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迷子

アーシェはひどく混乱した。見渡してみると確かにそこは見知らぬ場所で、しかもどう考えても真昼の明るさだ。後ろを振り向いても元凶と思われる白い靄は跡形もない。あるのは始源の祭壇と同じような石畳の広場で、天井のないそこから見えるのは、突き抜けるような青い空だけだった。


「ここ…どこだ…?」


冷や汗がアーシェの頬を伝った。見てみると石畳の広場を、古ぼけた回廊が囲っている。茶色い石を加工して作られたと思われるその回廊は、この辺りでは見たことのない意匠が施されている。しかし樹の根や蔦が複雑に絡み合い同化している様は、この遺跡が長いこと人の手を離れていることを思い起こさせた。


おかしい。自分は始源の祭壇に居たはずだ。


頭ではそう考えるものの、心がついていかない。もしやここが迷宮か?でもそれなら『門』が消えたのがおかしい。冒険者たちはこの『門』を潜って、ナルバと迷宮の間を自在に行き来しているのだ。そもそも迷宮は日の射さない、暗い洞窟だと聞く。


もしや『門』の不思議な力で、全く未知の迷宮に飛ばされた…?


そこまで思い至り、全身から冷や汗が噴き出た。

もしここがナルバの迷宮でなければ、助けが来る確率はかなり低い。ただでさえ、ダンジョンと呼ばれる遺跡には手ごわい魔物が跋扈しているのだ。そこを戦闘経験などない丸腰の自分が、一人放り出されたら…。


「ど、どうしよう…。取りあえず、誰か居ないか探さないと…」


泣き出したくなる心を叱咤して、アーシェはギュッと手を握りしめた。



石畳の広場は、真四角の形をしていた。その上はぽっかりと空が広がり、ちょっとした中庭の様な雰囲気になっている。そしてその周りをぐるりと回廊が囲んでおり、前後に回廊に渡れる石畳が伸びていた。


アーシェは取りあえず、目の前にある回廊へ渡ってみた。シンプルな意匠の回廊は、よくよく見ると茶色い石の土台の上に、細長い石の柱が伸びており、天井部分は木でできていた。そして天井の欄干は朽ちかけているものの、精緻な透かし彫りや複雑な意匠が掘り込まれていた。


「すっげぇ…。これって昔の宮殿か何かだったのかな?すごく広そうだし、こんな意匠、初めて見た」


天井を見上げてアーシェは目を輝かせた。回廊は十字に伸びているが、広場から真っ直ぐに伸びる回廊は周りの木々の浸食がすさまじく、到底歩けそうにない。比べると左右に広がる回廊は、一部朽ちて木々に覆われているところはあるものの、歩くには問題ない程度であった。

アーシェは一瞬考えると、比較的歩きやすそうな左手に続く回廊を進んでいった。


「壁の材質は石だけど…。アルドの白石…ともちょっと違う?」


床に転がっている石の欠片を手に取ると、アーシェは不思議と首を傾げた。


「アルドの白石よりも軽い。でも、硬度はしっかりある」


薄汚れたその欠片は、汚れを軽く拭いてやるとキラキラと光を返してくる。細かい光の粒が含まれているようだ。


「うわー、こんな石初めて見た!本にも載ってないし…。あ!あそこに部屋がある!」


石をポシェットに仕舞い込み、アーシェは回廊の先に向かって駆けだした。調度広場を抜け、遺跡の建物部分に当たる所に、こじんまりとその扉はあった。簡素な木の扉には、それでも幾何学模様の意匠が複雑に施されている。そしてその部屋を最初に、そこから続く回廊の両側には同じ意匠の扉が続いていた。石畳の広場とは違い風雨に曝されていない為か、損傷はそこまで激しくない。しかし扉によっては一部が崩れ落ちていたり、扉自体が外れているものもあった。


ぎぃ……


そのうちの一つ、半壊して半開きになっている扉を、軋んだ音とともにゆっくりとアーシェは押してみた。すでにアーシェの中ではここが危険なダンジョンと言う事は、綺麗さっぱり忘れ去られている。一度好奇心に駆られると周りが見えなってしまう。逸る気持ちを抑えながら、アーシェは部屋をのぞきこんだ。


「あ…結構広い。それに窓もある」


扉をくぐると、まず目の前の窓からの光が飛び込んできた。庭の木々に反射して、穏やかな光が部屋を照らしている。回廊と同じように石と木材で出来た部屋には、簡素な寝台が一つ置いてあるだけだった。


「なんか寝室みたいな雰囲気だな。誰かの部屋?それにしては物が無いし…」


がらんとした部屋は、それ以外特に目新しいものは無かった。そこそこ広い部屋なのだが、如何せん殺風景な為生活感が無い。アーシェは今度は回廊の反対側の部屋に踏み入った。


「…うわっ、ほこりっぽい!」


扉を開けた瞬間、もわっと埃が盛大に舞った。こちら側は窓が無く、ずっと締め切られていたようだ。けほけほとひとしきりむせると、そこは壁一面に棚がしつらえられた小さな部屋だった。


「うわぁ…。ここは、倉庫か何かだったのかな…?」


棚には大小様々な箱が並べられ、所狭しと乱雑に置かれていた。その一つを手に取ってみると、茶色く変色した枯葉が、束になって入っていた。


「なんだろう…。わざわざ束にしてるってことは、薬草か何かかな?」


他の箱を開けてみると、様々な葉っぱや木の実、はたまた見たこともない生き物の死骸など、雑多なものがしまわれていた。


「うーん…。俺薬学は勉強してないからなぁ…。師匠なら用途が分かるかも知れないけど…」


アーシェは困ったようにつぶやいた。この部屋にはアーシェの手におえるものはなさそうだ。開けた箱をそっと元の場所に戻して、次の部屋にアーシェは向かった。




「結局目ぼしいものは何もなかった…」


一通り建物の中を散策して、アーシェはがっくりと肩を落とした。どうもこの建物は石畳の広場を中心に、左右に伸びているようだ。そしてそれぞれ幾つかの部屋が均等並んでおり、外に張り出している部屋は客間、窓の無い部屋は物置の様な扱いになっている。客間には一様に物がなく、逆に物置には所狭しと雑多な物がおさめられていた。


「でもなぁ…薬草やら服やら食器が出てきても…。俺の専門は魔道具だし、そんな機械を使ったようなものは何一つ見つからないし…。そもそもここがどこなのかも特定できない~~!」


とぼとぼと石畳の広場まで引き換えし、アーシェは頭をかきむしった。見つかったものは生活感のある小道具のみ。民俗学はアーシェにとっては専門外だ。


「そもそも本当にここはどこなんだ…?『門』から入ったにしては話に聞いていた迷宮とは全然違う…」


落ち着いて考えてみれば妙なのだ。ナルバの迷宮には強い魔物がひしめき合っていて、日の射さない暗い洞窟の様な迷宮を進むと聞く。時間の経過が全く分からない暗闇だからこそ、ガントス達冒険者は魔時計を持ち込むのだ。


「それに比べればここには魔物どころか、生き物が一匹もいない…。何より人が作ったような建物で、空がある」


ごろんと地面に寝ころび、アーシェは空を見上げた。どこまでも青く高い空は、どことなくナルバで見慣れた空とも違う。雲一つない空は底抜けに明るく、暖かな日差しを降り注いでいる。


「そもそも俺が取り込まれたのは夜だった。なのにどうして真昼の明るさなんだ?…ここは本当に、迷宮では無いのか…?」


もしここが迷宮ではなかったら。

その可能性が色濃く思われ、アーシェは思わず身震いした。ここがもし迷宮でなければ、助けを望むのは絶望的だろう。或いは全く未知のダンジョンであっても、その結果は同じ。幾ら魔物が居なくとも、食べるものも何も無ければ、流石にアーシェも長くは持たない。


「後まだ見ていないところと言えば…」


唯一まだ探索が済んでいないのは、石畳の広場から真っ直ぐ伸びている、損傷の激しい回廊だけだ。他の区画に比べてあまりにも木々が生い茂り、殆ど森の中に柱や屋根の断片が見え隠れしている状態だ。流石にここを渡るのは勇気がいる。しかし他の目ぼしいところは全て一通り見て回った。


「仕方がない…。気が進まないけどこっちの方も見てみるか…」


アーシェが渋々と立ち上がったその時――


――ズンッ


「…え?」


地面が揺れたような衝撃が、アーシェを襲った。


――ズンッ!


「ま、まただ!さっきよりも大きい…?!」


キョロキョロと辺りを見回すも、しかし特に何も変化はない。しかし2回目の衝撃は、確かにより大きく、何かが迫りくる感じだった。


一気にアーシェの顔から血の気が引き、冷や汗が全身から噴き出した。


油断していた。ここはまだ、安全と決まったわけじゃない…!


とにかく身を隠そうと、回廊の壁に走り寄ったとき、今までで一番大きな3度目の揺れが、アーシェを襲った。


「な、なんだ?!」


回廊の壁の陰に隠れると同時に後ろを振り返って驚いた。石畳の広場の奥、何もないと思われていた後方の壁に、大きな扉が出現していた。暗い石で出来た武骨な扉は、この静かな宮殿には似つかわしくない、禍々しい雰囲気を醸し出している。


(な、な、なんだ?!さっきまであんなの無かったのに…!!)


この建物をくまなく探索した際、あんなものは無かった。むしろあれば、確実に気が付くはずだ。


ズンッ!!!!


またもや地面が揺れる。どうもあの扉が震源のようだ。外から開かれようとしている。


(も、、もしかして魔物?!に、に、逃げなきゃ…!もしあそこから魔物が出てきたら…!!)


こんな大きな扉をこじ開けようとするほどの魔物だ。アーシェなど一たまりもないだろう。しかし逃げるといってもどこへ?この建物の中、隠れてやり過ごせるような、頑丈な隠れ家は無い。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう…!!!)


アーシェは物陰から、今にも開きそうな扉を見つめた。


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