出会い・運命・契約(4)
皇帝の心情と行動の差異を想像してお楽しみください。
4.
真面目に恋をする男は、
恋人の前では困惑したり拙劣であり、
愛嬌もろくにないものである。
- カント -
悠然とした振る舞いをするエドゥアルトは、内心とてつもなくテンパっていた。
アスターが目を覚ますまでの彼の脳内シミュレーションでは、怖がらせないような態度や言葉かけで、優しく、紳士的に。まるで真綿で包むような優しさでもって、この小さな妖精に接し、やったね!バッチリ好印象!をもぎ取る予定であった。
それが現実はどうだ。
ちょっとばかり魔が差して、寝ている淑女の髪を触るという、世が世ならセクハラで訴えられそうな(万が一そうなっても皇帝の権力で握りつぶすが)行動をとっている最中にアスターが目を覚ましてしまったものだから、脳内計画などどこかに吹っ飛んでしまった。
しかも、動いて、話す彼女がエドゥアルトにとって想像の何倍、何十倍も可憐で愛らしく見えたのがいけなかった。
恋という名の脳内麻薬で麻痺した頭は何をとち狂ったのか、アスターに暴言を吐く始末。
案の定アスターは憤慨し、キッとエドゥアルトを睨みつけてくる。
しかも、挙句の果てには「お前の生殺与奪を握ってる」ときたもんだ。
やったね、バッチリ好印象!どころか、お互い家にいたほうがましだったな・・・とかデート終わりに言われるレベルである。
表情にはおくびにも出さずに、絶望に打ちひしがれる心の片隅、アスターに睨まれたり、怒りを向けられたことすらちょっとうれしいと感じるエドゥアルトは、大分まずいことになっているようであった。
「せ、生殺与奪ってなんで皇帝とはいえ、そんなこと言われないとなんないの!?」
エドゥアルトの恋愛童貞こじらせた胸の内などつゆ知らず、アスターはエドゥアルトを強く睨みつけた。
「お前、どこに自分が墜落したかわかっていないようだな。」
大げさにため息をつき、立派な革張りの椅子に腰かけるとエドゥアルトは頬杖をついた。
つくづく内面と行動の伴わない男である。
見下ろされる形になったアスターは迫力のある美形に上から睨まれて怯みそうになったが、負けてはいけないと己を鼓舞していた。
「まず、お前が鳥に咥えられて入ってきた場所は我がブルーム・エアデ皇国、ロートブルク城内の第一鍛錬場・・・正式な手続きを踏み、俺からの入城の許可が下りなければ、この国の重臣や爵位を持った貴族連中ですら入城したその瞬間に拘束され、独房にぶち込まれる場所だ。」
「ぬぅ・・・!」
鳥のせいとはいえ、不法侵入したことに違いない。
いきなりアスターは申し開きできなくなってしまった。
「次に、お前が落ちてきた場所、これも問題だな。お前が落ちてきたのはこの皇帝たる俺の頭の上だ。皇帝に不法侵入者がふれることが許されると思うか?」
「うぐっ・・・!」
下手したら暗殺をたくらんだとかでイチャモンつけられて切り捨てられていたっておかしくない。アスターは冷や汗がこめかみを伝うのを感じた。
エドゥアルトは表情を変えることなく、淡々と続ける。
「あと、目覚めてからのお前の罪を追加するならば、皇帝である俺への暴言、不敬罪に当たるな。さて、これでも俺がお前の生殺与奪の権を握っていないと思うか?」
「ぐぬっ・・・!で、でもそれって、人間の法律でしょう!私妖精だもの!」
「妖精にも法律は適用されるにきまっているだろう。一応知的生命体なのだからな。まぁ、よしんば法が適用されないとしても、妖精の国々との国際問題になるな。」
「こっ・・・!?」
負けた。
完膚なきまでに負けた。ぐうの音も出ない。
国際問題にされてしまったら、どうなるのだろうと考えると、アスターは血の気が引いた。
妖精にも一応国という概念は存在する。
基本的に妖精たちの生まれ住む場所は限定的ではあるが、どの人間の国にも属さない決まりとなっている。その約束事を人間と結ぶための交渉役━すなわち王がいるからだ。
かといって王が人間のように権力を持ち、妖精たちをまとめているかというとそういうわけではない。妖精たちは基本的に自由人が多いうえ、種族もかなりおおく、暮らし方も多様なので、そんなことをしようものならえらいことになるからだ。
妖精たちは種族ごとに一番力をもつ者か年長者を族長として選出する。その種族のうち、特に数が多いか力の強い12種族の長が10年交代で王をやるのだ。
イメージとしては町内会の役員が回ってきた、みたいなものである。
愛されニートである花妖精は激弱個体が多いとはいえ、数が妖精内でも多いことと、その美しさから人間受けがとてもいいため、12の種族に入っている。
そして今年は花妖精の族長が王になって丁度10年目に突入したばかりだ。
花妖精の今の族長はアスターも顔見知りで、花から自然発生したため、親のいないアスターの面倒を何かと見てくれた気のいいお姉さん(年齢不詳)である。
彼女は今年いっぱいやりきれば終わりだからと、何事もないことを切に祈っていた。
そこで、アスターがこの不祥事を持ち込み、大事にしてしまったと知ったら、どうなるか。
気のいい王や同族たちは表立ってアスターを非難することはないだろうが、どうしたって腫れ物に触るような扱いになるだろう。下手したら他の妖精との取引もうまくいかなくなって、芋も手に入らなくなるかもしれない。
(そ、そんなの絶対阻止せねば!)
アスターは、芋と同族のために覚悟を決めた。
妖精改め罪人系ヒロインに昇格?
ところどころネタがわかりにくかったらすみません。