれないとは、思っていないのだろう。

考えが浅い。下地ラクゴはそう思っていた。

アエルが帰ってきたら、ミレイを人質に、アエルを自由にできる。ミレイのためなら、アエルもきっと言うことを聞く。ミレイを味方にすることは、もはや不可能だ。脅して命令に従わせるしかない。

「アエルはいつ帰ってくるんだ?」

「アエルさんのことは、諦めるんじゃなかったの?」

 ミレイはアエルの身代わりになったつもりなのだろう。下地ラクゴは鼻で笑った。

「誰がそんなことを言った? アエルのことは絶対に諦めない」

「約束が違うじゃない」

 魂を抜かれたかのようにぼんやりと座っていたミレイが、突然声を張り上げた。

「約束なんかしていない。ミレイが勝手にそう思い込んだんだ。約束したというのなら……俺からアエルを呼び出すことはしていない。それだけだ」

 ミレイの顔が、急に曇った。さらに険しく、視線が鋭くなった。下地ラクゴは台所から持っていった包丁を思い出した。

すっかり油断して、手放してしまっていた。ミレイの手が床を滑るのを見た。ミレイが立ち上がる。右手に、包丁を握っていた。

 玄関のインターホンが鳴る。

「おい、落ち着けよ。誰か来たぞ」

 下地ラクゴは上半身裸だった。ミレイは下地から目を離さない。包丁の切っ先を持ち上げた。

「アエルさんなら、インターホンを鳴らさないわ。部屋の鍵を持っているもの。あなたが出れば? 私に背中を向けないことね」

 ――こいつ、本気だ……。

 下地ラクゴはミレイの動きを注意深く観察しながら、ゆっくりと玄関に向かった。下地ラクゴも包丁を振り回したことがあったが、あくまでも威嚇するつもりでしかなかった。

ルイの時も、殺すつもりだったわけではない。ミレイは違う。下地ラクゴを殺すつもりでいる。

 玄関の鍵が回った。金属の部品が奏でる音が、重く響いた。

 ――アエル?

 他のだれかが、鍵を持っているはずがない。

 下地ラクゴは思わず玄関を凝視した。ミレイも同じことを考えたのだ。

「アエルさん、逃げて!」

 逃げたいのはこっちだと思いながら、下地ラクゴは玄関に走った。

アエルなら解ってくれる。アエルなら助けてくれる。アエルなら、ミレイを説得してくれる。アエルなら、人質に取れる。

 様々な考えが、一瞬でよぎった。

 背中に刺すような痛みが走る。

 玄関の扉が開いた。

「アエル……」

「警察です」

 扉の先にあるのは、期待したのとはまったく違った光景だった。背広姿の二人の男が手帳を見せていた。

下地ラクゴと目が合った。

下地ラクゴのことを探しているのだと、すぐに解った。それほど、劇的に表情が変わった。


 下地ラクゴは逃げようとした。

 足が滑った。

 力が入らない。

 下が濡れていた。

 妙にぬるぬるとする液体が広がっていた。

 膝が落ちた。

 立ち上がろうと手を付いた。

 手が赤く汚れた。

 背中が痛むのに気が付いた。

 ――あの女、本当に刺したのか……。

 力強い大きな手が肩に置かれた。

 下地ラクゴはがっくりとうな垂れた。


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