出会い
「ジーク!奥に扉があるわ!!」
何度目か分からない魔物の斬撃をかわし、ジークは中断から剣を突き入れた。狙うは奴の首。しかし然したるダメージも加えられないまま、後ろに飛びずさされてしまった。
「ジーク!ブレスだ!!」
踏み込みすぎた。しかしブレスが来るのはわかっている。ジークは左手に持った盾をかざして、これこそ何度目か分からない炎に耐えた。もうすでに体のあちこちが焼け焦げている。盾を持った左手など、熱と打撃でもう感覚が危うい。
「うおぉぉぉぉぉぉーっ!」
炎のブレスが過ぎ去った瞬間を狙って、ジークの横からハルバードが振り下ろされた。しかし重い斬撃は空に飛びあがり躱される。
「ちぃっ!すばしっこい奴め!!」
振り下ろしたハルバードを返す刃で上段に振り上げながら、デュークが悪態をついた。軽々とハルバードを振り回す姿は惚れ惚れとするが、残念ながら今はそれどころではない。いつもならジークと二人で前衛を担当するのに、狭い通路に入ってしまったが為連携が取りづらい。デュークも思うように自身の獲物を振り回せず、しかし魔物――ワイバーンは小回りの利く体を生かして、ヒット&アウェイでこちらの体力を削っていく。まだ小型とはいえ腐ってもドラゴン種。その攻撃力と炎のブレスは、連携が取れない以上十分に脅威。むしろそれを狙って狭い通路に追いやられたのではないかと勘繰ってしまうくらい、こちらの状況は最悪だった。
「リーザ!扉ってのは使えそうか?!」
「ちょっと待って……、うん、大丈夫!!トラップの類は無い!でも扉が厚すぎて中の様子が分からないよ!」
いつもなら勝気なリーザの声に、若干震えが入ったのをジークは聞き洩らさなかった。
初めて足を踏み入れた区画で事前準備もなく『部屋』に踏み入るなど、この迷宮に於いては自殺行為だ。しかし袋小路に追い込まれた今、有効打のないまま消耗戦を繰り広げるくらいなら、少しでも状況の改善を願って扉の先に逃げ込むのも一つの選択肢。しかし最悪、扉の先には別の魔物が控えているかもしれない。
「重い…!――あ!隙間から、ちょっと明かりが見えるよ?!」
その一声が決定打だった。
「シリウス!後何発魔法が打てる?!」
「初級が精々2~3発ですね!」
ジークの問いかけに、即座に青年が応えた。
「デューク!扉の開放を手伝ってくれ!シリウス!援護を頼む!動きを止めて部屋に逃げ込むぞ!」
そう叫ぶや否や、ジークは走り出した。流石のワイバーンも長い戦闘の末、所々血を流している。しかし決定打には程遠く、ジークが前に出ると素早く鋭い牙で噛みついてきた。右にステップをしてそれを躱す。躱しざまジークは勢いよく左手を振り上げた。
「ギャゥッ!」
うまい具合に盾がワイバーンの顎を捉えた。そのままバックステップですぐさま後ろに下がる。たった今までジークが居たところを、太い尻尾が振りぬけて行った。
ばさりと上に飛びあがると、ワイバーンは殺意のこもった目でジークを睨みつけた。そしてそのまま大きく息を吸い込み――。
(来る…!)
『シルバーバインド!!』
ジークが身構えたと同時に、シリウスの魔法がワイバーンを捉えた。見えない魔法の鎖が、ワイバーンの首を締め上げる。
「ーーーッ!!」
喉を抑えたことでブレスは不発に終わる。声なき悲鳴を上げながら、ワイバーンは一瞬高度を落とした。しかし即座に鎖の拘束を引きちぎると、爛々とした目でこちらを睨み据えた。
ズゥン…!
後方からは鈍い音が聞こえてくる。デュークが体当たりで扉を開けようとしているらしい。
「…開いた!」
何度目かの試みで、リーザの歓声が上がった。扉の開いた隙間から、少し光が差し込んでくる。
「デューク!リーザ!先に行け!シリウス!こいつの足止めをして後に続くぞ!」
「了解!」
リーザが素早く指示に従い、細い体を扉の隙間にねじ込ませる。デュークは更に扉を押しあけて、退路を確保した。
しかしそれが仇となった。
『世界を回る清純なる風よ。その力を鎖とし、彼のものを束縛せよ!シルバー…!』
『ギャァァァァウッ!!!』
シリウスの詠唱をかき消すように、地を這う咆哮をワイバーンがあげた。それを真正面から受けてしまったジークとシリウスが、刹那体をこわばらせる。
(しまった…!ドラゴンの咆哮…!)
ワイバーンとはいえドラゴン種。その咆哮には対象の動きを止める力がある。
ワイバーンはその隙をついて、デュークたちが開けた扉の隙間から躍り出た。
不味い…!!
パーティを分断したことが仇となった。根性で咆哮の拘束を断ち切ると、ジークは急いで後を追った。
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「な…何ここ…?!」
扉を潜ったリーザの目に飛び込んできたのは、まずはまぶしい光だった。一瞬ホワイトアウトする視界をすぐに切り替えると、そこは暗い迷宮とは程遠い、平和そうな光景が広がっていた。
古の城か屋敷か…。一目で人が住んでいたであろうことが分かる建物には、見たことの無い木々が生い茂っている。それが長い年月ここが使われていなかった事を示しているものの、過去リーザの知るどの遺跡にも当てはまらない造形だった。またそれらを照らす明るい日差しは、暗い迷宮を進んできた身にとっては異質ですらある。
日差し――そう、ここには空もあるのだ。
扉の正面には白い石畳の四角い中庭の様なものがあり、日の光を反射している。いくら訓練した身とはいえ、長時間暗がりを進んできた自分らにとっては少々目に痛い。
混乱する思考を何とか整理しようとしていると、すぐにデュークも逃げ込んできた。いつでも扉を閉められるよう、脇に待機する。
そうだ、自分の仕事は後から続く仲間のために、この空間の安全を確認すること。そうしてリーザが一歩を踏み出そうとしたその瞬間――心臓を鷲掴むような咆哮が、迷宮内部から響き渡った。
「な…!!」
直撃は免れたものの、耐性のないリーザはへなへなとその場に倒れこんでしまった。足腰が立たなく、全身に力が入らない。
「ギャァァァァォッ!!」
そして頭上を黒い影が通り過ぎた。
(うそ…!失敗?!)
即座に状況を理解するも、体が言う事を聞かない。全身から冷や汗が吹き出し、歯の根が合わない。
早く、身を隠さないと…!
ジークやデュークと違い、中・遠距離型のリーザにはドラゴン種と渡り合えるだけの防御力は無い。得意の素早さも、足腰が立たなければ意味もない。
頭上を飛び越えてきたワイバーンは、ゆっくりとこちらに体を向けた。
全身に嫌な汗が噴き出す。しかし合わさってしまった視線を逸らすこともできず、リーザは体を竦ませるしかなかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
呪縛を断ち切ったのはデュークの雄叫びだった。同時にハルバードを横凪一閃。ワイバーンを石畳の広場に追い込んだ。
「リーザ!大丈夫か?!」
「う、うん!!」
まだ体は震えるものの、咆哮の拘束からは逃れられた。さっと左手を腰のポーチに突っ込み、小さな拳大の茶色い球を取り出した。
「麻痺玉が後2つ!これだけ広ければ使えるわ!」
「おう!持ちこたえるぞ!!」
デュークの後を追って、リーザは駆けだした。
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一際大きな地響きの後、ゆっくりと開いた扉を見てアーシェは目を疑った。
即座に現れたのは金髪の細見の少女。素早い身のこなしで細い隙間から躍り出て、遺跡に踏み入れ驚きに目を見開いている。そしてその後に続いてきたのは、身の丈2メートルはあるかと思われる、巨漢の男性。黒髪で茶褐色の肌は、恐らく南方人なのであろう。その手にはこれまた大きなハルバードが握られ、扉の近くで待機した。
(もしかして、冒険者…?!)
やっと助けが来たかと思ったのもつかの間、聞くものに絶望を植え付ける咆哮が、扉の向こうから響き渡った。
一瞬の思考の停止。そして本能的な恐怖。アーシェはへなへなとその場に座り込んでしまった。
(な、何、今の…!)
その答えはすぐに表れた。狭い隙間を縫って、扉の向こうから小型の翼竜――ワイバーンが躍り出たのだ。小型とはいえ、羽を広げるとゆうに4メートルはある。薄茶色の体のあちこちには、無数の切り傷が見受けられ、しかしそのどれもが致命傷とは程遠い。爛々と光る赤い瞳は、嬲りがいのある獲物に狂喜しているようだ。ゆっくりと冒険者たちの方を振り返ると、今にもとびかからんとする様子だった。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
巨漢の戦士の雄叫びと共に、ハルバードが一閃された。ワイバーンは広場にまで後退し、ばさりと宙に飛びあがった。
即座に追撃をかける巨漢の戦士と少女。しかしアーシェの目からも彼らが不利なのは一目瞭然だった。ハルバードによる攻撃は悉く空中に逃れることにより躱され、そのくせワイバーンによる攻撃は執拗。運よく今は紙一重で躱しているものの、二人とも息が上がってきているのは明白だった。
(このままじゃ負けちゃう…!)
その時、ずっとすばしこく逃げていた少女が、茶色い包み袋を投げつけた。それは狙い過たずワイバーンの顔面に命中し、黄土色の粉をまき散らしながら爆ぜた。
「ギャウッ!」
思わぬ攻撃に驚いたワイバーンは、瞬間空へと逃れた。そして怒りに眼を輝かせながら、少女へ向かって急降下する。その瞬間を、巨漢の戦士が横からハルバードを突き入れた。
「――ガッ!!」
腹に一撃を喰らい、勢いよくワイバーンが吹き飛んだ。幾ら無防備であったとはいえ、自身の倍以上もある魔物を吹き飛ばすなど、如何に巨漢の戦士が並外れて力があるかを示している。中庭の反対の方まで吹き飛ばされたワイバーンは、苦々しく体を起こした。
(あれ…?飛ばない?)
先ほどまでならすぐさま空中に飛びあがり、彼らの手の届かない所から攻撃していたはずなのに、今度は飛び上がらなかった。更には体に力が入らないのか、起き上がろうともがいている。
「いーーーい加減空ばっかり飛んで腹が立つのよ!!少しは地面を這ってみたら?!」
金髪の少女が声を張り上げた。どうやら先ほどワイバーンに投げた粉末の効果らしい。しかしワイバーンはうずくまることなく、ゆっくりと空中へと浮かび上がった。
「…っち。こいつ魔力で体を浮かしてやがる…。どれだけ地面が嫌いなんだ」
巨漢の戦士が忌々しげに吐き捨てた。
よろよろと宙に浮かび上がると、ワイバーンが真っ直ぐに突っ込んできた。鋭い牙と爪を突出し、しかしそれは全て躱される。避けざま巨漢の戦士がハルバードを振り下ろし、ワイバーンの左翼を切り裂いた。
ワイバーンの絶叫が響き渡る。
半分千切れかけた翼を庇う間もなく、ワイバーンは地面に叩き付けられた。即座に起き上がろうとするも手足の自由がきかない。いらだたしげに太い尾を振り回すと、不自然な姿勢から首を冒険者たちへと向けた。
『シルバーバインド!!』
暗い迷宮へと続く扉から、青いローブに身を包んだ青年が現れた。左手でかざした木の杖には、白く濁った水晶球が収められている。そこから放たれた無数の鎖は、全てワイバーンの首を締め上げた。
「ギャアアアアッゥ!!!」
今まさに、ブレスを放とうとしていた瞬間を、またもや邪魔をされてワイバーンが更に暴れた。息が出来なくなり、必死に鎖をちぎろうともがく。しかし不自由な前足は、空を切るばかりだった。
『光陣閃!!』
扉からもう一人冒険者が躍り出て、駆け付けざま上段から剣を振り下げた。すると剣先から光のかまいたちが発生し、真っ直ぐにワイバーンの前足に命中した。
「ギャアアアアーーッ!!!」
今までで一番大きな絶叫が、ワイバーンからほとばしった。落とされた前足から、ぼたぼたと赤黒い血が噴き出している。痛みかはたまた怒りによるものか、ワイバーンは首と尾を縦横無尽に振り回し、冒険者たちを寄せ付けまいと暴れだした。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
しかしそれを物ともせずに、最後に現れた冒険者はワイバーンに向かって駆けだした。そして攻撃が届くぎりぎりで空高く飛び上がり、ワイバーンの眼前めがけて剣を振り上げた。
まさに捨て身ともいえる強力技は、しかし空中で身動きが取れないという弊害もはらむ。ワイバーンは禍々しくも煌々と光る紅い目で『獲物』を捉え、まさに憤怒の一撃とばかりに息を吸い込んだ。
(まずい!!あれじゃあブレスを喰らっちゃう…!!)
このままでは剣先がワイバーンに届く前に、消し炭になってしまう…!
アーシェが固唾をのんで見守っていると、しかしブレスが吐き出されることは無かった。
――ザシュッ
鈍い音と共に、無造作にワイバーンの首が地面に落ちた。
(…え?)
何が起こったのか。終わりはあまりにも唐突だった。今にもブレスを吐き掛けそうな顔をして、ワイバーンの首が石畳の上に転がっている。煌々と紅かった瞳は一瞬怒りにぶれるものの、すぐにその色は褪せていった。
飛び上がった冒険者は落ちた首の傍らに着地すると、満面の笑みで巨漢の戦士を振り返った。
「ナーイス、デューク!あのタイミングで後ろに回って首を落とすなんざ、まさに神業だぜ!」
「な、な、な、なーーーにが神業よ!!何あんた捨て身の特攻なんてかけてんのよ!!」
「いやぁ、陽動は派手な方が奴の気を引き付けると思って」
「ばっかじゃないの?!後一歩デュークが遅かったら、あんた奴のブレスで消し飛んでたのよ?!しかもちゃっかり盾まで捨ててるし!!」
「まぁ後先考えない方が真実味があるだろ?」
「ふざけないでジーク!!デュークも何とか言って!!!」
今まさに九死に一生を得たはずなのに、ジークと呼ばれた青年はおおらかに笑うだけだった。
「まぁ今回のこいつには随分と苦戦させられたなぁ。全員無事ってのが信じられないな」
デュークと呼ばれた巨漢の戦士は、のっそりとワイバーンの陰から現れた。あれだけの巨漢で周りに気取られずに動くなど、確かに神業かもしれない。
「全くです。しかしまだ残念ながら無事とは決まったわけでは無いですよ。私の魔力は底をつきましたし、リーザのアイテムも残り少ないでしょう。こいつには随分と追い立てられてしまったので道も不案内です。このまま運よく『門』まで戻れるか…」
ゆっくりと歩み寄ってきたのは、白く濁った水晶を杖にはめ込んだまだ若い青年だった。白に近い銀髪は日の光で軽やかにきらめき、しかし温厚そうな顔立ちは、今は沈んだ表情を浮かべている。
「私も麻痺玉が後一つだけ。回復薬ももう無いわ…。これでシリウスの魔法の援護が無いって事は、純粋にパーティの戦力は半分以下だわ」
先ほどまでの威勢はどこへやら。リーザと呼ばれた少女は、形の良い眉を下げながら、深くため息をついた。
「俺たちも、回復なしで今の道を戻るのは、流石にちょっと厳しいなぁ…」
流石に今度はジークも同調した。致命傷こそないものの、防具はあちらこちらが傷つき、または焼け焦げている。左手を持ち上げると、鈍い痺れが走った。火傷と度重なる防御で、或いはヒビが入っているかもしれない。デュークも出血は止まっているものの、むき出しの肩や腕からは無数の裂傷が見受けられる。
これでまた先ほどワイバーンの様な魔物が現れたら、確かに一たまりもないだろう。確かに、まだ完全に安全とは言い難い。
「それにしても、ここは何なんだ…?」
デュークの一言に呼応するように、四人は辺りを見回した。今までは戦闘に夢中で特に気にする余裕もなかったものの、迷宮内部とは思えない不思議な空間にそれぞれが辺りを見回し始めた。
もう良いだろう。そろそろとアーシェが声をかけようとした時…。
(あれ…?ワイバーンの首、あんな所に落ちたっけ…?)
吹き飛ばされたはずの首が、妙に胴体に近い気がする。よく目を凝らしていると――
…ずる。…ずる。
アーシェの顔から一気に血の気が引いた。
「危ない!そいつまだ生きてる!!!」
とっさのアーシェの一言で、パーティは全員飛びずさった。
「しぶといやつめ…!」
よく見れば、ゆっくりと体も動き始めている。しかし体中の傷口からぼこぼこと腐臭が漂っており、醜悪な様相を呈していた。
「皆さん気を付けて!!こいつドラゴンゾンビになろうとしてます!!」
シリウスが警告を発する。
「やだやだやだ!!何この気持ち悪いやつ~~!!シリウスっどうしたらこいつを止められるの?!」
「こいつの竜核がどこかにあるはずです。それを壊せば活動を停止するはずなんですが…」
「問題はそれがどこにあるか分からないって事か…」
「しょうがない!じゃあ片っ端から切り刻んで行くか!!」
またもやジークが一人躍り出てまだ動きがぎこちないことを良いことに、腹や背中などを切り付け始めた。
「首を胴体から離してください!繋がればゾンビ化の速度が上がります!」
「いやーーっ!ぶくぶく言って気持ち悪い~~~!!」
まだドラゴンゾンビとして再生していない為、全体的な動きは鈍い。しかし完全に復活してしまえば、不死身の魔物となって襲ってくる。そうなれば魔法も使えない今、全滅は免れない。勝機は今しかなかった。
「シリウスッ!こいつ切っても切ってもすごい勢いで再生していくぞ?!」
「話しかけないでください!今魔素を追って竜核の場所を探しています!」
どんなに切り付けても、ひどい腐臭と皮膚を泡立たせながら再生していくさまは、十分に吐き気を催す光景だった。切り付けても切り付けても、きりがない。そして段々とワイバーンの動きが鋭くなってきた。
(竜核…命の源…)
じっとりと汗ばむ額をぬぐい、アーシェはじっとワイバーンを見つめた。精神を集中すると、普段は見えない『魔素』が見えてくる。呼吸を整えワイバーンを見つめていると、その体は黒く淀んだ炎の様な魔素に包まれていた。瘴気が強すぎて奥まで見通せない。
しかしじっと神経を集中していると、一際魔素が濃い所があることが見えてきた。
「首だ!!切り落とされた胴体の方!そこに竜核がある!!」
アーシェが叫ぶと同時に、ジークが首の根本めがけて剣を振り下ろした。ガキンッと何か固いものに当たる音がすると、ワイバーンの声なき絶叫が辺りに響いた。金属を引っ掻いた様な不快な音を発しながら、しかし途端に力をなくし動かなくなる体。そしてそのままぶくぶくと異様な音を立てて、体が溶けていった。
皆が見守る中、最後は二つに割られた赤い石だけが残った。
「…これでもう、終わりだよな?」
「えぇ…。間一髪でしたね」
「やーーーん。疲れた~~~」
流石に何度もこんな奴と戦ってはいられない。ほっと肩をなで下ろすと、それぞれ安堵の表情を浮かべた。
ジークが二つに割れた竜核を拾うと、それは鈍い黒みがかった、赤い石だった。
アーシェもほっと息をこぼした。取りあえず目の前の脅威は去ったようだ。しかし安心したせいか、足に力が入らない…。
「…で、お前は何者だ?」
「うわぁっ!!」
突然ぬっと両脇から大きな腕が現れると、ひょいっとアーシェは掬い上げられた。いつの間にかデュークが後ろに回っていたらしい。なまじ巨漢のデュークに抱えあげられると、子どものアーシェはまるで暴れる子猫のようだ。
「な、何するんだ!!離せ!!!」
驚いてじたばたと暴れるも、デュークの腕はびくともしない。
「こ、子ども…?!」
リーザが驚きの声を上げた。流石にこんな年端もいかない子どもが居るとは、思わなかったらしい。
「デューク、気を付けて!魔物の一種かもしれませんよ!」
「誰が魔物だ!!!」
心外とばかりに睨みつけるが、猫のように抱えあげられては威厳も何もない。
「魔物にしては弱そうだなー…」
困った表情をしてジークは頬をかいた。
「擬態しているのかもしれませんよ。私たちを油断させて、後から襲うつもりとか…。そもそも私より先に竜核の在り処を暴くなど、元々知っているとしか思えません」
シリウスが値踏みするようにアーシェを伺う。その顔には不信感がありありと現れていた。
助けてあげたのにこの扱いは無い。流石のアーシェも場所を忘れて噛みついた。
「うるさい、この糸目魔術師!!人が折角助けたってのに、お礼の一つも言えないのか!!金髪!お前もお前でなんだあの特攻は!!そんなんだからゾンビ化するほど恨みを買うんだよ!!」
「いと…?!」
「ほぉぉ…。言ってくれるなー…」
半眼で睨んでずいっと前に出ると、ジークは思い切りアーシェの両頬を引っ張った。
「どういう経緯か知らないが、達者なのはこの口かぁ?!」
「い、いひゃいいひゃいっ!!」
「ジーク!何子ども苛めてんの!その位にしなさい!」
「これは教育的指導だ!!」
子ども相手に容赦ない。散々引っ張られてアーシェの顔は真っ赤に腫れてしまった。痛さと惨めさとで涙が出てくる。でも泣くのは悔しいから、きっとジークを睨みつけた。
「…敵では無さそうですね…」
流石に哀れに思ったのだろう。ふぅ、とため息をついてシリウスが言った。
「…ああ。俺もそう思うぞ」
デュークが後ろから同意する。声に多少の憐みが含まれているような気がするのは、この際無視だ。気にしていたら余計に惨めになりそうだ。
「私もそう思うけど…。それで坊やはどこから来たの?」
少し困ったように微笑みながら、リーザがアーシェに声をかけた。
「…女の子だと思うぞ。…………微妙だが」
「…え?」
デュークの発言に、ぽかんと3人の視線がアーシェに集まった。そして視線はそのまま、掬い上げるように脇からつかんでいる、デュークの手に――。
「~~~~~~~~~~っ!!!!!!」
ぼんっ!と更に顔を真っ赤にすると、アーシェは声なき絶叫を発した。