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王と少女の花物語

作者: 文月九

 国王を退位してから、はや10年。

 妻に先立たれ、息子に王位を譲ってからは、毎日が独り魂が滅ぶのを待つだけだった。

 善き王として国を、民を想い。政務に励み。娯楽や自由な時間を捨て、身体の限界まで、国の改革に勤しんでいたら、いつしか民からは鉄血王。息子の現王からは氷の心を持った破綻者とまで蔑まれるようになった。それもしょうがないと思っておる。なにせ息子に親として、優しさをもって接したことなど記憶にないのだから。


「前王様、どちらへ?」

「……なに、城内にいるのも退屈でな。散歩も兼ねて外へ出ようと思っておる。心配はいらん、ちゃんと変装もしておるし、騒ぎが起こることもない。なんせ民はワシの顔なんて知らんよ」

「は、はぁ。ちゃんと夕方には戻って下さいよ?」


 多忙な日々に明け暮れた在位時代。市井の前に姿を現すのは殆ど妻か息子に任せてあった。自分は専ら書類や貴族を相手にこなしていたが、それでも国民の人気は高かったそうだ。

 しかし今では現王に疎まれることが原因で、城内では厄介者扱いである。


 商業区と市街区の中央に位置する広場には、ここの象徴とされる噴水があり、水がアーチに吹き、それを囲む花や草で彩られ、市民の憩いの場として形成している。平日だというのに老若男女の話し声で賑わっていた。


 そんな中、前王は帽子を深く被り杖を片手に、一人ベンチに腰を下ろしていた。

 

「どなたかお花は買いませんかー?今日は前国王様が即位した記念すべき日ですよー。それに合った素敵なお花がありますよー」


 賑わう声のなかか甲高い声が聞こえた。それは見た目がまだ10歳を超えたであろう娘であるため、一瞬だが注目を集めた。しかし幼い少女の売る花なんかに回りも興味は持てず、すぐにそれぞれの会話の続きを開始していた。


 あれから眺めていたが、1時間経過しても少女はめげず声を大きくして客を呼んでいた。しかしそれでも来るのは冷やかしだけだった。

 前王は在位中に少女が前王を知るはずもないのに、記念日と称し花を懸命に売ろうとしていることや、記念日に合った素敵な花というのが気になって、ついつい声を掛けた。


「お嬢ちゃんよ、その花について聞かせてくれんかのう?」

「は、はいっ!ありがとうございます!」


 冷やかしではない初めてのお客に少女は目を輝かせ、バスケットからピンク色の花を一輪取って熱心に説明をしだした。

「この花はですね、カルアミといいまして。花言葉が『笑顔』って言うんです。」

「まったく前王に似合わない花だの。ちゃんと前王のことを知っておるのか?」

「はい、お母さんから聞きました!とっても厳格で、不正を働く大臣さまや貴族さまをいっぱい懲らしめたり、浮ついた噂も出ることなく、国民の前では顔を変えることが一度もない仮面をつけたような恐い人だと!」

 自覚はしていたが、あまり嬉しい答えではなかった。

「それでどうして、そのカルアミというのを?」

「そんな前王さまもこの花で笑顔になってくれたらいいな。っと記念日に願いを込めて、カルアミを選びました!」

 なんと無垢で優しい少女だ。

「……そうか。ならワシも一つあやかって買わせて貰おうかの」

「あ、ありがとうございます!銅貨5枚になります!」


 笑顔になったのはワシでなく少女の方だったが、まぁ良いか。

 そしてカルアミのことをいくつ教えてもらえたのち、前王は広場を後にした。


 その夜、買ってきたカルアミを飾っていると、義娘や孫には奇妙な目で見られ、城内では花を持って帰ってきた前王に何かがあったと噂が広まっていた。



 あれから3日後、またも城外に出る機会を得た前王は広場へ散歩に向かった。

 すると花売りをしている少女が、またもいたので声を掛けることにした。


「お嬢ちゃん、今度は何の花を売っておるのかい?」

「あ、お爺さま、こんにちは!今日はボジリーと言う花で、英雄ブラゴさまが千の魔物と闘うときにボジリーの香りで勇気を出すことができたって伝説をもつ『勇気』の言葉の花です!」

「ほうブラゴか、五百年ほど前にあった歴史じゃが、伝説にそんな花のことがあったのか、もしかしてその伝説の日は?」

「今日ですっ!!」

「嬢ちゃんは物知りだのう、同年代のワシの上の孫も見習ってほしいもんだ」

「えへへ。お母さんがよくお花について教えてくれたので自然と覚えました」

「なるほどのう。ところで嬢ちゃんほどの子供がなんで花売りを?働くにしても、もっといいのがあるだろうに」

「ええっと……お母さんが病気でして、お父さんはその看病と仕事で忙しくて、私も少しは家族の役に立ちたくて、こっそりお店の花を持ちだしお花売りをやってます」

「そうか、それはすまないことを聞いたな。お詫びにその花をワシの売ってくれるかのう?」

「ありがとうございます、お爺さま!銅貨3枚になります!あ、それと私のことはお気になさらず大丈夫ですから!!」


 それから少女といくつか会話をして城へ帰った。

 そして夜、新しい花を飾っていると、義娘が恐る恐るワシに花について聞いてきた。


「お義父様、最近花を飾ってますけど、どうかなさいましたか?」

「なに、ちょいと気晴らしにな。その花を知っておるか?」

「え!?ええ……カルアミとボジリーです、でしょうか?」

「なんだ知っておったのか。どれも愉快な物語りや花言葉をもってあっての……」


 それから義娘と傍にいた孫二人に、飾ってある花について少女に聞かせてもらったことをそのまま話した。最初はぎこちなかった三人も話が進むごとに自然となり、会話に花を咲かすことができた。

 思えば、これほど身内と雑談をしたことがあっただろうか。在位中は政務一筋で家族との団欒や趣味という物に時間を傾けることもなかったし、王ならば無駄とさえ考えていた。それが何時しか己に冷たい仮面を付けていたのだろうか。今更だが後悔を僅かばかりしてしまっている自分に驚きを隠せないでいる。



 あれから一か月、何度か少女のところへ花を買う日々が続いた。

 前王は、少女のおかげで家族と会話をする機会が増えたことに感謝を述べ。

 少女もまた、お爺さまがきっかけに花を買ってくれるお客さんが増えた、と感謝した。

 高級な服で身を包んだ老人が、何度も幼い花売りの少女の花を買いにいくことが奇妙に見え、噂になったそうだ。

 そして何時しか二人の回りには、少女が老人に楽しそうに語る花の物語りを聞きに大勢の人で溢れ返っていた。


 しかしそれは、最近王位が代った隣国に良からぬ動きがあるという知らせで城外に出る機会も減り、

前王は少女に訳あってこれが最後になると話した。


「お嬢ちゃんよ、どうやらこれから忙しくなりそうでの、ここへ来るのも最後になるんじゃよ。嬢ちゃんのおかげで大切なことを色々と学んだ。だからこそワシは息子のために今度は一人の親として、何を言われようと、助けることに決めたのじゃ。そしてできることなら息子と心を交わしてみたいと思っておる」

「わ……わたしも、お爺さまのおかげで辛かった日々も楽しい日々になりました。最初は不安で心細くて、でも頑張らなきゃって思ってて……お爺さまも初めはいかつい感じで実は無理を装ってたけど、お爺さまの優しい問いかけにいつの間にかいっぱい救われてました。顔は恐いけど優しい人なんだなと……だからお爺さまが息子さんのために頑張るのは、とても嬉しいです!別れるのは悲しいですけど、嬉しいんです!」

「ありがとう……嬢ちゃん。今日の花を買わせてくれんか?」

「はいっ!!」


 そして最後の前王と花売りの少女の花語りは始まった。

 涙を流すも懸命に話を紡ぐ少女に、前王もついつい涙腺が緩むも何とか持ちこたえる。

 話を聞いてる他の客も空気を読んでか、少女の語る言葉を静かに大事に聞き入っている。

 ついに終わりを迎え少女は拍手いっぱいに包まれる。

 前王は少女から花を受け取り、背を向き帰ろうとすると、少女に声を掛けられる。


「お爺さま、これを受け取ってください!」

 それはいつも少女が身に着けていた花を模した髪留めだった。

「この髪留めの花にもちゃんと名前がありまして、アマリネって言うんです。花言葉はーーーー」



 あれから前王は、息子である現王に頼み込んで隣国に特使として派遣されることになる。現王は初めこそ反対していたそうだが、前王と腹を割って話し、その想いを聞き、ついに折れることになる。

 そして2年の歳月を経て、隣国との交戦間近かと思いきや、前王の計らいにより平和的な終幕を迎える。

 しかし老いた身体で無理をしたことで前王は帰国後すぐに病に倒れることとなり、心配した現王は前王を養生のため王都から北の別荘へと送る。

 そして3年の月日は流れ。病を治した前王はついに王都へ、久しぶりのあの広場へと向かう。

 


 およそ5年ぶりの広場には、昔と変わらず大勢の人で賑わっていた。しかし辺りの人に聞く限りでは、花を売る少女のことは知らないそうだ。

 ワシももう老いすぎた。眼も碌に見えなくなり、手足の感覚も日を追うごとに鈍くなるのが分かる。

 残り短い人生、あの少女にもう一度会いたいと思い来たが、無理そうじゃのう。

 髪留めを包む右手の握力が無意識に強くなる。きっと少女は今、幸せに暮らしている。もうここへ来るようなことは無いのじゃ。会えなくてもいい、だから、ただ少女が今、幸せでありますように……。





「そこのお爺さま、アマリネの花言葉、知っていますか?」


 突然後ろから掛けられた声に、心臓が大きく動きだす。唇が震えながらも言葉を繋ぐ。


「あ……あぁ知っておる、覚えておるぞ。『幸せな思い出』そして『また会う日を楽しみに』じゃろ」


 後ろを向くと、あのころの少女の面影を残しながらも、大きく成長した一人の女性が満面の笑みで仮面の剥がれた老人を迎えていた。

初めて小説を書きました。

温かい目で見守ってください。

因みに元となった花は始めから、カルミア、ボリジ、ネリネでございます。

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