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冒険者達

「はっはっは、すまんすまん!子どもだからと思って気にしなかった」


デュークは豪快に笑うと、全く悪びれた風もなくアーシェに謝罪した。


「もうデューク!!女の子は小っちゃくても女の子なの!!何堂々と卑猥な事してんのよ!!」


やっと解放されたアーシェは、涙目できっと男どもを睨みつけながら、リーザの後ろに隠れた。

顔が赤く見えるのは、何もつねられただけでは無いだろう。この短時間で男性不信になりそうだ。同性のリーザが天使に見える。


「いやぁ…。でも見た目じゃわかんないぞ?」

「ジーク!」


素早くリーザの叱責が飛ぶ。


「ごめんねぇ、デリカシーのないおじさん達で」

「お、おじ…!!」

「………その中には私も含まれているのでしょうか」

「はっはっはっは、おじさんはもうちょっと肉感的な方が好みだなー」


反省が無い。

ぎゅっとリーザの裾をつかむと、目線を更に険しくさせてアーシェは隠れた。


「もーう、こんなに警戒させて!」

「…何か威嚇する子猫だな」

「ジーク!!」


ぼそりと言った声は、しかししっかり聞こえている。

こいつは信用ならないと、アーシェはしかと胸に刻んだ。


「――それで貴方は何という名前なのですか?」


流石に先ほどまでのやり取りで気が引けているのか、シリウスは申し訳なさそうにアーシェに問いかけてきた。ここでだんまりを決める程、アーシェも子どもではない。不承不承といった風で、ぼそりと名乗った。


「…アーシェ。魔道具屋見習いだ…」

「魔道具屋?!」


ジークが素っ頓狂な声を上げる。それを横からシリウスがまぁまぁと宥めた。


しかし驚くのも無理はない。本来こんな魔物が抜鉤しているようなところに、子どもでしかも非戦闘員であるアーシェがいること自体が既におかしい。眉間に皺をよせ微妙な顔をしたジークを脇に寄せ、シリウスが一歩前に出るとアーシェの目線に合わせるよう、跪いた。幾ら子どもとはいえ、アーシェもそこまで小さくは無い。その為シリウスがひざまずくと、アーシェを見上げるような高さになった。


「アーシェ。まずは貴方を疑ったことをお詫びします。そして貴方のおかげで助かりました。私だけではゾンビ化する前に核を探し当てることはできなかったでしょう。お礼を言います」


しっかりとアーシェを見上げて、シリウスは律儀にも謝ってきた。驚きに目を見開き、アーシェは思わず見返してしまった。

力のあるものは得てしてプライドが高い。あの正確な魔法を行使するだけあって、恐らく力のある魔術師なのであろう。それがこんな年端もいかない子どもに頭を下げるなど、アーシェは驚きを越してあっけにとられてしまった。


「アーシェ、私たちの謝罪を受け入れてくれますか?」


人好きしそうな温和な笑みを浮かべて、シリウスが訪ねてきた。


「…分かった。アーシェはシリウスたちの謝罪とお礼を受け入れる」


ぼそぼそとした声でそうアーシェがこぼすと、シリウスは目に見えて安堵の表情を浮かべて、ほっと肩をなで下ろした。


「アーシェちゃん!本当にありがとうね♪」


明るい声でリーザが言うと、アーシェの頭を軽く撫でた。話すだけで一気に場が明るくなるのは、彼女の雰囲気のなせる業なのだろう。くるくるとよく動く表情と、屈託のない笑顔は、明るい彼女の本質を表しているようだった。


「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はリーザ。このパーティのスカウトを担当しているわ」


片目を軽くつむってみせると、肩口で切りそろえられている茶色がかった金髪が、ふわりと揺れた。


「私はシリウスと言います。見ての通り魔術師です。以後お見知りおきを」


跪いたままにこりと微笑む。銀色の髪と同じ色の眼鏡は、ともすると冷たく理知的な人間に見せそうだが、その柔和な表情がそれをうまい具合に中和させていた。


「俺はデューク。傭兵上がりの冒険者だ。ま、このパーティの中では俺が一番年かさだな」


鍛え抜かれた赤茶けた体には、なるほど、確かに無数の古傷が見えた。しかし悪戯っぽくニッと笑いかけるその姿は、どこか愛嬌があって可愛らしさすら感じさせる。


「まったく、お前ら俺を差し置いて…。俺はジーク。一応このパーティのリーダーをしている。さっきは助かった。改めて礼を言う」


軽そうな印象しかなかったのだが、まじめな表情もできるのか、というのがアーシェの素直な感想だ。少しくすんだ薄い金髪に、明るい空の様な淡い碧眼。誠実そうな青年に見えるが、しかしアーシェは騙されないぞと思う。


「ところでアーシェちゃんはどうしてこんな所にいるの?こんな区画、私たちも聞いたことが無いんだけど…」

「見たところ戦闘員では無さそうですし、研究員のグループからはぐれたというには年齢的にも…」


歯切れの悪いその問いに、アーシェも表情を暗くした。これを聞かれると正直辛い。如何せん、自分自身も何があったのかよく理解していないからだ。


「俺は…ナルバで魔道具見習いをしているんだが、ほんの好奇心から始源の祭壇に上がったんだ。そしたら『門』に引っ張られて、気が付いたらここにいた」

「『門』に引っ張られて?」

「…多分。後ろを向いてたからよく分からないんだけど…」


アーシェはここに飛ばされてきてからの事を、丁寧に説明した。ジーク達はどうもナルバの迷宮に潜る冒険者らしい。そして話を聞く限り、どうも未踏の区画にアーシェは飛ばされたらしいのだが、そこに運よくジーク達が迷い込んできたようだ。


「それにしてもここは何なんだ?こんな場所は見たことも聞いたことも無いぞ?」


改めて辺りを見回し、ジーク達はその異常さに驚きを隠さなかった。


明るい空、人の手の入った遺跡、魔物の居ない空間――


迷宮には潜ったことの無いアーシェでも、その内部については懇意にしている冒険者たちから話は聞く。日の射さない暗い迷宮。洞窟の様な形をしていて、しかし所々に配置されている人の手が入ったかのような部屋。そしてそれらを守るように徘徊する強力な魔物と、未知の古代遺物。


その全てが、この区画と相いれなかった。


そう思うと今更ながら、何故迷宮とつながっている扉に初めから気づかなかったのか、アーシェは不思議でならなかった。あの巨大な扉は、あまりにここの雰囲気とはそぐわない。今はもう閉じられてしまっているものの、それでも扉から漏れ出す禍々しい妖気は、まさに本来の『迷宮』のイメージを現しており、この平和な空間の中では浮いてしまっているのだ。


「俺もきちんと調べたわけじゃないんだけど…。この中庭を中心に左右に建物が伸びていて、それぞれ幾つかの部屋があるんだ。薬草の類がしまってある倉庫や、ベッドが置いてある部屋があったり、昔誰かがここに住んでいたような感じなんだ」

「人?それじゃあ本とか魔道具とか、そういったものは見つかったの?」

「ううん。少なくとも、そういったものは見つからなかった。でも魔物は居ないみたいだよ」

「魔物が居ない?この迷宮でそんな場所は、まさに奇跡だな」

「まぁ確かに、『門』が実際どこに繋がっているかというのは、正直何もわかっていませんからね。あの狂った法則性を考えるに、異界という意見が大多数ですが…。この部屋の発見は、まさしく真実解明の一歩になるかもしれませんね」

「…まぁ、ここから無事に帰れたらの話だけどな」


世紀の大発見か!と一瞬浮上しかけた心だが、デュークの現実的な一言で一気に地面にめり込んだ。そうなのだ、まだここから脱出する事を考えなくてはいけない。ジーク達のおかげでここがナルバの迷宮であると分かったものの、今度はその厳しい道を戻らなくてはいけない。万全の状態ではないジーク達が、果たして完全お荷物状態のアーシェを連れて行ってくれるかどうか…。


「まぁ一先ず二手に分かれて、もう一度中を確認しよう。何か手がかりがあるかもしれないし、ナルバに戻ったとき報告するには情報は多いに越したことはない。デュークとシリウスとアーシェが右翼、俺とリーザで…」

「ちょっと待ってください、先に時間を確認しましょう」


そういってシリウスは、ローブの中から大振りの魔時計を取り出した。


迷宮に入る際、魔時計は必需品と言っても良い。その理由は迷宮の中では時間を推し量る術は何もなく、時の流れを正確に把握できないというのは、時として人を狂気に陥れるからだ。


『時間』に関するとらえ方は、まさに人それぞれだ。太陽の運行や時計などの時を測る術があれば、ずれはそれぞれ無意識のうちに修正される。しかしこのナルバの迷宮の様に全く日の射さない暗い迷宮ともなると、正確な時計が無い以上時の流れを測るのはほぼ無理だ。そのような状態で長くダンジョンに潜っていると、個々人の時間の流れにずれが生じ始め、パーティ内の結束に水を差す状況もありうる。それは、強力な魔物どもを相手にしなくてはいけないこの迷宮に於いては、まさに致命的なのだ。


「…あぁ、しまった。時計が止まってしまっている…。先ほどのワイバーンに吹き飛ばされた際に、壊れてしまったのでしょう…」


シリウスが残念そうに魔時計を見つめた。アーシェも覗き込んでみると、確かに針が止まってしまっている。


「シリウスがワイバーンにやられたのって、確か最初の方だよね?あの時からなら大体1時間くらいじゃない?」

「いや、そんなに経って無いんじゃないか?精々半時ちょっとだろう?」


すでにリーザとジークの間で感覚のずれが生じている。今は大したことは無かったとしても、常に危険と隣り合わせの迷宮において、このまま放置する弊害は大きい。


「これ…魔石がずれてるだけじゃないか?」


シリウスがもつ魔時計の状態をのぞき見ながら、アーシェが指摘した。


「アーシェ、貴方は見ただけでわかるのですか?」


驚きにシリウスがわずかに目を見開き、魔時計を手渡した。


「うん。丁度これと同じようなやつを、この前修理したんだ。これは中の魔石がずれてるだけで、それを直してやれば多分動く。流石にここで土台の強化はできないけど、ずれを直すくらいならできるよ」


右に左に魔時計を確認した後に、アーシェはそう判断した。


「それなら話は早いな。デューク、シリウス、リーザは、右翼からこの区画内部の探査に当たってくれ。魔物は居ないみたいだけど、くれぐれも警戒は怠るな。アーシェは魔時計の修理を頼む。俺はここでこいつの護衛だ」


「了解!シリウスが一緒なら、探索レベルも引き上げられるわ」

「デューク、魔物が出てきたときの守りは、頼みますね」


担当が決まると、素早く三人は行動に移した。さっと身をひるがえすと、それぞれ連れ立って回廊の奥に消えて行った。


「さて、がきんちょ。とっととこいつを直しやがれ」

「が、がきんちょ?!」


仲間が居なくなった途端の暴言に、アーシェは目を剥いた。そんなアーシェをしり目にどかっとその場に座り込んだジークは、興味なさげとばかりにあくびをした。


「ほら、早くしないとシリウスたちが帰ってきてしまうぞ?お前は見習いとはいえ魔道具屋なんだったら、ちゃちゃっとこれを直してみやがれ」

「――っ!!」


疑いが完全に晴れているわけでは無いこの状況では、少なくともこの魔時計を直す以外に身の証明をする術がない――。

言外にそれを指摘され、アーシェは苦々しくジークを睨んだ。自分が怪しい事はわかっている。しかし、このように露骨に試されているとなると、正直腹が立ってしょうがない。


「~~~っお前になんて言われようが、こいつは綺麗に直してやる!!」

「おう、変なマネすんなよ」


そういう割には、地面に寝転がりお昼寝モードに入ってしまったジークは、アーシェを監視する素振りも見せない。いっそのこと、その寝顔蹴りつけてやろうか…。そんな物騒なことを考えつつ、アーシェも愛用の工具セットを取り出し修理に取り掛かった。


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