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堕天使が経営するメイド喫茶へようこそ  作者: 西玉
現代へ転生したのは、天界の天使
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プロローグ

 天使であるアエルは、天界の回廊を急いでいた。

 天界とは、地上を見降ろす光輝に満ちた世界である。地上を見降ろし、ある時は人間を守り、ある時は罰を与える、絶対者のいる場所である。見降ろすといっても、具体的に上空に存在しているわけではない。

天界は曇の中にある。雲の中に、神殿が浮かんでいる。

 その雲が、水蒸気でできているかどうかは別の問題なのだ。

 水蒸気ではないなにかでできた雲が、地上から何キロメートル離れた場所に浮かんでいるのかは、問題とすべきことではない。

 ただ、天界は存在する。その天界の回廊を、天使であるアエルは急いでいた。


「アエル待ちなさい。抗議に行くとは、どういうつもりなのですか? 天使は神の意思を実行するのが役目なのですよ。神の意思に従いなさい」

 背後から追ってくる声に、アエルは険しいと自らが信じる表情をして顔を向けた。追ってきたのは天使長である。アエルよりはるか高位の存在であり、逆らうことなど通常は考えられない。神の意思を天使たちに伝達した本人である。

「神に逆らうと言っているのではありません。真意を正しに行くのです」

「同じことです。神の判断が間違うことはありません。私たちはただ信じて実行すればいいのです。神に対して真意を正すなどとは、思い上がりもいい加減にしなさい」

 天使長はすぐそばまで来ていた。背に持つ翼の大きさも力も、アエルとは比べ物にならない。振り切ることはできないだろう。そもそも回廊を闇雲に飛んでいたものの、どこに行けば神に会えるのか、アエルは知らなかった。

「どうしても納得できないのです。このままだと、私が守護している日本という島国の伝統が失われてしまいます。伝統は守らなくてはならないのではありませんか?」

 人間たちの世界には二百以上もの国があり、八〇億以上もの人間が生活している。それぞれの国を担当する天使が存在しているが、アエルは日本を守護する天使の一人である。 

では天使の数は何人いるのか、それはアエルも知らないし、疑問に思ったこともない。俗説に、天使に対する悪魔の数が数万と言われているので、天使もそれぐらいはいるのだろう。

アエルは、日本の担当天使であることを誇らしく思っていた。二百を越える国々の中で、傑出した文化を持っていると感じていたのだ。少なくとも、アエルの中では傑出しているのだ。

「日本のその伝統は守る必要は無いというのが神の判断です。そもそも伝統というより、最近興った文化ではありませんか。それに、既に決まったことなのですよ」

「では……見ず知らずの初見のお客に対して、『お帰りなさいませ、ご主人様』という接客が間違っているのですか?」

「いや、それ自体が……間違っているかどうかは、私にはわかりませんが……」

 天使長は言いよどんだ。当然だ。あらゆることを見透かすといわれている天使たちのまとめ役でも、実際に行った事の無い国の文化まですべてを把握できるはずがない。

たとえ把握していたとしても、ここ数年で人間の世界を魅了するまでに発展した、メイド文化を否定できるはずがない。それなのに、神の下した決断はあまりにも非情だった。

 『メイド文化を潰せ』という指示をしたのではない。そんな直接的な指令を、神は決して下さない。だが、神の組んだプログラムどおりに世の中が進展すれば、自然にメイド文化は消えていく。それだけ功名かつ深遠なのが、絶対者である神の手くだなのだ。

 さすがの天使長もたじろいだ。アエルはチャンスと感じ、一気にまくし立てた。

「他人の耳掃除をしたり、料理にハートの絵を描いたりすることが、間違っているはずがありません。私は守りたいのです。たとえ結果的に神に背くことになろうとも、日本の文化は守らなくてはならないのです」

 アエルの言う『日本の文化』とは、欧州における専門職のメイドが行う職務の伝統ではなく、日本でメイド喫茶と呼ばれる一部飲食店の接客文化である。たじろいだと思っていた天使長だが、言われっぱなしではいなかった。

「そのために、どんな代償を払ってもですか?」

 ――脅迫に来た。

 アエルは舌打ちを堪えた。ただの脅しだ。天使長とはいえ、まだ犯してもいない罪で天使を罰するはずが無い。

「どんな代償を払うことになってもです」

 言い返した。その『代償』は、確かに支払うことになった。

『その願い、聞き届けよう』

 目の前で、天使長の口が動いていた。だが、天使長の声ではなかった。重く、威厳に満ちた声だった。その声を直接聞いたのは初めてだった。初めての声だったのに、誰の声なのか、すぐにわかった。誰の声なのか、誰が話しているのか、誰の意思なのか、悟らされた。

「あの……」

 その名を呼ぼうとしたとき、アエルの視界は突然暗転した。

 落ちている。そう感じた。

 落とされているのだ。

実際の距離はわからない。ただ、はるか下だ。

 巨大な手につかまれ、強引に下に向かわされているような感覚があった。

 力が奪われていく。

 天使の象徴ともいえる翼がむしりとられ、あらゆる能力が劣化していく。

 言い知れない恐怖と共に、アエルは落ち続けた。

 天使に性別はない。

 落ちるに従い、胸が膨らみ始めた。

 手足が長く伸び、引き締まった体が柔らかく変化した。

 ――堕天?

 それが、今自分の身に起きていることなのだ。

 意識が飛ぶ。

 天使アエルは、地上に堕とされた。


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