王宮・小姑・利害の一致(3)
3.
樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、
それは果実だと誰もが答えるだろう。
しかし実際には種なのだ。
- ニーチェ -
「陛下がそこまでおっしゃるなら、私にも考えがあります。」
エドゥアルトの言葉に毒気を抜かれたのか、落ち着いた様子でアンがアスターを見た。
「この際、契約に関しては置いておきましょう。しかし、彼女を城に置いておくには身元が明らかにならなければ私はもちろん、他の重臣方も納得しないでしょう。」
「つまりぃ?」
「彼女の身元が明らかになること、そしてどれだけ有益な存在であるか示してもらわない限り、いかに陛下のお言葉といえども、おいそれと従うわけにはいきません。」
なるほど。
確かに、王族、それも皇帝に身元の確かでない者を近づけるなんて確かに正気の沙汰じゃない。というか、一応護衛であるベルタがゆるすぎるのだ。
「ふむ・・・。まぁ無理矢理通すとなると面倒くさいからな。いいだろう。」
「無論、彼女が有益だと認められれば、私も尽力いたしましょう。」
すでに決定だといわんばかりの空気にアスターは困惑する。
「有益って認めるって、一体全体何したらいいの?」
「そうだな・・・私と議会の出した課題に明日から7日間取り組み、その結果で判断することにする。
陛下も異論はございませんね。」
私の意見はガン無視か。
アスターはこっそりアンを睨んだ。
そりゃあ、アスターはアンにとって主君に急にまとわりついた害虫みたいなものなのだろうけど、アスターだって最終的に承諾はしたものの、なし崩し的に契約させられたのだ。
この扱いは解せぬ、と不満に思うのも仕方ないことである。
「アスター、俺の契約妖精の名に恥じぬよう明日から励めよ。」
「いや、そういわれても!」
エドゥアルトの暗紫色の瞳がアスターを見つめる。
どことなくその視線に含まれる感情は、なんだか優しいような気がする。
「お前なら大丈夫だ。なにせこの俺が選んだ妖精なのだからな。」
えらそうに言っているが、選んだ理由というか、惚れた理由は『完璧な自分とは正反対の平凡を極めたような存在だったから』という至極くだらない理由である。
何の根拠もない、ともすればお前が私の何を知っているのだといわれてもおかしくはない言葉であるが、何故か、同意したくなる。
これがカリスマか。アスターはこっそり心の中で感心した。
「それから、彼女の身辺調査含め、妖精の王とは連絡を取らせてもらいますよ。契約を続行するにしろしないにしろ、外交問題に発展しかねませんからね。まったく、また仕事が増える・・・。」
眉間に深い皺を刻み、ため息をつく。
弟の深いため息を尻目にベルタはニコニコしながらポン、と手をたたく。
「話がまとまったところでぇ、妖精ちゃんをお部屋に案内しなきゃねぇ。うふふ、陛下と私の力作よぉ!」
「は?部屋?」
まぁ、一週間テストされて落ちることになろうが、その先の雇用関係に結びつこうが、住む場所は必要ではあるのだが。
力作って、気絶してからその間に用意されたのだろうか。いつから詐欺が計画されていたのか恐ろしくて聞けない。というか、ベルタとエドゥアルトの力作ってだけでなんか嫌な予感がする、とアスターは震えた。
「・・・念のために聞いておきますが、どこに部屋を用意したのですか?」
筆舌に尽くしがたい表情をしたアンが口許を引きつらせながら、ベルタに問うた。
その表情はレベルで言えば放送事故急に恐ろしい。
「なんとぉ、花の宮の庭園に一番近いお部屋よぉ。妖精ちゃんは花妖精だからぁ、花壇に一番近いところがいいと思ってぇ。」
「ひっ・・・!」
アスターの口から思わず悲鳴が漏れる。
ベルタの言葉を聞いたアンの顔が放送事故レベルの表情からさらに悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すような表情へとレベルアップした。
絶対夢に見たらちびる、トラウマレベルである。
「陛下!」
「この件に関しては決定事項だ。来い、アスター。俺が直々に案内してやろう。」
「は?うわっ!」
アスターの首根っこをひょいっとつかむとエドゥアルトはアンの制止を無視して扉に向かう。
「陛下、そのような・・・!」
「はいはーい。アンちゃんはお兄ちゃんとお話でもしようねぇ。
陛下ぁ、妖精ちゃん、ごゆっくりぃ~。」
追いかけようとするアンをベルタがその華奢な姿からは予想もつかない力で羽交い絞めにし、ニコニコと笑って見送る。アンは何とか抜け出そうとするがびくともしない。
アンの抵抗もむなしく、筋肉隆々の厳つい弟をどこからどう見ても女性にしか見えない兄が抑え込むというシュールな光景を意にも介さず扉は閉まる。
アスターは見えなくなったその光景に安心すればいいのか、不安になればいいのかわからずに、体をひねってエドゥアルトを見た。
「いいの?ほっといて。」
「ああ。兄弟のスキンシップというやつだろう。」
絶対に違う。しれっというエドゥアルトに連れられながら、アスターは脱力した。
もうこの際どうにでもなれ。
色々とあきらめたアスターはご機嫌な様子(顔に出てない)で歩くエドゥアルトに連れられ、ドナドナされる小牛の気分を味わった。
アスターがドナドナの気分でいるころ。
残されたアンはようやくベルタの拘束から解放され、ベルタに鼻息荒く詰め寄った。
「何を考えているんです、兄さん!花の宮をあの妖精に与えるなんて!」
「陛下がお決めになったことだよぉ。わかるでしょぉ?」
血相をかえるアンと対照的にベルタはいつもの様子を崩さない。
「ふざけないでください!花の宮は歴代皇帝とその妻にしか与えられないはずです!
なぜそんなところに、得体のしれない妖精を住まわせるのです!」
「んー?妖精との契約ってぇ、魂と魂を縛る一生モノじゃなぁい?婚姻関係と対してかわんないわよぅ。」
「兄さん!」
今にも血管から血が噴き出しそうなアンの唇に人差し指を押し付けたベルタは、静かになった弟に艶やかに微笑む。
「アン。お前が思っているよりも陛下は本気さ。元々伊達や酔狂でこんなことを断行する方じゃないしね。」
「だからと言って・・・!あの妖精も進んで契約したようには見えませんでした。陛下にも、あの妖精にもよくない結果になるだけです!」
「俺はそうは思わないけど。」
女性的な姿はそのままに、女性を思わせる仕草をやめたベルタはアンから離れ、窓から見える塔の上で朱く輝く鐘を見つめる。
「あの2人はきっと運命で結ばれている。平凡なナリしてあの妖精ちゃん、陛下の魔力にビクともしなかったし、ただものじゃないよ。」
「なにを馬鹿なことを・・・。陛下は人間であの妖精は花妖精。種族が違います!」
「妖精と人間は結ばれないわけじゃない。ただ妖精ちゃんは花妖精だから、サイズが違いすぎるけど。けど、彼女はきっと陛下にとってプラスになるさ。」
鐘から視線をそらし、おどけたようにいうベルタをアンはきつく睨んでいった。
「その根拠は?」
「んー・・・女のカンってやつぅ?」
まずます当てにならないと、アンはひどく頭が痛くなるのであった。
また更新が遅れてしまってすみません。
これからはおそらく週一くらいのペースになりそうです。
まだ小説内だと一日もったっていないという事実に、自分の遅筆さを感じる今日この頃です。