出会い・運命・契約(2)
2.
自分の生きる人生を愛せ。
自分の愛する人生を生きろ。
- ボブ・マーリー -
鳥に咥えられて、いったいどれくらいの時間がたったのだろう。
アスターの生まれ育った森はとうに抜け、さんさんと空の真ん中で輝いていた太陽は、やや傾いている。
(幸運なのは、この鳥が早贄をする種類じゃなかったことくらいかな・・・。)
アスターは自嘲した。
早贄。それは鳥類ではモズなどにみられる習性であり、とらえた獲物をすぐに食べずに木の枝等に突き刺したり、木の枝股に挟む行為のことである。
食物保存の目的かと思いきや、モズが戻ってきて獲物を食べることは稀であり、何のための行為なのかいまだに解明はされていない。
「花妖精の早贄姿とか・・・ショッキング過ぎて笑えない・・・。」
この鳥がモズだったなら、小説タグにR-15が追加されるところであった。
長いこと飛びすぎて、アスターの服に染みついた鳥のよだれがカピカピになる頃。
山ばかりだった風景が、一瞬にして変わった。
「うわぁ・・・!なにあれ!?」
アスターの視線の先、鳥の向かう方向にはあるそれは、遠目からでもはっきりと見えた。
今までアスターが見てきた建築物など、ただの土塊だとでも言わんばかりの巨大な建物。
小高い丘の上にそびえたつのは、強固な赤レンガの城塞。なんというか、難攻不落という言葉がぴったりと来そうな佇まい。城塞の一番高いところでは、黄金色の鐘が静かに丘の下の町を見下ろしていた。
城下町の屋根は色取り取りで賑やかだというのに、丘の上は夕暮れの色と城の色が相まって赤一色。
ともすれば、不気味な風景であったが、アスターはその光景が━、小高い丘に守られた赤い城が、その頂上にたたずむ黄金の鐘が、城下町の色とりどりの屋根が━これ以上なく、美しく、尊いものに見えた。
ちくりと胸を刺す感情はどこか郷愁にも似ている。
アスターの生まれ育った森には、こんな赤は存在していないのに。
小さな妖精の胸の内を知らない鳥は、上機嫌に赤い城に向かって急降下を始めた。
「そもそもぉ、陛下が決まった相手もなく、日々つまらなそぉーに鉄仮面貼り付けてるから『癒しを!』なぁーんて話になるんですよぉ。」
ベルタは鍛錬場を歩くエドゥアルトに付き従いながら、くすくすと笑った。
「鉄仮面とは随分な物言いだな。不敬罪にしてやろうか。」
「まぁ陛下は表情筋仕事しなくっても、美形ですからお得ですよねぇ。『あの凍てつく瞳にで睨まれたぁーい!』って侍女がいつも騒いでますよぉ。うちの弟なんて、表情筋が仕事したところで怒ってると誤解されてビクビクされるの気にしてるのにぃ。」
エドゥアルトはベルタの話を鼻で笑うと、鍛錬場で剣を交える兵士たちに視線を向けた。
「まぁ、俺の造形は完璧だから仕方ないな。」
「うわー・・・。自分で言っちゃったよぉ、このお方ぁ。」
ベルタは思わず後ずさった。
確かにエドゥアルトの美しさは、折り紙付きだが。
自分で言ってしまうのか。自意識過剰乙と言えないのが悔しい。
「事実だろう。」
「事実だから世の人々はムカつくといいますかぁー・・・。あそこで鍛錬している女っ気のかけらもない男どもに言ったら血涙流して謀反起こされますよぉ。」
「女っ気がないと指摘したお前のほうが下剋上画策されそうだがな。」
朗らか?な上司と皇帝の言葉が聞こえていた兵士たちは、そろって本当に血涙を流しそうになった。
むくつけき男どもに侍女たちから持て囃された経験などない。
「畜生・・・!俺だって、俺だって、あと少しイケメンに生まれてさえいれば・・・!」
「汗臭い!なんか汚い!変な汚れ服についてそうとか!そんなイメージで語られる俺たちは何のために生きてるんだぁぁぁぁぁ!!」
丁度試合形式で鍛錬していた厳つい兵士にもばっちりとベルタとエドゥアルトの会話は聞こえており、苛立ちを振り切るように、稽古は白熱し、兵士Aが吠えた。
「来世は・・・!来世は・・・!美醜の関係ない生き物に生まれたい・・・!
ミジンコとか、ミカヅキモとか・・・!」
呼応するように兵士Bも剣を振り下ろしながら叫ぶ。
「いっそ来世は草花に生まれたい・・・!美しい花妖精に囲まれて静かに暮らしたい・・・!」
「なにそれ、うらやましい!」
兵士Bの言葉に反応した兵士Aの剣が、Bの剣を吹き飛ばした。
くるくると弧を描いて剣が飛んでいく。吹き飛ばされた剣の描く弧の軌道上に黒い影があった。
「くるっぽー!」
黒い影は間一髪で剣を避け、高く高く上昇する。口に咥えていたものをポロッと落として。
ビュン!と風を切る音が聞こえたかと思うと、かすかな痛みが走り、急に体が自由になる。
鳥の嘴から解放されたアスターは、喜ぶ暇もなく、慌てて翅を羽ばたかせようと動かす。
しかし、何故か上手く動かない。
「うっ・・・!」
ずきっ!と体に痛みが走る。どうやら先ほど飛んできた何かに翅がかすったようだ。
重労働からの強制浪漫飛行、そしてこの痛み。
アスターは、ふらふらとよろけながら、黒い何かの上に不時着した。
(次に目が覚めるときは、山ほどの芋に囲まれたいなぁ・・・。)
ふへへ、と疲れ切った笑みを浮かべ、アスターは意識を手放した。
まだ、皇帝と妖精は出会ってすらいません。