ムキムキでもときめきたい。
姫様、恋の訪れの巻。
「やめてくださいっ…!」
か細いけれど必死な声に気づけたのは運命だったのかもしれない。
☆☆☆
ある国にそれはそれは勇猛果敢な凛々しい姫様がおりました。
剣をふるえば、ばったばったと相手をなぎ倒し、
組手をすれば、軽々と投げ飛ばし蹴り飛ばし、
走れば風のように早い。
その肉体は鋼のように強く…なんと言いますかムキムキマッチョでした。
姫様は六人の弟妹がおりました。
二の姫から五の姫まで、おまけに末の弟も皆が美しいと評判の王妃様に似ましたが、その姫はそれはそれは父である国王の面差しに似ていましたので強面でした。
父である国王は周辺諸国どころか隣の大陸まで名を轟かすほどの強さを誇り、かつ戦場では冷酷無慈悲な悪魔の王と呼ばれ恐れられておりました。
そんな父に似た姫は大変男らしい顔立ちな上、ムキムキマッチョでした。
お年頃を過ぎて、妹達が次々と嫁いだり、嫁ぐまえだったりして現在姫はブルーでした。
自分がいき遅れているから妬みそねみでブルーでなく、
妹達がそろって
『結婚しても一番の理想はお姉様。もし男だったら絶対嫁にいったのにっ』
と旦那や婚約者、求婚者に言うせいでやっかみを受けたり決闘を申込まれたり、自分がいかに妻or婚約者(妹達)を大事にしているか愛が深いかを永遠と語られたりするのです。
一言でいうと、妹に愛され過ぎて辛い。
今世では結婚は無理と諦めている姫様ですが、父からの重い愛にぐったりする母も、なんだかんだいいつつ愛さる妹達も羨ましく思ったり。
私だってな、愛されたいし、愛したいのに。
そんなことを思うとブルーになる姫様でした。
この頃は、キャッキャウフフできるような恋人は諦めて、動物でも飼おうかと真剣に考えています。
できれば、ふわっふわでつぶらな瞳を持つ小型の動物がいいな…
そんなことを考えながら裏庭を散歩していた姫様の耳に冒頭の声が聞こえました。
気配を殺し、足音を消し、現場にたどり着くと男三人に小柄な人物か囲まれているところでした。
壁に追い込まれています。
いわゆる壁ドンです。
しかし姫様の愛読する恋愛小説のようなムードたっぷりの壁ドンでなく、悪役たちに囲まれている絶体絶命凌辱危機な雰囲気です。
いけません、乙女の危機です。
囲まれている人物が乙女かは分かりませんが、とにかく助けることにしました。
「やめて~だってよ、かわいいの。」
「フンッ親父さんのコネで入ったくせに偉そうにするなよ」
「偉そうになどしてません…っ
ただ書類提出していただかないと経費決算はできないと申し上げているです。私は仕事がありますので帰ります。そこをどいてください。」
「はい、どうぞって行かせると思うか?ああ?」
「コネ入ったわけではありませんが、父がいま貴殿方がしていることを知れば報復すると思われます。どいてください。」
「報復ねぇ…」
囲む男の一人が両腕を掴む。
一人が顎を持ち上げ、顔を上げさせた。
一人はにやにやとただ眺めている。
囲まれていた人物は可愛らしかった。
ふわっふわな髪は肩までで切り揃えられ、つぶらな瞳は潤んでいる。
頬は薔薇色。唇もぷるんとしている。
「お話しできない位のことされたら、俺達の話も聞いてくれるし、おとーさまにも話さなくなるんじゃないか?」
にやつく男の一人が服に手を伸ばした瞬間、姫様の蹴りが炸裂する。
10秒もせずKOされた男たちを踏みつけて、姫様は衝撃で尻餅をついた人物に手を差し伸べました。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ありがとうござ…いま…すっ…」
言いながらポロポロと涙を溢します。よほど怖かったのでしょう。
「…これを…私が刺繍したものですがお使いなさい。
それでは気を付けて職場に戻りなさい。私はこの不届きものを連れていくから。」
可憐なその姿に抱き締めたくなった姫様ですが、ぐっとこらえてかっこよく去っていきました。男三人を軽々と抱え、引きずりながら。
「あのっ…!
ありがとうございましたっ!」
ちらりと振り返った姫様は、涙を浮かべつつも微笑むその姿に胸を打たれ、照れすぎてなにも言えず去っていったのでした。
ちなみににやけるのを必死に堪える姫様の形相は恐ろしいまでの殺気をたぎらせ将軍さえもびびったとのことでした。
☆☆☆
「ぐおあああぁぁぁぁぁぁぁ!
名前くらい聞いておけばよかった!
抱き締めちゃえばよかった!
欲を言えばお持ち帰りしたかった!」
その夜、後悔でごろんごろんと転がる姫様を侍女はほほえましく見守った為、姫様お気に入りのネグリジェは筋肉の動きと高速ごろごろに耐えきれず破れてしまいました。
ムキムキでも恋がしたいと言っていた姫様は、今日助けた少年だが青年に恋をしてしまったのでした。
そう、可愛いあの子は男の子だったのです。
一見すると少女に見えなくもありませんが、男の子です。
ときめいた姫様ですが苦しくもなりました。
こんなにときめいても恋しく思っても振り向いてもらえないだろうし、次に会ったら怯えられてしまうかもしれない。
恋に落ちたムキムキマッチョな姫は、ときめきと恋する苦しみを知ったのでした。
ネグリジェは姫が直しました。
裁縫や刺繍が上手な設定。料理だってできるよ!