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堕天使が経営するメイド喫茶へようこそ  作者: 西玉
生きるということ
16/28

16 事件の真実

 本社の休憩用フロアで、天上アエルはぼんやりと座っていた。

メイド喫茶『@ホームIN』秋葉原本店の閉店が正式に言い渡されたのである。

同時に、今度の事件を受けて全チェーン店の営業時間短縮が告げられた。アエルは真っ先に働いているメイドの女の子たちの就職先を確保するよう訴えたが、ほとんどが非正規職員であったことから、善処するという曖昧な回答しか得られなかった。

 秋葉原本店で事件があった時刻には、アエルは本社で会計監査を受けていたのであり、責任を追及されることはなかった。

それよりも、現場に駆けつけて後処理をしたことを高く評価されたが、アエルの頭には入っていなかった。自分が守ろうとした店が閉店に追い込まれ、再開することは絶対にないと言われたのだ。

それ以降、何を聞いても頭には入らなかった。


 メイド喫茶の経営は、本社にとってはただ時流に乗っただけのものに過ぎず、力を入れるつもりなどはじめから無かったのだ。

本社の主な経営事業はアミューズメントパークであり、東京近郊に全国でも随一のテーマパークを持つ、巨大企業である。

 テーブルに両肘を乗せて、飾り気の無い壁を見つめるアエルの隣に、コーヒーの香りがする紙コップが置かれた。

「今度のことは災難だったね。でも、会社は君を評価している。おめでとう。明日から本社の職員だ」

 誰に向かって話しているのかとみると、先ほどまで会議に同席していた中年の男だった。何とか部長と呼ばれていた。他に人がいないので、アエルに言ったのでなければ、独り言ということになる。

「……何のことですか?」

「さっきの会議で言われただろう?」

 覚えていなかった。閉店の宣告を受けて、メイドの子達の仕事先を斡旋するようお願いして、それ以降の記憶が抜け落ちていた。

「……さあ?」

「本社に栄転だよ。おめでとう」

 男は手を差し伸べた。同時にコーヒーの入った紙コップをアエルに向けて押し出した。男の分は本人の手元にあるので、アエルに飲めという意味だろう。

 アエルは有難く、コーヒーだけは受け取った。

「私のことはどうでもいいんです。メイドとして働いてくれていた子達、どうにかならないでしょうか」

「正社員じゃないから、無理だろう。どうせアルバイトなんだ。自分たちで働き口は見つけるだろう。『@ホームIN』のほかの店も営業時間短縮だから、人手は余る。君がそこまで面倒をみることはないよ。本当に従業員を大切にしているんだな」

 男の言うことは正論なのだろうか。それが人間社会の常識なのだろうか。

アエルには解らなかった。コーヒーを口に運ぶ。暖かく、刺激にあふれた味が広がった。舌の上を液体が広がり、香りが鼻に抜けた。

「……私にとっては、天使なんです。みんな。だから、守ってあげなくちゃって、ずっと思っていたんです。あの子たちも、働く場所も。どっちも……私は守れなかった。私に、力がなかったばっかりに……」

 アエルの目から、涙がこぼれた。天使も泣けるんだと、ぼんやりと思った。太ももに、何か暖かいものがずしりと触れた。男の手だと認識したが、特別な意味があるとは思わなかった。

「そういう君の態度を、会社は非常に高く評価しているんだ。本社で頑張れば、またメイド喫茶だけでなく、君の力で新しい職場を作って上げられるかもしれないよ」

「……そうでしょうか?」

 社会の仕組みに疎いのは、自覚していることである。アエルは少し首を傾けた。

「ところで、そのためにも少し話し合わないか? 時間はあるだろう?」

「これからですか?」

 男の顔が以外に近いことに気付いた。避ける必要も感じなった。ので、そのままにしていた。男が危険物でも持っていれば別だが。

 男が返事をしようとしたときに、休憩室に別の影が落ちた。男が慌てたように身を引いた。まるで、やましいことでもしていたかのようだ。

アエルは何気なく振り向くと、背広姿の男が二人、警察手帳を示しながら覗き込んでいた。

「警視庁の星黒也ほしくろなりです。天上アエルさんですね?」

「じゃあ、天上くん、僕はこれで」

 警察官がアエルの名前を呼んだとたん、男はなぜか安心したような顔をして立ち上がった。

アエルは他意なく、ただ軽く手を振ってからお辞儀をした。その男は人間社会では目上の存在となることを、途中で思い出したのだ。

 改めて星と名乗った警察官に向き直る。私服なので、刑事といったところだろうか。比較的大きな事件を扱う人間だと、聞いたことがあった。

「私が天上アエルですけど、御用でしょうか?」

 いままでぼんやり座っていたのが嘘のように、ぴしりと座りなおして向き合った。ただのメイドではなく、店長を務めていたアエルならではの習慣である。外部の者に、決して隙は見せないのだ。

「この二人について、ご存知ですね?」

 警察官は二人とも男だった。写真をアエルに見せた。二枚の写真に写っていた人物は、当然知っている人物だった。

「ルイちゃんと、下地ラクゴさんです。ルイちゃんは昨日殺されました。私が警察に通報したんです」

 刑事は二人とも小さくうなずいた。目つきは鋭かった。殺人事件を扱う専門であれば、殺人犯とよく相対するのだろう。普通の神経では勤まらない仕事に違いない。

「どうして、その場から離れたんです? お店の子でしょう?」

「お店で問題が起きていましたから。私はその時、急いでお店に行くつもりでしたけど、ルイちゃんが無断で休んでいることを知って、不安になってお家に回っていたんです。お店はお店で……今日から閉店ですが」

 言っていて、だんだん暗い気分になってきた。残っていたコーヒーを飲みほすが、明るくなれるはずもない。

「なるほど。大変でしたね。下地ラクゴはお店の客でしたね。最近はいつ会いました?」

「昨日……最後に会ったのは、今日かもしれません。昨日の昼間に、ルイちゃんの家の前で会ったのは確かです」

 刑事二人の目が見開かれた。偶然の遭遇、というのはそんなに驚きだろうか。

「時間は?」

「お昼は過ぎていたはずです。下地さんはルイちゃんが襲われていたのを助けてくれたみたいで、でも間に合わなくて……ルイちゃんは自宅のベッドで死んでいました。それから、ひょっとして今日の日付になっていたかもしれませんけど、下地さんから電話があって、外を見ると私のアパートから見下ろせる場所に立っていました。なんだか、突然電話がきれてしまったので、心配していたんですが」

「下地はどうしてあなたの電話番号を知っていたんですか?」

 ずいぶんと細かいことにこだわるものだ。何か重要なことなのだろうか。警察には逆らわないほうがいいらしいと噂には聞いていたので、アエルは素直に話した。

「ルイちゃんが襲われたときの様子を聞きたいから、後で電話してって、昨日名詞を渡したんです。携帯番号まで入った名詞ですが。でも、普段寝ている時間に電話してくれたので、明日にして欲しいって……言ったかしら?」

 その後悪魔が出てきて、アエルの魂を手にしていた。その印象が強すぎて、下地との会話はほとんど覚えていなかった。

 少し視線を外してから、下地との会話を思い出そうとした。やっぱり思い出せない。たいした話はしていないはずだ。諦めて警察官に視線を戻す。私服の二人は、互いに目を見交わし、一人が口を開いた。

「下地ラクゴ、我々がルイさんを殺した被疑者として探している人物です」

「……えっ?」

 アエルの眉が中央に寄る。警察官の顔は、冗談を言っているようには見えなかった。


 携帯電話をバックから取り出し、ミレイを呼び出そうとした。アエルは警察官と一緒にパトカーに乗り込んでいた。サイレンは鳴らしていない。けたたましく乗り付けて、警戒されてはいけないという刑事たちの配慮である。

「ミレイちゃん、電話に出ないわ。ラクゴがルイちゃんを殺したっていうの、確かなの?」

 電話の着信記録から、下地と話したのは日付が今日に変わってからだと判明した。下地はアエルのアパートを知っている。そのすぐ下まで来たのだ。今、部屋にはミレイが一人で留守番しているはずだ。

下地ラクゴは人をすでに殺している。ならば、ミレイが一人になったとたん、部屋に侵入してミレイを襲おうとするかもしれない。下地の目的がアエルであるとは、アエル本人は想像していなかった。

「DNA鑑定の結果がでれば証明されます。指紋も採取していますから、言い逃れはできないでしょう。それ以前に、目撃証言が多数あります。もちろん殺したのは室内だっただろうから、殺した現場の目撃者はいないでしょうけど、ルイさんの後をずっとつけていたのは確かだし、ルイさんの家に入っていったこともわかっています」

「ルイちゃん、誰か他の人に乱暴されたりしたんじゃないの?」

 下地ラクゴからはそう聞かされ、アエルは疑いもしなかった。

「あり得ないでしょうね。ルイさんが殺される寸前まで、普通に生活していたことは間違いありません」

 では、下地ラクゴはアエルに嘘をついたのだ。なぜそんなことをしたのか。警察に捕まりたくなかったのだろうか。それとも、次の犯罪を企んでいたのだろうか。

「私……気付かなかった」

「いまさら、ご自分をせめても仕方ありません。今朝、下地がアパートまで来たというのは確かなのですか?」

 二人の刑事のうち、一人が運転していた。アエルともう一人、星刑事は後部座席に並んで座っていた。星が後部座席に座ったのは、話をしやすいためだろう。

「……ええ。それは間違いないわ。下地に電話で言われてカーテンを開けたら、下から手を振られたから」

「その時、ミレイさんは?」

「ずっと眠っていたわ」

「下地は、ミレイさんという人が一緒にいることは知っているんですか?」

 星は次々と尋ね、メモを取っていた。アエルはただ答えていく。ミレイに何かあったらどうしたらいいのだろうと、そればかり考えていた。

「……わかりません。普通なら知らないでしょうけど、どうやって私のアパートを見つけたのかわからないんです。ずっと前から知っていたのなら、ミレイちゃんが一緒だって知っているはずです。ミレイちゃん可愛いから、下地の奴、私が出かけて、ミレイちゃんだけになるのを待っていたのかもしれない。どうして、気付かなかったのかしら」

 何度も電話してみた。ミレイは出なかった。

「落ち着いてください。ミレイさんは多分無事でしょう。我々が聞き込みした限りでは、下地の狙いは、たぶんアエルさんのほうでしょうから。アエルさんの留守中に忍び込む可能性がないとは言いませんが、ミレイさんがいたら避ける可能性のほうが高い」

「……私?」

 意外な言葉だった。アエルにとって、魅力的なのは常に雇っている女の子たちであり、アエル本人のことは考えたことがなかったのだ。

「つきましたよ。アエルさんはここで」

 車が静かに止まったのは、間違いなくアエルのアパートだった。

「私も行きます。ミレイちゃんの無事を確かめなくちゃ」

「我々に任せてください。これでも、プロですから」

 静かな物言いは、むしろ迫力に満ちていた。体から自信と決意があふれているかのように見えた。

こんな人間たちもいるのかと、アエルは少し戸惑った。

結局、小さくうなずき返すことしかできなかった。アエルが首肯したのを確認もせず、刑事たちはアエルが渡した鍵を手に、アパートの階段を静かに上がっていった。


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