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皇国妖精恋歌  作者: yogu
第一章
5/16

出会い・運命・契約(5)

5.


決して焦って約束をしてはならない。

- ガンジー -



アスターが覚悟を決め、口を開こうとしたその時。

コンコン、と部屋の入り口にある豪奢な扉から音がした。エドゥアルトはそちらにチラリと視線を投げた。

「入れ。」

「はぁーい、失礼しますぅ。

陛下ってばぁ、妖精ちゃんにそんないけずしたら嫌われちゃいますよぉ。」

許可と同時に扉が開かれ、間延びした女の声が部屋に響いた。

入ってきた女は、手に持ったお盆を部屋の中央に置かれた水晶で作られたテーブルに置くと、アスターに近づいて、にっこり笑った。

「ごめんねぇ、妖精ちゃん。陛下不愛想だからぁ、こわかったでしょぉ?」

「え?ああ、はい、まぁ・・・。」

アスターは毒気を抜かれて、目も前の女をまじまじと見つめ、首を傾げた。

美人である。とても美人であるのだが、何とも不思議な美女だった。

キラキラ輝く金糸のフワフワの綿あめみたいな髪はキュッと高い位置で結ばれたポニーテール。

陶器というよりも雪のような儚さを感じる真っ白な肌。

スタイルだって、着ている騎士団のかっちりとした制服で分かりにくいが、所謂モデル体型であり、女性から見て限りなく理想に近いスタイルであろうと見て取れる。

どこからどう見たって蠱惑的な美女だ。

しかし、なぜか性別を感じさせない。

間延びした声も、容姿もどこまでも女性だというのに、なぜか中性的に見える。

「私、近衛騎士団の第一部隊隊長のベルタっていうのぉ。一応陛下の護衛をしてるのよぉ。よろしくねぇ、妖精ちゃん。」

「え、あ、アスターです。」

ベルタは満足そうに微笑むと、エドゥアルトに向きなおった。

「でぇ、陛下は妖精ちゃんをどうするおつもりなんですかぁ?妖精ちゃんは一応罪人だから、打ち首?拷問?市中引きづりまわしの刑?それともぉ・・・。」

「誰がするか。」

「あらぁ・・・。残念ですぅ。」

にこにこ微笑むベルタにアスターは血の気が引いた。

この女、笑顔でなんつーえげつないことを言うのだ、と戦慄しっぱなしである。

残念って何だ。やりたかったのか、拷問。

先ほどまで悪鬼のように見えていたエドゥアルトが今は天使に見える。

そのエドゥアルトはベルタの言葉にため息をつきながら、懐から書簡を取り出し、アスターに投げ渡した。

「何ですか、これ?」

「いいから読み上げろ。よもやベシュヴェールング文字がわからぬわけではあるまい?」

ベシュヴェールング文字とは、ただの言語文字とは異なる世界共通の魔術を使用するための言語、文字であり、その発生は妖精たちのものであったとされている。

そして妖精たちの共通語は基本的にはベシュヴェールング文字である。

アスターが森から出たことない箱入りならぬ森入り妖精だったとしても、理解できなければよほど幼いか、よほど学がないかのどちらかである。

「読めますよ!でもなんで読まなきゃなんないんですか?」

「つべこべ言わずにとっとと読め。読み上げたら減刑を考慮してやらんこともない。」

その言葉に、アスターはパっと顔を輝かせた。

「絶対ですよ!言質とりましたからね!」

視界の片隅で、ベルタが笑みを深めたような気がしたが、アスターはそれよりも目先の餌にまんまとつられていた。

「えーとなになに・・・『我、汝の魂が輝きを失い、器が朽ち果てるその時まで、この盟約をわが魂に刻むことを誓う』・・・これ、魔術契約書?」

アスターの疑問に答えることなく、エドゥアルトはアスターに近づいてきた。

そして自身で人差し指を噛んだかと思うと、その人差し指をアスターの口に突っ込んだ。

「むごっ!?」

「『我、汝との縁をこの器が朽ち果て、我が魂が界より失せるまで永久の盟約として刻むことを誓う』」

エドゥアルトの言葉とともに、部屋中がほどけてなくなるような、そんな感覚をアスターは感じた。

そして感じるのは目を覆いたくなるほどの白。

いや、白ではない。色ですらない。

これは光だ。

眩いばかりの光があふれ、光の眩しさと目の前のエドゥアルトしか認識できない。

部屋は閉め切っていたはずなのに、轟々と風が吹き荒れる。

生まれてから感じたことのない、恐ろしいほどの魔力の奔流━ともすれば吹き飛ばされ、のみこまれてしまいそうなのに、体はピクリとも動かない。

温度も、風景も、音も何もわからない。

わかるのは人様の口に指を突っ込んでくれた非常識皇帝の体温だけ。

今まで経験したことのない非常事態。どこかで本能が危険だと叫んでいる

どうしようもなく、怖い。怖くてたまらない。それなのに。

何故か同時にこの上なく、安心できる場所にようやく来ることができたときのような。

あたたかい陽だまりの中で、昼寝をしているときのような。

どうしようもない安心感と、

自分の中の何かがどうしようもなく歓喜しているのを、

アスターは静かに感じていた。



やがて光が収束し、辺りには息苦しく、むせ返るほどの甘い香りが漂う。

花の香りだ。

故郷の森で、朝露とともにこの世に生まれた際にアスターが一番はじめに感じた匂い。

部屋の中には、色が満ちる。

いつの間にか、色とりどりの蝦夷菊がひらりひらりと床を覆いつくさんとばかりに、降り注ぐ。

そして━

≪・・・ゴーン、ゴーン・・・≫

風に乗って、鐘の音が国中に響いた。


作中では花の香りを甘いって書いてますが、本当のアスターの花はキク科なので、

独特のにおいですよね。


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