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迷宮の所以

「――よっし!これで終了!」


どれくらい時間が経っただろうか。文字盤を開き中の魔石のずれを正してあげることにより、魔時計はまた正確に時を刻み始めた。作業自体は簡単なのだが、如何せん魔時計は精密品だ。ちょっとのずれやゆがみが全体に影響を及ぼすため、修理にも最新の注意が必要となる。いつの間にか息を詰めていたのだろう。ほうっと息を吐くと、額に浮かんだ汗をぬぐった。


「ほー。どれどれ。ちゃんと動いているな?」

「当たり前だ!!」


さっきまで寝ていたくせに、出来上がった途端に手を伸ばして来たジークに悪態をつきつつ、アーシェは魔時計を投げつけた。


「わっとっと!お前!!直した端から壊す気か!!」

「うるさい!この程度で壊れるような修理、俺がするか!!」

「おぅ、こっちも丁度終わったか」


デュークたちが左翼の回廊から、探索を終えて合流した。


「おいシリウス!こいつ直した魔時計俺に投げつけやがったぞ!!直したと見せかけて壊す気じゃ…!」

「どれどれ?うん、ちゃんと動いているじゃないですか」

「なにぃ~~!!」


勝ち誇った笑みをジークに向けると、アーシェはシリウスに向き直った。


「時間の経過が分からないから、魔時計が止まったと思われる時間から、時を刻むようにしておいた。正確な時間はわからないけど、時を測る目安にはなるんじゃないかな。後魔石の残量だけど、後半日程度なら持ちそうだったよ」

「素晴らしい!アーシェ、感謝しますよ」


にこりとシリウスが微笑むと、アーシェは少し照れながらも胸を張った。


「こっちの方は収穫なし。特に目ぼしいものは見つからなかったわ」


残念そうにリーザが報告すると、デュークが微かにうなずいた。


「右翼、左翼共に人が使っていた形跡があった。但し、場所や年代を特定できるようなものは何一つなかった」

「そうなの。まさに不自然なくらいね」


困ったように眉根を垂れて、リーザは無念そうに肩をすくめた。


「部屋はそれぞれ12部屋ずつあるのですが、そのどれもが不自然なまでに生活感が無いというか…。来客時の別邸として使われていたのかもしれませんが、その割には給仕室の様なものが見当たりません。またどれも版を押したかのように似たような作りで、最低限の家具以外は、全て撤去されている…。回廊の細工や意匠は独特の風合いがありましたので、研究者達が調べればまた違うかもしれませんが、今の私たちにできるのはここまでですね」

「アーシェちゃんが言ってた薬草の部屋も見たけど、ちょっと古すぎて何の薬草かはわからなかったわ。あれで使えるものがあったら失敬しようと思ったんだけど、流石に茶色く変色してる葉っぱとか、ちょっと怖いし…」


はぁ、とため息をつくとリーザがぼやいた。


「そうすると、正直何も進展無しか…」


眉間にしわを寄せて、ジークが唸った。


「後は唯一調査をしていないのは、あの通路だな。だが、あそこを調査するのは少々骨が折れる」


そう言うとデュークが中庭を挟んで扉の反対側、アーシェも探索を諦めた古い通路を指差した。それを受け、シリウスもしきりにうなずく。


「あれを調査しようと思ったら、本格的な装備がないと少々きついですね。あれだけ周りの植生と一体化しているとなると、遺跡を傷つけずに進むためには専門家が必要です」

「例え進めたとして、得体がしれない所に繋がってたら意味ないしね」


残念とばかりに、リーザが肩をすくめた。


「しかしこの場所の発見だけでも、大きな収穫ですよ。本当に魔物が居ないのであれば、迷宮探索の丁度良い中継基地になりますし、専門家たちにとっては興味深い研究材料が沢山ありますからね」

「そうだな。後はどうやってナルバまで戻るかだが…」


デュークの指摘に、また五人の表情が暗くなる。


幾らここが安全そうだとはいえ、水も食料もないこの場所にずっと居座るわけにはいかない。しかもその安全とて、いつまで続くか保証はないのだ。またここから『門』を目指したとしても、前衛であるジークとデュークは万全の状態ではないし、シリウスは魔力切れ、リーザも手持ちのアイテムが麻痺玉一つ。いつ先ほどのワイバーンの様な魔物が現れるとも分からないのに、これで迷宮に挑むなど自殺するようなものである。


「――あのっ!」


重苦しい沈黙を、アーシェの声がおもむろに破った。


「俺を『門』まで送ってほしいんだ!その為にはできることなら協力するから…!」


ここに一人残されたくは無い。切羽詰まった表情で、アーシェは四人を見上げた。

そもそも、ジーク達にはアーシェを助ける義務など無い。もちろん見捨てれば多少は良心が痛むかもしれないが、彼らの最優先事項は自分の、そしてひいては仲間の生存だ。生きてこの迷宮から出られるかどうか分からないこの状況で、余計な荷物を背負いたくないというのが、偽らざる本音だろう。


「…でもね、アーシェちゃん。見ての通り私たちだけでも、生きて『門』までたどり着けるかどうか分からないの。そんな所にアーシェちゃんを連れて行ったら、余計に危険だわ」


申し訳なさそうにリーザが言う。


「そうですね。それならここは見たところ安全そうですし、ここに残って救援隊を待った方が、貴方にとっては一番危険が少ないでしょう。私たちが『門』にたどり着けばすぐさま救援隊を手配しますし、できなかったとしても早晩他のパーティがここを見つけるかもしれません」


リーザに続いてシリウスが諭す。確かにそれは一見危険も少なく、安全な手かもしれない。しかしアーシェはキッと意思のこもった目で見上げて、その提案を拒否した。


「嫌だ!ここがいつまでも安全なんて保障は無いし、救援隊がいつ来るかなんてわからない!そんな不確定な要素に頼るなんて、そんなの嫌だ!」


最悪、ジーク達が『門』にたどり着けたとしても、救援隊が組まれない可能性だって有りうるのだ。


「とは言ってもなあ…。正直俺たち四人でも厳しい所、お前みたいなお荷物を背負っていける程、ナルバの迷宮は甘くはない。悪いが俺もシリウスの案に賛成だ」


独りここに残される――。それはアーシェにとっては恐怖以外の何物でもない。確かに迷宮に比べれば一見安全なようだが、一度状況が変わればアーシェ一人で生き抜くのは困難であろう。しかしジーク達は冒険者。教会の騎士団ならまだしも、彼らは慈善活動を行っているわけでは無いのだ。


報酬(みかえり)』が無ければ動かない――。厳しい表情のジークを見据え、アーシェは意を決して四人を見上げた。


「シリウスの魔力回復と、正確な魔物の位置把握。これを条件に俺を『門』まで連れて行ってくれないか?」

「――なんだって?」


四人が同時に息を飲んだ。



*******************************************


この世界には魔力の源となる魔素が溢れている。それは空気に溶け込み、普通に生活している者たちにとっては気が付かれない、本当に些細な物質だ。しかしこれが魔力を操れる魔術師と呼ばれる者たちや、日常的に魔道具を使う者たちにとっては、話は別だ。

魔術師たちは空気中に漂う魔素を体内に取り込み、それを自らの魔力に変換することで魔法を行使する。また魔道具屋達は空気中の魔素を魔道具に取り込み、留まらせる事により、任意の事象を発生させる。空気中に漂う見えない物質。この魔素をいかに使いこなせるかが、魔力を扱う者たちにとっての、基本であり究極であった。


そしてこのナルバの迷宮が史上稀にみる難関ダンジョンであると言われる所以が、ここにあった。多少の濃淡はあるものの必ず世界のどこにでも存在しているはずの魔素が、ナルバの迷宮には無いのだ。通常であれば多少魔力が枯渇しても、自然と回復してくるはずのものが回復しない。これにより魔術師たちは、自身の中に溜め込んだ魔力と、魔石等の魔道具に蓄えた魔素を使って、迷宮を進まなくてはならなくなったのだ。

これは魔術師の戦略的価値を半減させ、自ずと『門』を潜る冒険者たちは魔力を必要としない戦士型で構成されることが多くなった。


しかしこれは冒険者側の勝手な都合であって、迷宮の魔物たちには当てはまらない。


強力な魔物を前にして、今まで当然のように受けられていた魔法による援護が無くなり、多数のパーティがその困難に直面した。ひとたび魔力切れを起こしてしまえば、魔術師など強力な魔物の前では無力だ。魔石で補充しようにも、魔素の入っている魔石自体が高価であるし、そう沢山持ち運べるものでもない。その為自然と、自身の魔力値が高い上位の魔術師が持てはやされるようになった。


「シリウスは迷宮に潜るくらいだから、そこそこのレベルの魔術師だろ?流石に満タンとまではいかないけど、半分くらいまでなら回復させられると思う」

「それは魅力的なお誘いですが、一体どうやって…?」


シリウスの表情から柔和な笑みが消え、瞳がすっと見開かれた。一見人当たりが良さそうなのに、こういう時の鋭い眼光は思わずアーシェを怯ませる。気分は蛇に睨まれたカエルだが、しかしここで怖気ずくわけにはいかない。


「風属性の魔石が一個。量もそこそこだから、シリウスの総量の半分くらいは賄えると思う」

「――それで魔物の正確な位置把握ってのは?」


腕を組み、ジークがアーシェを見下ろした。その顔は一切の嘘は許さないと言った、険しい表情をたたえている。アーシェはすっと目を凝らすと、順繰りに四人を見やった。


「シリウスは風と水属性の中位クラスの魔術師。リーザは少し風と土の影響を受けているけど、魔法は使えない。デュークは火と土の属性影響がすごく強いけど、風も少し取り込んでる。ジークは光属性で、多少は魔法が使える」


一人一人を見つめながら、淀むことなくアーシェは告げた。

人は大なり小なり魔素の影響を受け、それぞれ無意識のうちに体内に取り込んでいる。そしてそれを使う、使わないは別として、魔力として変換して体内に蓄えるのだ。それは多少の影響を様々な形で及ぼすものの、その変換される属性は個人差があるし、魔力を扱う者でない限り自身の影響を受けている属性など鑑みることも無い。そしてその最大の理由が、精霊使いと呼ばれる一部の種族を除き、人間には正確な魔素・魔力の把握ができないとされているからだ。


訓練を受けた魔術師であれば、ほぼ正確に魔素・魔力の流れを感じることができるという。しかし、実際に『見えて』いるわけではない為、正確とは言いづらい。その為『対象の属性を正確に言い当てる』と言った行為は、まさに『あり得ない』。四人は驚きに眼を見張り、顔を突き合わせてしまった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!私自分の影響受けてる属性なんて、初めて知ったよ?!」


リーザが慌てて三人を見やる。そもそも魔術師でもない為、自身の属性など考える必要がない。その為判断がつかないというのが正直なところだ。


「…俺の光はさっき光陣閃かましたから、そん時に見たんじゃないか?」


ジークが異論を唱える。


「…しかしその理屈だと、私の水属性が説明できませんね。私はずっと風属性の魔法しか、ワイバーン戦は使っていませんでしたので…」


「俺も自分の属性は正確には分からんが、おおよそあってるだろう。火と土は俺の身体能力の上昇に貢献してるだろうからな。だが風も見抜くとは…。風は唯一、俺が隠している属性魔法だ」


ジーク達は押し黙り、アーシェを見つめた。予想していたとはいえ、こうやって見つめられると正直居たたまれない。そして次の問いは自ずと予想が出来た。


「アーシェ…。お前は精霊使いなのか…?」


産れながらにして類まれなる魔術の使い手とされる精霊使いは、強力な魔法や上位の存在である精霊を行使し、また魔素・魔力が『視える』と言う。歴史を紐解けば時代の転換期には必ずその存在を見られる彼らだが、今ではその実在すら危うい。半ば伝説となった彼らだが、故に尊敬を込めて精霊使いと呼ばれていた。


しかしジークの問いに、アーシェはふるふると首を横に振った。


「俺は精霊使いじゃない。だから魔法は全く使えないんだ…。でも魔力の流れは大体見える。ワイバーンの竜核を見つけられたのも、そのおかげだ」


アーシェの弁に、シリウスが納得したように深く頷いた。


「確かに『視える』のであれば、竜核を見つけるのも容易いでしょう。私たち魔術師たちは魔素や魔力の流れを『辿る』のですが、それはどうしたって効率が悪いですからね」

「ダンジョンには何度か潜ったことあるけど、人も魔物も大概何らかの魔力を帯びているんだ。それを事前に察知できれば、奴らの注意の合間を縫う事くらいはできる」

「なるほど。私は気配や物音を頼りに索敵をしてるけど、アーシェちゃんは魔力を辿ってそれをするって事ね」


皆が一様に頷くと、ジークが眉間に深いしわを寄せて、アーシェの前に立った。


「――お前が索敵能力に優れているってのは分かったが、それは本当に実戦で使えるのか?ナルバの迷宮はそん所そこらのダンジョンとは、訳が違うんだぞ」


挑むように睨まれて、しかし負けまいとアーシェも睨みあげた。ここで目を逸らしたら、信用してもらえない。この遺跡に一人残される。それだけは絶対に嫌だった。


「使えないと判断したら、その場に置いてってくれて構わない。だから『門』まで連れて行ってくれ!」


厳しい表情の薄い碧眼を見返し、アーシェはキッと睨みあげた。探るように見つめるジークだが、先に折れたのは彼の方だった。


「…わかった。お前を『門』まで連れて行ってやる。ただし無理だと思ったら置いていくし、俺の命令には従ってもらうからな」


渋々といった風にため息をつくと、特大の笑みを浮かべてアーシェが頷いた。


「ジーク!ありがとう!!」


安堵と共に、アーシェは顔を綻ばした。

和やかに笑う五人の上に、燦々とまぶしい光が降り注いだ。


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